やるべきこと

 ロミアたちを潜入にいかせた翌日。

 一日だけの潜入だったと言うのに、彼らから受けた報告は素晴らしいものでした。


 まず驚いたのはクレゼス……彼はなんとお嬢様がお望みだった招待状を入手してくださりました。彼らが帰ってきた頃には招待状と共に、庭師を数日貸してくれとの連絡が届き、私自身も驚いたものです。彼も良くわからないままそうなったと、苦笑いを浮かべていました。


 詳しい話はロミアに聞くことにし、彼を会議室へ呼び出した所です。しばらく待っていると、ノックなしに扉が開きました。


「おわっ、レイさん……なんだよ、もう来てたのかよ。」


「呼び出しておいて後から来るわけにはいかないもの。まずは潜入ご苦労様。報告を聞かせてもらえるかしら。」


 ロミアも用件はわかっていたようで、はーいと気の抜けた返事を返してくれました。彼からの報告を聞き、断片的な情報を頭のなかで組み立てていきます。そうすることで、事の真相を把握することができました。


「昨日潜入の帰りに色々調べてきてさ。クレアーズ家の長男の縁談相手がリンベル侯爵家の長女ルリーシュ嬢だってことはわかったよ。ちなみにルリーシュ嬢とパーティー主催者は幼馴染みらしくて、まぁだから、招待状もすぐ入手できたわけ。この令嬢が怪しいけど、だからってマリー様を転ばせる理由がなさそうだよなぁ。」


「いいえロミア。調べてくれてありがとう。これですべて繋がったわ。」


「え?」


 彼はわかっていないようで疑問符を浮かべています。それはそうです。だってロミアは、社交界には疎いですもの。一人だけ話についていけていないのが嫌なのか、一生懸命唸りながら考えている姿は少し可愛らしくて、つい笑みがこぼれてしまいました。


「ルリーシュ嬢は社交界序列第2位の令嬢よ。」


「社交界……序列??」


 さらに疑問符が増えたことで混乱している彼にわかるように説明するため、近場にあった紙とペンで三角形を描き、さらに横線で三つに分けました。


「社交界と言うのは、序列があるのよ。家柄や話術、持ちうるスキルによっても変わるわ。社交界では大抵、序列上位者一人と、中位令嬢数名のグループで構成された派閥があるの。」


 女性は特に、集団で行動したがる生き物。またその集団から追い出されないよう、グループのリーダーに気に入られようと必死なのです。三角形の上から上位、中位、下位とグループ分けしていきます。


「下位の令嬢と言うのは、マリー様のようにデビューしたての令嬢のことを指し、中位の令嬢が面倒を見るのが暗黙のルールよ。」


「なんか聞いてるだけで面倒くさそうな話だな……。」


 ロミアの言う通り、社交界とは面倒なことが多い。綺麗な花園、ではないのです。ただでさえ年頃のご令嬢が集まっているのですから、何もないなんてこと、あり得ませんもの。


「えっと、つまり社交界って女グループでバチバチやってるってイメージでいいっすか?」


「概ねそうね。」


 グループの中位令嬢は、リーダーの上位令嬢の序列をあげることが主な役割です。リーダーの序列が上がれば社交界での……引いては、貴族同士の繋がりも多くなり影響力や恩恵に与れるというわけです。


「ルリーシュ嬢が2位なら……まさか……」


「えぇ、1位はエリザベルお嬢様よ。今回の件は、マリー様を狙った訳じゃなく恐らくお嬢様の社交界序列を落とすのが狙いね。」


 先程いった通り、序列は何も家柄だけではない。悪い噂が立てばあっという間に支持率は下がるのです。そう、例えば……“ルクシュアラ家はダンスもろくに踊れない教育をしている”だとか、そういう噂がたてば順位に影響するでしょう。


 もちろん上位令嬢本人がそんなことをすれば、本人の序列が下がる可能性があります。だから人を使ったのです。金で人を動かせば足がつく、しかし身内なら……口約束で事足りる。なにせルリーシュ嬢の機嫌を損ねればクレアーズ家は没落してしまう危険性があるのですから。


「まじか……そこまでするのかよ……」


「令嬢にとって社交界の地位はとても大事なのよ。」


 令嬢……女は家を継ぐことができない。もちろん例外はありますが、基本的に次の当主になるのはその家の長男。令嬢にとって社交界の地位は、社交界のみの地位にあらず。皆必死で、トップを目指しているのです。


 そのため上位令嬢には敵が多い。多方面から足を引っ張られ、些細なミスでさえ命取り。社交界とは、実に恐ろしい世界です。


「そろそろお嬢様のお帰りの時間ね。お出迎えとご報告に向かうわ。二人は引き続き、潜入操作の方を頼むわ。次はルリーシュ嬢についてね。」


「がってんしょーち!」


 本日は金曜日。授業は半日しかありません。懐中時計を確認し、会議室をロミアと共に後に致しました。


「ん?なんかあわただしくないっすか?」


 会議室を出た途端、数人の侍女や執事が横を走り抜けていきました。たしかに、少し騒がしい。この時間は、そんなに忙しくないはずですが……。


「レイさん!ようやく見つけました!」


 次々と駆け足ですれ違う侍女たちとは反対に、こちらに近づいて来たのは、サーニャでした。彼女も、随分慌てているようです。息を切らしている様子から、私を探し回っていたようです。


「サーニャ、いったいこれはなんの騒ぎ?」


「それが……さっきリーリアちゃんから連絡があって。お嬢様が馬車を飛ばしてもうすぐご帰宅なさるって!」


「本日はまた、随分早いご帰宅ね……。」


 侍女たちが慌てていたのも、お嬢様のご帰宅が早いことが原因です。何かと急いで準備をしなければなりませんから。


 しかし、早すぎます。たしかにもうすぐとは言いましたが、それでも普段なら一時間くらい余裕はあります。


 この時間に帰られると言うことは、学園で誰とも話さず、文字通りまっすぐご帰宅なさったと言うこと……。


 お嬢様がそういうことをなさるのはとても稀なことです。いくら早く授業が終わったとしても、お嬢様はご友人をとても大切になさっていらっしゃるため、必ず雑談をしてからお帰りになられます。お嬢様にそのつもりがなくても、お嬢様は大変お美しく、また優秀なご人材。周囲からは羨望と憧れを向けられておりますから、声をかけられることも多いのです。


 しかし今回はご雑談もなく、馬車を飛ばしてまで早くご帰宅なさりたいとなると……きっと学園で何かあったのでしょう。


 とても嫌な予感がします。


 胸のうちに込み上げてきた不安を圧し殺し、冷静に努めながら、私も急いで、お迎えの準備を致すのでした。

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