潜入作戦ークレゼスの場合ー
レイさんに言われて仕方なく、よその家の庭を手入れすることになったが、案外悪くないもんだ!
庭っていうのは主の趣向によってがらりと変わる。うちのところは令嬢が二人もいるってことで、華やかさ重視の花が多い庭だ。
けどここは子息が二人の男家族って言うのもあって、花より観賞用の木や生け垣なんかが多い。それはそれでひとつの魅力だが、如何せん生け垣は手入れをする人間がいないとすぐに荒れちまう。
ロミアはさっさとどっかにいってしまったが、あいつにはあいつの仕事がある。俺は俺で、せっかくよその家の庭をいじれるんだ。存分に腕を奮わせてもらうとするか。
というわけで始めたのが、木と生け垣の剪定だ。枝が多すぎて形も歪だし、これじゃ木を痛めちまう。せっかく立派に育ってるのに可哀そうだ。
「よいしょっと。」
持ってきた脚立に股がり、木の様子を確認する。枝の伸び具合と色の悪さからどれだけちゃんと手入れされていないかは良くわかる。
こんなに立派な庭を作ったのなら、庭師の一人は雇わないと……レイさんの言っていた没落寸前って言うのも、納得がいく。人を雇う余裕がなくなったんだろう。
人間身の回りの世話をする使用人の方が重宝される。真っ先に切られるのは庭だからな。定期的に外部の人間を雇っているって話だが、こりゃ見る限り定期的でもないぞ。半年に一回……それくらいか。
刈込鋏で丁寧に枝を切り落とし形を整え始めるがきる枝の量が多いせいで普段より時間はかかる。まぁ、今日中にこの一帯は終わるだろう。……それしかできないが、一人作業だし仕方ねぇ。
「ちょっと、そこの庭師!」
ようやく一本、綺麗に剪定が終わり脚立から降りた辺りで、甲高い声が背中に投げられた。いきなりなわけでちょっくらビックリしたが、振り返るとこれまたビックリ。お嬢様くらいの若い令嬢が、なぜだか知らんが俺を睨んでいた。
んん?この家確か令嬢はいなかったはずだが……誰だ?まぁ、いいか。呼ばれたらいかねぇと。
「はい、なんですか?」
俺はレイさんやゲルドルトさんと違ってただの庭師だ。礼儀作法なんて知らないもんだから、こういう声のかけ方しかわからん。令嬢ちゃんの所までかけより当たり障りのない言葉で聞いてみるが、睨み付ける目は変わらない。
金髪に緑の瞳、つり上がった目の形をしているせいで、常に機嫌が悪そうに見える。それでも笑ったらきれいだろうな。女の子は皆、かわいいもんだ。
「そこの木は貴方がやったのかしら?」
後ろを指さされたもんだから釣られて目を向けると、指されていたのはさっき剪定した木だった。回りの木は好き勝手に枝が伸び葉が密集しているから、余計に目立つ。
「あぁ……はい。これから全部やる予定ですが。」
「中々いい腕をしているじゃない。気に入ったわ。うちで雇ってあげる。」
なぜか拒否権のない言い草にお嬢様と似たなにかを感じるなぁ、この令嬢ちゃん。しっかし困った。雇うといわれてもなぁ……俺は既に雇われだし、かといってそのまま嫌ですっていうのも大人げないと言うか、なんと言うか。
ややこしいことになってきたぞ……俺は頭良くないんだよ!ロミア!!早く帰ってこい!!
「お言葉はありがてぇんですけど、実は俺は普段別の屋敷の専属でして。今日だけヘルプって形で来てるので俺の一存だけでは決められないっていうか……。」
「……そう。ならどこで雇われてるわけ?そこより報酬は高くしてあげるわ。」
うぉっ、食いついてきやがったっ!?
この令嬢ちゃん、相当俺の腕を買ってくれてるのはありがてぇけど……。そこまでして雇わせたいって、もしかして庭が結構荒れてるのか……?それとも専属が辞めたのか。
いやそれよりもだ。どこで雇われてるって、これいっていいのか?まぁ、隠すもんでもねぇし俺はちゃんと庭師で来てるわけで、やましいことはしてねぇけど……。
どうしたもんかわからずバンダナごしに頭をかく。えぇい、もうどうにでもなれ。ロミアは下手に嘘つかなくていいっていってたんだ。それでいいだろ!俺は庭師で、策略とは無縁なんだよ!!
「ルクシュアラ家で雇わせてもらってますんで、話はそちらでしてもらえますか?人手が足りないってことでしたら、一日くらいなら手伝いに行けるとは思いますが。」
「ルクシュアラ……家、ですって?」
目付きの悪い令嬢ちゃんの目付きが、さらに悪くなっていった。おぉ、これ以上目がつり上がったら、眉毛とくっつくんじゃないか?
けど令嬢ちゃんだけあって、すぐに冷静を取り戻したのか、ごほんと咳払いして……今度はにっこり笑いかけてきた。愛想のいい笑顔だなぁ、普段からこうしてたらいいのに。
「それはそれは……今とっても大変でしょう?変な噂が流れておりますし、ルクシュアラ家のご長女は気むずかしい性格と有名ですから……。」
笑顔と共に同情の言葉が投げ掛けられた。流石お嬢様……わがままじゃじゃ馬お姫様ってのは有名らしい。
「はは……まぁ、妹が心配だからパーティーに絶対いくってわがままいってますけど、まだ、かわいいもんですよ。」
あれ、これたしか建前だってレイさん言っていたような気もしなくはないが、会議の内容なんてほとんど理解してなかったし、お嬢様だって妹が心配なんだろう。うん、きっとそうだ。
すると今度は令嬢ちゃん、持っていた扇子を大きく広げて口許へ。笑ってるのかどうかはわからないが、随分愉快そうだ。
「あらあら!妹思いなのですね。しかし、招待状はお持ちではないのでしょう?」
「えぇ、なんで招待状もってこい!って騒いでたらしいです。俺はあんまり良くは知らないですけど……。」
「それならば、私が準備して差し上げますわ。」
……え?
とんとん拍子に話が進みすぎて、俺は間抜けにも口を開けて、目が点となった。ん?んん??どういうことだっ!?
「私、パーティーの主催者と知り合いですの。エリザベル様とは何度かパーティーでお会いしたことがありますし、同じ学園で学ぶ同級生。妹が心配でさぞ気を揉んでいらっしゃるでしょうから、お力になりたくて。」
にこやかに微笑む令嬢ちゃん。なんだこの子、見た目と違ってすごくいい子だな!しかもお嬢様と同級生だったのか……言ってくれたら混乱せずにすんだのによぉ。
「もちろん、ただでとはいいませんけど。」
「はは、そういうことなら何日かそちらの庭の手入れにいかせてもらいますよ。雇う話は、ちょっとここでは出来ませんし。」
「えぇ、構いませんわ。実は専属の庭師が怪我をしてしまって、代理を探しておりましたの。では使いの者に連絡をさせますね。」
満足そうに去っていく令嬢ちゃんに手を振って見送る……あ、手を振るのは無礼だったか?まぁ、いいか。
なんだか良くわからないままに話が終わっちまったが、お嬢様が招待状を欲しがってたのは事実だし、これでいいだろ。……多分。
「っよ、クレゼスさん。おつかれー。」
いつのまにか背後にいたロミアが伸びをしてこっちに来た。こいつ、隠れてやがったな……。見てたなら助けてくれよなぁ。
「ロミア、遅いぞー!俺はこういうの苦手なんだから……。」
「すいませんって。……で、何話してたんすか?」
「特に何も……あ、招待状手に入りそうだぞ。 」
「はぁっ!? 」
話していた分遅れをとっちまった。早く庭の手入れに戻らねぇと。
なんでかすごく驚いて目を丸くしてるロミアに、もうひとつ持ってきた刈込鋏を押し付ける。一人より二人、だ。若いんだから、働いてもらうぞ!
それはそれで嫌そうな顔をしたロミアと二人で、ひたすら剪定をしていたら、気がつけば夕方になっちまってた。
……結局俺は何にもしてねーけど、ロミアがなんか見つけてきてるだろう。俺はただの庭師。今日も庭の手入れをするだけだ。
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