お茶をどうぞ

 お茶会も中盤に差し掛かった頃。お嬢様は生け垣と花壇に囲まれたこの空間に、首をかしげられました。


「なんだか、鮮やかな花が少ないわね。」


 柊の生け垣は身をつけるのが冬ですので、今はまだ緑しかありません。花壇もどちらかというと草の方が多い印象です。唯一咲いている小さな黄色い花も、野花に近い印象を持ちます。


「えぇ、実は…その花壇に植えられている植物は、すべてお茶にすることができるんです。」


 花壇に手を向けられたチュリアラ嬢は、優しく微笑んでおりました。確かによく見ると、ローズマリーやスペアミント、レモンバームなどが花壇に自生しておりました。ローズマリーの花の時期と被るはずですが、どうやら枯れてしまったのか、摘み取られているようです。


「へぇ!すごいじゃない!」


「よろしければ、お飲みになられますか?ちょうど紅茶もそろそろなくなりそうですし。 」


「え、飲めるのこれ?」


 キョトンと目を丸くしたお嬢様が、後ろに控えた私へ顔を向けました。肯定するように大きく首を縦に振って見せます。


 お嬢様は普段紅茶を好まれてあまりハーブティーをお飲みになられません。ハーブの原型がこのように自生しているものとは、知らないのです。


 そもそもハーブティーは庶民の間ではそれなりに浸透しておりますが、上級階級の人間にとっては、まだ馴染みのないものです。どちらかと言えば、薬のイメージが強いですから。


「お嬢様、これらのほとんどはハーブとして市場で出回っているものです。ですので、お飲みいただけますよ。」


 チュリアラ嬢の手前、少し暈してお嬢様にお伝えすると、ハーブティーのイメージと繋がったようで口を尖らせました。


「そ、そんなのは知ってるわよ! ちょっと試しただけよ。チュリアラ、うちの侍女はなんでも知ってるでしょう?」


「えぇ、とても知識が豊富な方でございますね。」


 自慢げなお嬢様に、チュリアラ嬢の目が私へと向けられました。どんな形であれ、主に褒められるのは嬉しいものです。深々と頭を下げたところで、お二人の目が、またハーブの花壇へ投げ掛けられました。


「うーん、でもどれも同じような草にしか見えないわねぇ。チュリアラは飲んだことあるの?」


「はい、以前ローズマリーのハーブティーを飲みましたの。その時は花が咲いてお湯に浮かべたらきれいでしたわ。もうお花が枯れてしまって残念です。」


 ローズマリーの花は11月から5月頃まで咲いております。花は繊細ですので状況により変化はいたしますが、まだ5月のはじめのため、花は咲いていてもおかしくないですが…。


「枯れちゃったものは仕方ないわね。折角だし飲んだことがないものにしたいわね。」


 お嬢様はそういいながらお席を立ち、花壇の方へ向かわれました。緑の生い茂る花壇の中では、黄色い小さな花でさえ、彩りの一部となっております。それにつられてか、お嬢様はその花に指をお差しになられました。


「この花にしたいわ。ちょうど咲いているし。」


「えぇ、可愛いお花ですしきっとポットの中も華やかになりますわ。」


 チュリアラ嬢が合図をするとすかさず青服の侍女が手袋をはめ、花と葉を摘み取り始めます。それにしても…あの花はなんと言うハーブなのでしょうか。私には心当たりがありません。


 葉の形も見覚えがなく、あまり流通していないものなのでしょうか。どうにも、不安しかありません。


 しかし今の私に出来ることはありません。基本、招かれた側はお客様であり、客に給仕などさせるわけもないからです。


 不安な心地でただ様子を観察していた時、ふと摘み取られた花が目に入りました。正確には花壇に残った物ですか、切り取られた枝から、黄色い乳液が染み出しておりました。よくよく見ると、侍女達がつけていた手袋も、黄色く汚れています。


 その瞬間、ハーブとして見覚えのなかったあの小さな花の正体がわかったのです。あれは、ハーブではありませんっ!


「お嬢さーーッ」


「流石ルクシュアラ家のご長女様は、センスが違いますわぁ。」


 非常に耳障りな高い声が、私の声を遮りました。見ると、金髪の長い髪を括りもせずに垂れ流している若い侍女が笑いかけておりました。立ち位置からして恐らくあの女が侍女長でしょう。


 女の言葉はお嬢様に向けられていると言うのに、私を見ていました。


 恐らくわざと言葉を被せてきたのでしょう。こちらをバカにしたように嘲笑う様子から、この者達が何を企んでいるのか…明確にわかりました。


 そこまでしてチュリアラ嬢を追い込みたいのか。


 嫌悪感と怒りで震え上がりそうになり、必死で冷静な態度を装います。いけません、感情的になっては。一度冷静になるのです。


 今ここで事を公にしてしまえば、お嬢様は助かりますがチュリアラ嬢との関係にヒビが入りかねません。それどころか、恐らくチュリアラ嬢は罪に問われ最悪死罪となられるでしょう。


 しかしこのままいけば…お嬢様の身が危険です。


 本心を言えば、チュリアラ嬢はどうでもよいです。お嬢様さえ、助かればそれでよい。


 しかしお嬢様はそうではありません。もしもチュリアラ嬢が死罪……そうでなくとも何らかの罪に問われれば、お嬢様は深く傷つかれます。チュリアラ嬢は悪意もなく、騙されたにすぎないのですから。


 告発すればチュリアラ嬢が、しなければお嬢様が……どちらかが必ず犠牲になってしまう。


 今ここで、瞬時に考えるのです。

 両者を救い、侍女達の計画を阻止する方法を……。


 静かに目を閉じ、ほんの数秒だけ意識を深く深く、思考の海へと落とします。数多の情報から、正解にたどり着くのです。もう、時間はありません。


 深呼吸をしたのち、瞳を開きます。ちょうど、ワゴンにティーセットが運ばれてきたところでした。ティーポットと湯の入ったポットが乗せられ、摘み取られた花と葉が小皿に移しかえられております。


「お嬢様、よろしいでしょうか。」


 準備をしている侍女達の邪魔になるよう、あえてワゴンの前まで歩みよりお嬢様の前へ。私の行動に、青服の侍女や部下は目を丸くし、チュリアラ嬢はどうしたものかと心配げな視線を向けておられました。お嬢様のみ、回りとは違い普段通りの態度でございます。


「どうしたのよ、レイ。」


「よろしければ、私にこのハーブを淹れさせては頂けないでしょうか。」


 視線はお嬢様に、しかし言葉はチュリアラ嬢双方へ向け、頭を下げます。お二人はもちろん、青服の侍女達も動揺しておりました。


「何で淹れたがるわけ?ここの侍女達の仕事なんだから、させればいいじゃない。」


「はい、お嬢様。チュリアラ様の侍女は大変優秀です。私が出てくる幕ではございませんが、摘みたてのハーブを淹れる機会がございません故、是非とも勉強させていただきたく思いまして。もちろん、チュリアラ様のご許可も必要ではございますが……」


 如何でしょうか。その言葉をあえて言わずにチュリアラ嬢へと顔を向けます。少しだけ慌てた様子で、首を縦に振られておられます。


「とても勉強熱心な侍女をお持ちなのですね。どうぞ、好きにお使いください……。」


「お心遣い感謝いたします。」


 深々と頭を下げ一歩下がってからワゴンへ。面白くなさそうに後ろに控えていた金髪の侍女長が、次にはニヤリと笑っておりました。自らの手を汚さず、あわよくば罪を擦り付けるおつもりでしょう。


 見え見えの策に溺れた様子は実に滑稽です。


「では私はお湯を沸かしておきますね。どうぞお茶をお入れなさって?」


 すでに湯は準備されていると言うのに、侍女長は私に気色の悪いうすら笑いを浮かべて、厨房へと向かっていきました。


 渡された白い布手袋をはめ、ティーポットへ花と葉を入れ、湯を注いでいきます。蓋をして蒸らし、頃合いを見てワゴンに並べられた二つのティーカップへ、ポットを傾け……


 ーーガジャンッ!!


「レイッ!?」


 激しい音と共に、回りは騒然となっております。高級なティーポットが地面に砕け散り……私は左手に毒性の強い熱湯を浴びたのですから。

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