エピローグ 読書の後にはデザートを

 ヘンリーにケーキ粉を渡して一ヶ月後。


 その日お嬢様は、大変上機嫌でご帰宅なさりました。


「聞きなさいレイ!文化祭の出し物が創作マフィン教室に変わったわ!私たちが一般人にマフィンの作り方を教えてあげるものよ!」


 大きなピンク色のベッドに寝そべりながら、お着替えもなさらずにお嬢様はころころ転がっております。足をパタパタとさせて、少しお行儀が悪いのですがいまは多めに見ましょう。


 たった一ヶ月で、世間の流行りは大きく変わりました。


 ケーキ粉を預かったアジュレ嬢はお嬢様がなさったように、まずはお茶会にてマフィンのデコレーションを実施。そして興味を持った令嬢に「特別に」ケーキ粉をひとつだけ差し上げたようです。もちろんこれは、お嬢様から預かったものではなく、そこからさらに改良して作られたものです。


 保存が長期間できるようになり、さらに小麦粉の原料を厳選し、アレンジもしやすくなったようです。後に商品化したケーキ粉が屋敷に届いたのですが、シルファが興奮ぎみに分析しておりました。


 社交界にてマフィンを作る令嬢が増えるなか、庶民の間でもマフィンが大流行いたします。仕掛人は、もちろんヘンリーです。


 もとより繁盛していたぶっくかふぇで、彼女の創作マフィンが可愛いと高い評価を受けたのです。書籍をイメージして作られたマフィンが良くできている、と噂になりぶっくかふぇに本ではなく彼女のマフィンを目当てに訪れるお客様が増えたそう。


 そしてその人気に目をつけた街のパティスリーが、ヘンリーに声をかけ、ぶっくかふぇとの共同製作として物語をイメージしたケーキを多数製作いたしました。中にはホールケーキにキャラクターが描かれたものなど、その種類は豊富です。ケーキのデザインはヘンリーが手掛けております。彼女ほど、本を愛し膨大な知識を有している人はいないでしょうから。


 街でお菓子が注目を集めたことをいいことに、アジュレ嬢が再び学園祭の出し物を決めるHRにて、ケーキ粉を使ったマフィン教室の案を提出。多数の令嬢がそれを支持しました。…恐らく支持すればケーキ粉を分ける、とでもいったのでしょう。


 そのため本喫茶とマフィン教室の二つの出し物まで案が絞られた際…お嬢様がこういったそうです。


「利益がほしいなら、その時にケーキ粉を売りに出せばいいじゃない!作ったのは私の侍女だから決定権は私にあるわ!」


 これにはアジュレ嬢含め全員が目を丸くしたそうです。アジュレ嬢は、学園祭の後…ケーキ粉への興味を高めてから販売に乗り出すつもりだったのです。しかし商売に疎いお嬢様には、そんなことはどうでもよかったのです。


「いまの流行りに乗るならマフィン教室!絶対よ!本喫茶は却下!以上!文句があるやつは言いなさい。学園に居られなくしてやるから!」


 堂々と脅迫めいた一言で、クラスの空気が凍りついたと、リーリアが報告してくれました。元々クラスの令嬢を抱き込んでいたアジュレ嬢が、マフィン教室の案を押し通す予定ではありましたが、お陰でケーキ粉を売らざるをえなくなり、ずいぶんご立腹だったそう。


「エリザ!もぅ、後ちょっとだったのに!」


 マフィン教室で出し物を決定したHR終了後、アジュレ嬢は頬を膨らませてお嬢様に詰め寄ったそうです。しかしお嬢様は…。


「何で怒ってるのかしら?貴女の手腕なら、学園祭で一番利益をとれるだろうし、ケーキ粉よりももっとすごいものを出すでしょ?ならいいじゃない。」


 と、なかなか話の通じていない会話をなさっていたそう。さすがのアジュレ嬢も言葉を失ってしまって、笑っていたようです。


「言ってくれますわね。えぇ、次はそちらのお力を借りずにもっとヒットするものを作りますわ。」


 …以上が事の顛末です。


 ぶっくかふぇが新作のメニューを出すだとか、セスターヌ家の新商品はお菓子が簡単に作れる魔法の粉らしい、だとか…そういった噂は流しましたけれど。


 創作マフィンが高く評価されたのはヘンリーの力ですし、その後パティシエとコラボするだなんて、さすがに予想外です。ぶっくかふぇ内で流行れば自ずと流行すると踏んでいましたが、他店を巻き込んでしまうだなんて。お陰でヘンリーは毎日忙しく本を読む時間がない!と嘆いておりました。


 創作マフィンは学園内で密かに流行っていた創作ポエムを元にした案でしたが、思いの外うまく浸透できてよかったです。


 お嬢様のお願いを叶えるため、間接的にお二人を利用してしまいましたが、それが私のやり方です。


 決定打を他人に任せる、というのは策士としてはいかがなものか、といわれることもありますけれど。今回に至っては、必ずどちらかは活躍してくださると確信しておりました。


 アジュレ嬢は利益史上主義。このアイテムは必ず売れる、と彼女に思わせれば、後はアジュレ嬢が売り出してくれます。それも全力で。


 だってアジュレ嬢は…ずいぶんな自信家ですから。自分の目に狂いがあった、など認めるはずもありませんし、そのような結果にならないよう尽力される方。予めロミアにお嬢様の回りにいる令嬢は調べさせておりましたから、アジュレ嬢のことはよく知っております。ただの分析ですけれど。


 そしてヘンリーは、作品への愛がとても深い。だからこそもしも創作マフィンを手掛ける、となれば手は抜かないと信じておりました。丹精込めて作ったものは、自ずと評価されるものです。元より流行になっていたぶっくかふぇ、という舞台でそれが花を開いたのです。


「レイの言った通り、ほんとに流行って変わるものねぇ。アジュレも凄いけど、運良くお菓子が流行っててくれてよかったわ。ふふ、気分がいいわ。ねぇ、レイ、庭を散歩しましょう!」


「かしこまりました。」


 ベッドから起き上がったお嬢様は、そのままの姿で駆け出していきました。外は夕日がきれいに空を染めております。帰りは暗くなるでしょうから、またランタンを準備しなければ。


「何してるのよ!早く!」


「すぐに参ります。」


 ランタンを片手に用意して、お嬢様の後を追いかけます。


 無邪気でお転婆で、可愛い私のお嬢様。


 今日も私は、あなた様の願いを叶えましょう。

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