召集

 別館は本館より小さいが、その代わりフロアが多い特徴があります。


 この時間は給仕係たちが慌ただしく作業をする時間。もうすぐ侍女達の朝食の時間だからです。


 侍女の食事も給仕が用意しますが、基本的に使用人専用の食堂でビュッフェスタイルで展開されるため、テーブルセッティング等はありません。


 しかし館の主達よりも人数が多いものですから、むしろこちらの準備の方が大変でしょう。気を使わないだけ幾分かましかもしれませんが。


 使用人たちの朝食を作っているものですから、今厨房を覗けば、それはそれは真剣に食材を吟味している料理長の姿を拝見できるでしょう。


 例え相手が使用人でも、腕前に差をつけない。それが料理長、シルファの信条なのです。


 覗くだなんて邪魔になってしまいますので、そういったことはいたしませんが。お陰で私も毎日、美味な食事をとることができています。


 そうした慌ただしさに包まれた別館へ戻った私は、脇目も振らず、中央出口から右折した突き当たりの部屋へと向かいました。


 途中何人もの使用人、給仕とすれ違いましたが、皆忙しそうにしながらも、必ず足を止め挨拶を交わしてくださります。


 どんなに忙しくとも、挨拶を美しくこなしております。流れるようなお辞儀の動作は慌ただしい中でも、花を咲かせておりました。


 挨拶は基本中の基本、使用人の態度は主の鏡であり、我々の失態はやがて主の評判を下げてしまいます。ですので教養はとても大切なこと。


 そうした教養がきちんと備わっていることを嬉しく思い、つい笑みが溢れてしまいます。


 …いけませんね、気が緩んでしまいました。急ぎませんと。


 着いたそこは通常物置として使われておりますが、今は別の用途で使用することの方が多くなりました。


 別名、会議部屋。


 扉の前まで来れば中の声がうっすらと聞こえ、すでに何人か集まっていることを伝えてくれます。


 数回ノックをした後


「おはよう、皆さん」


 大きなテーブルに9人分の椅子がおかれた簡素な部屋で、若い男女と年配の男性が一斉に私へと目を向けました。


 濃い化粧に短いスカートと…由緒正しい学園の制服をはしたなく着こなしている少女は、机に座っていたことがばれて慌てて降りておりますが、後の祭りです。


「リーリア、机に座らないと何度言えばわかるのかしら。」


「あ、あはは…すみませんレイさん。」


 ウェーブのかかったオレンジの髪を指で遊ばせ、青い視線をそらした少女、リーリアはばつが悪そうに呟きました。彼女は見た目は少しだらしないですが、私と同じくお嬢様専属の侍女です。


「やーい怒られてやんの。」


そんな彼女をからかったのは、リーリアと年の近い庭師ロミアです。


 彼らはここに来た時期も同じくらいでしたので、こうして軽口を叩き合うくらいには仲がよいのでしょう。年も近いですから、なにかと一緒にいることの多い二人です。


 青い髪を耳上まで伸ばし、襟足のみ肩まで伸ばした独特なヘアスタイルもあってか、リーリアと並ぶと些か…騒がしい見た目となります。にやにやと、その翠の瞳を彼女へ向けております。


「うっさいわねぇ!あんただってぇ、注意しなかったじゃない、同罪よぉ、同罪ぃ!! 」


「ほほほ、では私も同罪ですな。いやはや歳を取ると見守りたくなる心情でして、つい注意をしそびれてしまいまする。」


 二人の反対側の席へすでに腰を下ろしていた糸目の老人が、愉快そうに笑っておりました。わざわざ茶化す雰囲気を作りたくなかったため場の空気を戻すよう、咳払いをひとつ。


 このご老人、名をゲルドルトは…執事頭をしており、私よりも更に前からこの家に仕えている、ベテラン中のベテラン。


 白髪をオールバックに固めシワだらけの顔はとても優しい老人のイメージそのままですが、そのカリスマ性と人を動かす手腕は館で一番。


 そのお陰もあり侍女よりも多い執事をまとめあげてくださっています。


 もうずいぶんお歳だと言うのに死ぬまで現役だと言って聞かぬのですから、少しばかり頑固な気はありますね。


 しかしながら言葉通り、まだまだ現役。若いものが音を上げるような仕事も、いとも簡単にやってしまうのですから。これからもお力をお貸しいただかないと。


 私の咳払いで二人とも静かに席に着いたところで、私も自分の席へと移りましょう。


 テーブル一番奥、ひとつだけ角に設けられた席へと座り皆を見渡します。


「皆さんおはようございます。」


 ちょうどいいタイミングでサーニャが入室し、皆のもとへ湯気のたつ珈琲を入れてくれました。


 部屋はうっすらと苦めの香りで満たされます。いつもなら紅茶なのですが、眠気覚ましもかねて珈琲を選ぶ辺り、彼女の気遣いを感じました。


「今回は緊急のため、欠員のまま始めます。今いないメンバーにはあとで私とサーニャから伝えますので。」


 テーブルに珈琲が行き渡り、サーニャが私の後ろに待機したのを確認してから口を開きました。


 やや空席が目立ちますが、致し方ありませんね。


 途端に緊張した空気が部屋に流れ込みました。皆の視線は、私に向けられています。


「それでは皆さん、緊急会議を始めます。」


 件の問題を解決すべく、ここに5人の使用人達の力が揃います。


 はてさて、この度はどのように問題を解決いたしましょうか。

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