マリオネット③

「……次に東村事件に関して」


 東村事件における女神の暗躍について追及を開始する。


「東村事件については先程述べた通り犯人は新城と朝倉。動機は東村の二股。果たして彼らはそれをいつ国枝さんから聞いたのか。


 恐らく部活動後だと思う。それ以外に初日、話す機会はなかったように思うんだ。思い返せば部活後、国枝さんは顧問に課題を出すと言って一足先にいなくなっていたよね? 丁度その時、シャワーから戻るバレー部一行を俺たちは目撃している。そして俺がシャワーを浴びて戻るとき、一足遅くシャワーを浴びに行く国枝さんと会っている。このことから俺たちがバレー部とは入れ違いにシャワーを浴びている間に二人と話したと考えられる。どう?」


「うん、一足早く部活を抜けて二人に話したいことがあるって言ったよ」


「どこで話したの?」


「教育相談室。ちなみに東館二階ね」


「東館二階か……」


 シャワーを浴びに行く時、階段を上る音が聞こえたけどあれがそうだったのか。


「そこで私は二人に話したの。二人とも最初は黙って聞いていたけど、徐々に新城クンは激高していった」


「はあ? そんなの朝倉もだろ?」


「じゃあなんであんなに取り乱していたの?」


「はっ、そんなの、東村がムカつくからだろ。二股なんてかけやがって、ていうかそれは俺より朝倉の方が上だろ。こいつは上巣に――」


「もういいだろう!」と俺。「また共犯アピールか?」


「ああ! 何度だって言ってやる。俺は共犯だ。主犯じゃねえ」


「……違うね」


「なんだと?」


 開いた口から言葉が溢れだす。それは生き物のように自我をもつ。


「お前は朝倉、東村に劣等感を感じていたんじゃないか? 二人とも自分に足りないバックトスの技術があるから。基本となるオープントスの技術がさらに上がればたちまちレギュラー争いはこの二人の勝負になる。それが気に食わなかった。さらに東村はお前が好意を抱いている上巣さんと付き合いながら、うちの森川さんとも付き合っていた。その事実を知り、怒りは殺意に変わった。違うか?」


「………………お前、なんで俺がバックトス苦手だって知ってんだ?」


「アップで校庭を走っている時、そっちの練習見たんだ。寺坂顧問に指導受けてただろ?」


「…………は、はっはは」


 どちらが主犯だったのか、今の時点ではっきりさせることはできない。俺の話は一つの可能性に過ぎない。けれど場の意見はまとまったかに思える。


「…………」


 朝倉が目で何かを訴えかけてきた。ありがとう……そう言っている気がした。一年の時から腐れ縁。こいつは絶対にこんなことしない。言われたら断れないところがあるから、きっと今回もそうだと信じている。音楽の趣味が合う奴に悪い奴はいないっていうのが持論であり願望。


「最後に訊いていい?」


「なんなりと、探偵さん」


「どうして俺に疑惑の目を集めたの?」


 我が陸上部の第一女神国枝さん。その小さな身体にどれだけの闇を抱えているのか。少しでも話して楽になってほしい、そんな一心で女神の前にひれ伏す。また一緒に部活がしたいから。みんなで思い出をつくりたいから。


「…………それはね」と国枝さん。「……えっと……ね」きらりと涙が――。


「それは、ね……私っ」


 大粒の命のしずく。命が煌めいて女神の頬を伝う。


 そして。


「伊野神クン……」


 女神の口から発せられた言葉。


「伊野神クンのことが好き」


 ドクン――。胸の高鳴りがうっとうしい。


 空気を読まないときめきが、遠慮なしにぐいぐいと。


「犯人呼ばわりされた伊野神クンに寄り添って、特別な関係になりたかった。味わった痛みを共有して他の誰にも邪魔されない仲になりたかった。。ゴメンね……」


「そ、それだけって」と俺。「それだけの理由で森川さんを殺させたの?」


「うん、そう。犯人呼ばわりされた伊野神クンの心の支えになりたかった。でもキミは『探偵』をやめなかった。そして自分にかかった疑いをあろうことか自分で晴らしてしまった。つけ入る隙なんてないよ。キミが探偵なら私は聴衆の一人に過ぎないもんね」


 冷たい女神の囁きが終わる。


 彼女の告白は一生忘れないものとなった。こうして天海島連続殺人事件についての推理は終わりを迎えた。時刻は二十三時三十分。


「尾形さん」


「はい、なんでしょう?」


「校庭の照明ってつけられます?」


 ざわつく心を静めるには跳ぶしかない。今なら三段跳び、夢の十三メートルが出るかもしれない。雨は止んでいるからチャンスだ。すぐにウェアを取りに寝室に向かう。


 このを、抑えることなどできそうにない。


 これはけじめ。そして懺悔の跳躍。


 

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