四日目
青天の霹靂➀
シャワーを浴びて泥や汗を落とすと同時に『探偵』という使命も下水へと流れていく。きつかった。辛かった。それでもヒトとして足掻き、もがき、苦しんだ実感だけは火照った体の中に今も変わらず存在している。
東村、平田先輩、そして森川さん。
合宿に来た時には確かにあった命が散ってしまった。嫉妬や欲望、そういった負の感情は安易にヒトを狂わせる。俺は探偵としてほんとうに全ての謎を解いたのだろうか? 一縷の不安を振り払うようにシャンプーをつけゴシゴシと頭を洗った。
寝間着に着替え職員室に行くと、まだみんながいた。大人三人の姿は見えない。
「だから本当だって」
「そんな話、信じられる訳ないだろ」
深川と新城が口論している。そこにおずおずと朝倉が割って入る。
「新城君の言っていることは本当だよ。僕もずっと気になっていた」
「……うそつけー。それならなんで最初に言わなかったんだよ?」
「それは……」と、視線が下がる。
「オレが言ったんだよ。余計なことは言うなって」
そう言ったのは意外にも新城。先程までのギラついた目はなりを潜め、穏やかそうな表情で深川を見る。
「へぇー。どうせ拳で従わせたんだろ?」
挑発する深川。これはまずいと思ったがしかし、新城は素直に言った。
「もう探偵に暴かれちゃったしな。隠す気はねぇ。悪かったよ」
こちらをちらっと見ながら続ける。
「だから探偵さんに最後の謎解きをお願いしたいんだけど、いいか?」
新城と朝倉が話し出すと、佐々木さんたち女子陣も集まってきた。終わったはずの探偵劇が再開。これは徹夜コース突入かもしれない。
話は一日目の深夜に遡る。
新城と朝倉は東村の死体をプールに遺棄した。そして二日目の朝、プールには東村と平田先輩の死体が浮かんでいた。これは全員が確認している揺るぎない事実。ちなみに二人が東村の死体を遺棄した時間は深夜三時頃。
「その時、プールには何も浮いていなかったんだ。だから朝の光景にはびっくりしたよ」
「それはおかしいです。そんな筈は……」と佐々木さん。「確か、伊野神センパイ?」
「……ん?」
ヤバい、これは睡魔のおでましだ。今なら布団に入って五分で眠れる。
「堂場先生が平田センパイの死体をプールに遺棄したのは深夜零時頃ですよね?」
「…………うん、そう! 深夜零時! 俺がトイレに立った時だから」
これは先程の探偵劇で証明された事実。
「新城センパイたちが遺棄したのは深夜三時頃。つまりその時間、プールには先客がいたはずです。新城センパイ? 本当に覚えていませんか?」
「ああ、はっきり覚えているよ。断じてプールに死体なんて浮いていなかった」
これに同意する朝倉。心変わりした新城を見る限り嘘ではないようだ。
「本当だって。深夜三時頃、プールに死体なんて浮いていなかったから、その……捨てることができたんだよ」
「じゃあ、どういうことですか?」
深夜三時頃、本当に平田先輩の死体は浮いていなかったのか。
この矛盾はいったいどういうことなのか。
新城らと堂場顧問、どちらかが嘘をついている?
できれば古典的本格探偵小説の儀典にならい読者への挑戦と銘打って丸投げしたい気分。
だけど。ここまできたらやるしかない。これが最後だから。
探偵モード起動。オプションオールグリーン。眠気ノイズ二十五%。
「堂場顧問は深夜零時に平田先輩の死体を遺棄した。そして深夜三時頃、新城らは東村の死体を遺棄した」
「ああ。それがおかしいんだろ?」
「いや、おかしくない」
「はあ?」と深川。「それなら深夜三時頃、新城らは先輩の死体を見ているはずだろ?」
「だから見てないって。ていうか、いなかったって」
「それも正しい。信じるぞ朝倉? 新城?」
二人の頷きをしかと目に焼き付ける。ということは――。
「深夜零時頃、遺棄された先輩の死体を何者かが隠し、深夜三時頃に東村の死体が遺棄された後、先輩の死体をプールに戻した。恐らく更衣室に隠したんだ。これで辻褄は合う」
「確かに」と辻さん。「それなら朝見た光景と一緒だね」
上巣さんと国枝さんも曖昧に頷く。
「センパイ、ということはその何者かは深夜三時頃に死体が遺棄されると、あらかじめ知っていたということですよね? 新城、朝倉センパイの証言を真とすると、その何者かは堂場先生以外考えられません。そもそもプールに死体が遺棄されるなんて事実を知り得るのは犯人以外いませんから」
「そう、なんだよなあ」
深夜零時に死体を捨てに来た顧問。しかし捨てずに更衣室に仮置いた。そして深夜三時頃東村の死体を確認後先輩の死体をプールにドボン。これしか考えられない。深夜零時に死体が遺棄されるのを知っていたのは、犯人である顧問以外いない筈だから。
「でもさ、堂場顧問に深夜三時頃、東村の死体を捨てに行くって言った?」
「はっっ、そんなこと言うわけないだろ!」
「顧問以外の誰かには?」
「言ったらその時点で大騒ぎだよ」
「だよな」
眠気ノイズ六十五%。わけわからん。
俺の心の声が届いたのかは定かではないが、職員室の扉が今開かれて渦中の人物たちが姿を現した。三人とも憔悴しているのは俺らと同じ。むしろ寝不足が辛いのはあちら様方だ。
「なんだ、まだ寝てなかったのか」
渦中の堂場顧問は寺坂顧問と尾形さんの影に隠れるようにして立っている。先程までの議論を話し、疑問を訊いてみると案の定の答えが返ってきた。
「知らないな」
「では、深夜零時に死体を遺棄した後、朝までプールには行っていないと?」
「そうだな」
これでいよいよ探偵は窮地に立たされた。やっと荷が下りたと思ったのに。深夜零時と三時。この時間帯に死体が遺棄されると知っていた人物? そんなの犯人以外いないじゃないか。犯人同士の繋がりも本人たちの間で否定された。これはやらせか。まるで――。
「未来がわからないと無理だな。どこのネコ型ロボットを使ったんだか……」
何気なく呟いた言葉。
未来がわからないと無理、逆にすると未来がわかれば可能。
そのとき頭の中で小さな爆発が起きた。
他にもあった。
今回の事件において未来がわからないと説明できないことが。
RPGでいうとラストステージ。
今までさんざん悪さをしてきたラスボスを追い詰め、鬼畜な回復呪文のオンパレードにイライラしつつ二、三時間粘ってようやく撃破。消滅する間際、放った衝撃の一言。
『○○様に栄光あれー! ぐわわわああぁぁぁ!』。
これほど萎える瞬間はない。それならもっと楽に倒されてくれよとコントローラーを投げた思い出。
そんな場面が今、目の前に広がっている。事件の背後で糸を引いていた黒幕を操るより高次元の存在が俺たちの前に現れようとしている。いわば裏ボス。
お前はいったい誰だ? 何が望みだ?
「国枝さん……」
「ん? なに?」
憔悴しきった国枝さん。寝間着のスエットの袖で目をこする女神。こんな弱りきった彼女をさらに追及せんと身構える。
それは他でもない彼女のため。彼女を救うためなら喜んで悪役になろう。罵詈雑言を浴びようが構わない。また一緒に部活がしたいから。
「説明してほしいことがあるんだけど、いい?」
「……なんなりと」
「国枝さんは一日目の夜、二十一時二十分頃、一‐六で先輩を教官室に呼び出した。指定時刻は二十二時三十分。そして二十二時、教官室で顧問と会い、見返りに先輩の殺害を指示してその三十分後にやってきた先輩を殺させた」
「……それが?」
涙で濡れる瞳。命乞いをする子猫のようで。
「時系列でまとめると。
①二十一時二十分 先輩を教官室に呼び出す。指定時刻二十二時三十分。
②二十二時 教官室で顧問と密会。言い寄られ、その見返りに先輩の殺害を指示。
③二十二時三十分 教官室にやってきた先輩を顧問が殺害。
つまり、②をあらかじめ予知していないと呼び出すことができないと思うんだ。
顧問、失礼ですが②の件、あらかじめ本人に言っておいたなんてことは……?」
「…………」
力なく首を振る。当たり前か、それでのこのこやってくる女神じゃないだろう。逆にそれを利用する気だったとしたら――。
「国枝さんは②の件は知っていたの?」
「………………」
押し黙る国枝さん。目線は斜め下へ。きゅっと結ばれた唇。どんな言葉も喉を通すまいという決意が滲み出ている。知っていたらこれはもはや超能力だ。馬鹿げている。いくら女神といっても同じヒト。ゲームじゃあるまいしそんなことが――。
「…………知ってた」
その決意がふいに崩れて。現れた言葉は衝撃的で。
「尾形さんが教えてくれたから」
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