誇りは既に➀
「森川さん事件を語るうえで、まず言っておくことがあります。僕は犯人ではありません」
自分ではわかっていることだがこれを納得させるのは至難の業。
四面楚歌とはこのことか。これを好機とばかり深川が追及モード全開でぶつかってくる。
「だからさ、納得する説明をしろよ。お前は悲鳴がした時、森川さんと二人きりだった。そこでお前は彼女に言い寄ったんじゃないのか? そして断られて、殺意を抱いて時間差トリックで殺した。これで自分が疑われなくて済むと思った、違うか?」
「……悪いけど、全然違う」
「だから根拠を――」
「ならさ、そんなに俺がやったって言うならお前が証明してみせろよ。俺が殺したっていう筋道を提示しろよ」
押し黙る深川。何か考えがあって言っているに違いない。それならそれを一旦聞いてみようと思った。しかし続く言葉はなかなか出てこない。
「深川くん、無理しないでね? ほんとうに伊野神くんがやったっていう証拠はあるの?」
マネさん魂か、辻さんが不安そうにしている彼に声をかける。
「……だって、あれは明らかに時間差で落ちるようにしてあっただろ? 第一発見者になったのは仕掛けがうまくいったか確かめられるのと、万が一うまくいかなかったときその証拠隠滅をだな――」
「それ、ちがくないですか? 深川センパイ」
ここで第三の探偵が出現した。佐々木さんは小さく手を挙げる。尾形さんがいつの間にか用意してくれたドリンクを口にしながら各々彼女の話に耳を傾ける。
「仮に時間差トリックを使ってそれが失敗したとしたら、被害者である森川センパイは怪我こそするかもですが、生きているってことですよね。そんな目に遭ったらまず大声で叫ぶと思います。そうしたらたちまち人が集まり、証拠隠滅なんてしている時間はきっとないです。
それなら、万が一のことを考えて仕掛けのすぐ近くに潜伏している方がリスクは少ないと思います。これなら失敗してもすぐに対処が可能ですから。今回の仕掛けを見ると、失敗する確率は高かったと思います。爆弾みたいに教室のどこにいても殺傷できる仕掛けならまだしも、仕掛けの真下にピンポイントで被害者がいないと失敗するのですから。よって、伊野神センパイは事件当時、現場のすぐ近くにいたはずです。いかがですか伊野神センパイ?」
佐々木さんは半ば期待を込めた目線を向けてくる。そんなに俺を犯人にしたいのか。
「あの時は、森川さんの死体を見つけた十五時直前まで深川と一緒に部屋にいたよ」
それには同意する深川。それなら――と佐々木さんが続ける。
「伊野神センパイが犯人とは考えづらいですね」
「佐々木さん、ちょっといい?」
ここでイニシアチブを返上させてもらうが如く、彼女のロジックを覆すことにする。確かに彼女の考えは一理ある。
しかし間違った前提の上に築かれた論理故、それがどこまで積み重なろうが全て間違ったものになるのだ。
「時間差トリックが失敗するかもしれない。それに対処するため現場近くに潜伏していた。確かに正しいけど、それならさ、そもそも時間差トリックを仕掛けるメリットはどこにあるんだろう?」
「メリット? ですか」
「そう。この場合、そもそも時間差トリックとはあらかじめ仕掛けをセットしておいて、その場にいなくても対象に危害を加えることができるトリックのことをいう。そうすることで対象が危害を被った時間帯のアリバイを確保することが出来て、容疑者候補から外れることができる。これが時間差トリックを仕掛ける最大のメリットだと思う」
「ですよね、だから失敗した時のことを考えて――」
「それは違う。失敗することを考えたらこのトリックは使えない。意味がないから。結局その時間帯にその場にいなくてはいけない時間差トリックなんて仕掛けるだけ無駄なんだよ。つまり今回の時間差トリックについて真実を述べると――。
真実② 森川さん殺害事件の仕掛けは時間差トリックではない
佐々木さんの言う通り、あれを自動で落とせるようにしたとしてもあまりにリスキーだと思う。そうすると失敗した時のことを考えないといけない。従って、現場近くにいなければならず、時間差トリックのメリットは一切ない。つまりあれは時間差で落ちたのではなく犯人が故意に落としたということになる」
「…………うう、確かにそう考えると自然かもしれません」
素直に認める佐々木さん。どこかの誰かとは雲泥の差だ。
「へぇーなるほどね」
口を開いていいと許可した覚えはないが、新城がぼそりと。
「うんうん! 凄いよ伊野神くん」と辻さん。「ほら深川くん、言い返さなくていいの?」
「うーん、いや……まあ確かにな」
どうやら考えがあったわけではないらしい。
「…………」
沈黙を貫くのは堕天したかつての顧問。ちびちびとドリンクを啜る。
「じゃあ犯人は近くにいたの?」と上巣さん。東村との関係をばらされてもなお、その姿は気丈で。「そうじゃないと、仕掛けを作動させられないもんね」
「うん、そうだね。この仕掛けは時間差トリックではないので、事件当時犯人のタイミングによって落とされたと推測できる。犯人が超能力者じゃない限り、現場にいて森川さんの様子を観察していないとまず不可能だ。従って犯人は事件当時現場の近くにいたことはほぼ間違いない」
「近くって、具体的にどこなの?」と国枝さん。ごもっとも。
「恐らく、教室の中だろうね」
「教室の中? それだと森川さんに見つかっちゃうぜ?」
深川がいきなりオーバーリアクションで言う。肩の荷が下りた様子。
「あるんだよ。隠れるスペースが。岡本わかるか?」
「え、えっとですね、えー」と岡本。「教卓ですかね?」
「そこだと回り込まれたら見つかっちゃいます」
そう言ったのは佐々木さん。同級生に論破される後輩が哀れに見えた。
「センパイ、掃除用具入れはどうですか?」
「ビンゴ! 恐らくそこに犯人は隠れていた」
大人三人はというと、堕天顧問はともかく寺坂顧問は静かに場を見守っている。その面持ちは千手観音のように穏やかで。尾形さんが横でコーヒー(もちろんブラック)を注いでいる。
「いい、生徒さんたちですね」
「ふむ、この異常事態にもかかわらず誰が犯人かを話し合う……。教育者として達観してはならないことなのだが、もはやこの天候ではお互い手も足もでない。彼らが命の危機に瀕するような出来事が起こらないよう見守ることしかできまい……」
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