誇りは既に②
彼ら大人も託してくれている。
俺たちの可能性を信じている。
たとえ今犯人が錯乱したとしても助太刀してくれるだろう。安心して推理が出来る。
「掃除用具入れから森川さんの様子を観察していたんだ。当該上部には隙間が空いているから造作もない。そして、仕掛けの真下に誘導して頃合いを見て作動させた」
「なるほどね。どうやって誘導したかはわかるの?」
そう言ったのは上巣さん。人工風がポニーテールを撫でつける。これは由々しき事態。何故なら男は揺れるものに弱いらしいから。
「それはきっと机とイスだよ。仕掛けの下に置いておくことで森川さんを自然に誘導したんじゃないかな? 誰だってイスがあったら座るしね」
「まあ、誘導はそんな感じかもしれないけどさ」と深川。他に何か考えあるなら言ってほしい。「実際、どうやって仕掛けを作動させたんだ?」
「そうだね。そろそろそれを考えようか」
へらへらする新城の横で沈痛な面持ちの朝倉。俺たちの話なんて聞こえないかのようで。
「事実⑰ 森川さんが殺された教室の照明カバーには擦れたような跡があった。
事件後に現場を調べて見つけたんだけど、吊り下げタイプの照明カバーに擦れたよ
うな跡があった。恐らくレンガは自重で落ちるように仕掛けられていたんじゃないかな。滑車の要領で。これによる摩擦でこの跡がついたんだと思う。
ここで事件当時の現場の様子を思い出してほしいんだけど、レンガは単純に当該カバーに結び付けられていたよね?」
「……………………」
沈黙。
これこそ由々しき事態だ。写真撮ってないし――。
「はい! 確かそうでした。森川センパイの、その、ご遺体を見てるとき視界の隅でレンガが吊るされていたのを思い出しました」
さすが佐々木さん。それを皮切りに徐々に声が上がる。
「ああ、確かレンガ吊ってあったな」と深川。上巣さん、国枝さん、辻さんも声を揃える。新城は放っておいて朝倉は反応なし。岡本がここでようやく頷く。続けてよろしいようだ。
「レンガをくくりつけた紐を当該カバーに結んで、レンガを当該カバーの上に置いておく。ここで質問。この状態で落とすと、件の摩擦跡は残る? 残らない?」
答えは単純明快――否。残らない。
「ということは……」と佐々木さん。彼女の言葉と新たな真実が今、見事にシンクロする。これは運命共同――(自主規制)。
「真実③ 発見時の結び方は犯人による偽装工作」
しかも、明らかに犯行時の結び方と違うので犯人は相当焦っていたと推測できる。自重でレンガを落下させたのは事実⑰から明白。つまり仕掛け作動後、トラブルが起きて焦って偽装工作が甘くなったのだ。
「トラブルって……」
トラブルとは想定外の出来事の総称。ただでさえリスキーなこの仕掛け。この時生じるトラブルで一番考えられるのは――。
「真実④ 自重でレンガを落下させて殺害する仕掛けは失敗した」
これしか考えられない。
仕掛けは失敗したのだ。
これにより犯人は早急な対処を余儀なくされたに違いない。
「ということは、凶器も別にある可能性がありますね! 伊野神センパイ」
「うんうん! 凄いよ伊野神くん。私、全然わからないもん」
「これを掃除用具入れの中で作動させたんだよな?」と深川。「どうやったんだ?」
「そうだな。滑車の要領で仕掛けをセットしてもきっかけがないと落ちないし、タイミングを見計らう必要があるから恐らく掃除用具入れの中に紐を入れておいて、手を放したんじゃないかな。そうすると自重でレンガが落下するように当該カバーの上に上手く置いた。放したままだとレンガが床とかにぶつかって大きな音が出るから、すんでの所で掴んで止めた」
「それが失敗した?」
「恐らくな。そして掃除用具入れにも手がかりが残されていた。
事実⑯ 森川さんが殺された教室の掃除用具入れの中に血痕が残されていた。
仕掛けが失敗した以上、犯人は別の凶器を使って森川さんを殺害したことになる。この血痕はその時使った凶器が隠されていた証拠じゃないかと考えている」
「確かにそう考えられますね。でも犯人は何故殺害に使った凶器を隠したんでしょう? それなら使った凶器を吊るせばいいのに」
実際に使った凶器を仕掛けに使ったかのように見せかければいいのに、犯人はそれをしなかった。それは何故か。思考ムードが場に広がる。
「…………」
そいつに無言で語りかけるが、やはり他人事のように考えるフリをしている。しかし視線をしきりに動かしては床に落とす様子を見る限り明らかに焦っている。森川さんを殺し損ねたときもそんな感じだったのか。
「恐らく――」と俺。思考ムードを破る。
「実際使った凶器を隠した理由は凶器自体が犯人を示す場合、あるいは紐でくくりつけることができないもの、例えば球状のものだった場合だと思う。森川さんは鈍器のようなもので殴られて命を奪われたからつまり凶器は硬いもの。これら条件を満たすものが、一つだけあるんだ……」
天空の主は、彼に恩恵を与え過ぎたことを悔いているだろう。
さあ、懺悔の時間だ。
「犯人が曝すのを拒んだ――」
今でも思い出すのは森川さんの眩しいほどの笑顔。
俺が荒らした砂場をトンボで均す部の母。
汚いウェアが嫌いだけど、彼女の手にかかれば新品同様の白さに。そんな彼女が天空の主のもとに一足先に旅立ったなんて冗談は、今すぐ撤回してほしい。
「あるいは紐でくくりつけることが困難な――」
スポドリをつくってくれるのが当然だと思っていた。我が陸上部はそんな縁の下の力持ちに支えられて存在しているという事実、何故ここまで廃れないと気づけなかったんだ?
「人を撲殺できるくらい硬いもの――」
走馬灯のように彼女とのやり取りが脳裏をかすめる。
天海島に到着した直後の会話、テントでリレーを見ていた時の歓声、クソ顧問に何か言われて目を真っ赤にして泣いていた表情、その全てが微粒子となって拡散していく。人工風がこちらの気なんか全く気にせずズケズケと思い出をかき消していく。職員室の窓の外。深い闇の奥から彼女が戻ってきて。
『私を殺したやつをコロシテ伊野神君。探偵デショ? 探偵デショ? タスケテ』
この声が貴様に聞こえるか?
「それは――お前が一番よく知っているものだ」
そして俺は、そいつと真っ向から対峙した。
「砲丸はお前の誇りじゃなかったのか、岡本?」
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