瓦解していく謎
朝食を食べた後、すぐに西館三階空き教室に向かった。階段を上がる音の背後で雷鳴が聞こえる。空気は相変わらずじめじめしていて既にシャツは汗で濡れている。足取りは重い。まるで大会疲れが残る週明けみたいだ。そんな気怠さを覚えつつ教室の扉を開ける。
現場はほぼ保存されている。
教室の隅に毛布が掛けられた森川さんがいる。少しめくってみる。
「森川さん、おはよ」と俺。「待っててね。俺が必ず……君を……」
彼女の物言わぬ顔を見ていたら涙が溢れてきて、続けようとした言葉をかき消した。
彼女の死体を調べてわかったことは、彼女が鈍器のようなもので殴られて命を奪われたという大雑把な事実のみ。
照明カバーから垂れるレンガが凶器の可能性が高い。
次に教室を調べる。真っ赤な血は拭き取られ、吊るされたレンガが不気味ではあるけれど何事もなかったかのようだ。メモ帳にぽつりと滴が落ちる。
事実⑯ 森川さんが殺された教室の掃除用具入れの中に血痕が残されていた。
事実⑰ 森川さんが殺された教室の照明カバーには擦れたような跡があった。
箒、洗剤、デッキブラシ、ぞうきん等々に隠されるようにして血痕が残されていた。もうすっかり乾いている。何故こんなところに血痕が残されているのだろう。
吊るされたレンガ。
それは吊り下げタイプの蛍光灯の照明カバーにくくりつけられていてそこに擦ったような跡がある。照明カバーはアルミ製。試しに揺らしてみると、当たり前だが、それはぶらんぶらんと揺れる。これが森川さんの命を奪ったのだろうか。一縷の疑問を胸にしまいつつ、しばらく彼女の亡骸と一緒に雨の音を聞いていた。
東館一階。一‐四。
東村と平田先輩の死体が無言のお出迎え。先輩には悪いが、気になったのは東村の右上腕部に残された痣のような痕。
東村を覆っている毛布をめくる。真っ白な顔を直視しないように、例の痕を今一度観察する。
「うっ血している……」
うっ血とは、血が溜まって皮膚の下が赤く見える現象のことだ。
早速メモ帳を開く。
事実⑱ 東村の痣はうっ血していて、細いものによってつけられた。
よく見ると何か細いものでついたようだ。細い棒のようなもの、あまりにも細くて硬いと皮膚に突き刺さってしまうから柔らかくて尚且つ痣になるくらいの硬さがあるもの。そんな都合のいいもの、あるだろうか。
「尾形さん、本土には連絡できませんか?」
「はい……今日未明から通信網が麻痺しているようです」
「とにかく、生徒たちの安全を確保しなければ。これ以上の事態は何としても避けねばなりません」
東村の死体を調べた後、廊下に出るとちょうど三人の大人が中央館の方へ向かう所に出くわした。こっそり後をつけると職員室に入っていった。今後について話し合いでもするのだろう。
「我が学園、始まって以来の由々しき事態であることは間違いない。オーナーや保護者会になんて説明すればいいのか。うーむ」
「それは二の次ですよ堂場先生。今は一刻も早く全員でこの島から帰ることを考えんと。例え三人を殺害したのが、生徒の中にいたとしても」
「なっ、寺坂先生。では、本当に生徒の中に犯人がいると?」
「……信じたくはないがそれしか考えられん。尾形さん、今この島はあなた方が管理をされていますが、他に従業員はいますかな?」
「いえ、おりません。今回の担当は私一人ですので。備品などはあらかじめ倉庫にて保管済みです。あなた方の他に、この島に来た人間はおりません」
やがて重苦しい会話が聞こえてきた。時折飲み物をすする音が聞こえてくる。この島に来た人間は俺たちだけ。即ち第三者の存在は限りなく零。やはりいるのか、俺たちの中に。
しばらく会話した後、尾形さんは物置に保管してある備品などの在庫確認に行くと先に辞し、遅れて顧問二人が出てきた。
俺は咄嗟に職員室横の男子トイレに駆け込んで用を足すフリをした。
「では堂場先生は西館を。私は東館を見て回ります」
「はい。お願いします」
「あなたは」と寺坂顧問。「生徒を信じていますかな?」
「……生徒を信じるのが顧問の務め、そうではなかったですか?」
その言葉を最後に、足音が遠ざかっていきやがて消えた。フリを切り上げ誰もいなくなった職員室に入る。
窓を打ち付ける雨の音に混じって空調の低く唸るような音がする。物陰に隠れた猟犬が唸っているようで、背筋が震える。ごみ箱に紙コップが三つ捨ててあった。直前に三人が使っていたものらしい。水洗いをしていないので飲んでいた液体が少量残っている。色は黒っぽくて、香ばしい匂いがする。これはもう、明らかにあれだ。
「コーヒーか」
メモ帳を開く。
事実⑲ 顧問二人ならびに尾形さんはコーヒーをブラックで飲む。
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