三日目

朝食は涙に暮れて

 私立杵憩舞学園高等学校、陸上部およびバレーボール部選抜メンバー合同ダンス合宿三日目。八月十二日。天候、豪雨。本来の日程なら本日の午前中に本土に帰る予定だった。しかしそれはメンバーの死というおよそ現実離れした出来事、さらには予期せぬ台風接近に伴い大きく狂ったことは言うに及ばず。


 聞き慣れた雨の音で目が覚める。昨夜全員に配られた鍵でロックを解除して手洗い場に行き、顔を洗う。湿気が多く、汗でべとつく体が気持ち悪い。


 その時、廊下に気配を感じた。見るとタオルを持った岡本がこちらに歩いてきて、俺の姿を見つけて立ち止まった。ぎくっという擬音が聞こえてきそうなほど、ばつが悪そうな顔。


「おっす、岡本」


「…………」


 後輩は先輩(しかも部長)の挨拶に答えず、翻して教室に消えた。これがガチな合宿なら速攻顧問に報告だが、残念ながら今は普通の状況じゃない。しかも俺は容疑者として疑われている身。賢明な判断だと心の中で褒める。


 ピンポンパーン。放送が始まる。


『みな、おはよう。バレー部顧問の寺坂から連絡する。各自、特別な用がないときはなるべく複数人で教室にいるように。食事は一‐一に用意しておいたので複数人でとりにくるように』


 校内放送が冷たく告げた。各自籠城、もう誰も犠牲者を出さないようにするための苦肉の策。一‐三で独りストレッチをしていると、複数人の上履きの音が聞こえてきた。時刻は八時過ぎ。みんな朝食を取りに来たのだろう。


『いいよ……枝さん。あいつ……勝手に……に来るよ』


 何やら話し声がして。


 直後、たったったっという軽やかな音が聞こえてきた。昨日の森川さんの上履きの音とシンクロする。あの時に戻った感覚。今ならまだ間に合う――。


 こんこん。ノックの音。


「伊野神クン、入るね」


 そう言って一切の迷いなく扉が開いた。国枝さんと目が合う。


「おはよ、伊野神クン」


「あ、おは、おはよう」


 頬に張り付くショートヘア。澄んだ黒い瞳は全てを見抜いているかのように鋭く可憐で。背中に翼は見えないけれど、そこからこぼれる一欠片の羽の確かな質量を感じた。


「朝食、置いておくね。しっかり食べて。あと私は、伊野神クンの味方だよ」


 最後の言葉は彼女が去った後もしばらく耳に残った。


 独りじゃない、その感覚があまりにも恋しくて涙を堪えられなかった。

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