入れ替えられたシャツの問題
事実⑪ 昨日の昼において***等を個別に捨てた者はいない。
保健室を飛び出して向かった先は一‐一。そこで見つけた手がかりを挙げた。
時刻は十二時。
「おう伊野神。悪いが全員集まるように連絡してくれないか」
ちょうど堂場顧問が人数分の水やバランス栄養食を持って教室に入ってきた。
「あ、はい。それは備蓄してあったのですか?」
「ああ。本来だったら食材を船で届けてもらってバーべキュウでもしようかと考えていたんだがな……」
「そうですか……」
バーベキュウ。楽しそうな昼食風景。何もかも手が届かないところに行ってしまった。窓の外を見る。ガラスに映った自分の姿が醜く歪んでいるように見えた。
「先生」と俺。「昨夜のことなのですが」
「……おう、どうした?」
「昨夜の零時頃、校庭を歩いていましたか?」
「…………」押し黙る顧問。「なんだ伊野神、休んでなかったのか?」
「いや、その……トイレに行ってました」
「そうか。ああ確かに、校庭を歩いていたな。その時間だったらちょうど見回りに行って戻るところだった」
「そうでしたか……」
顧問は人数分の備品を教卓の上に置いた。袋が擦れる音がやけに大きく聞こえる。
「…………それはそうと、はやく皆を呼んで来い」
「あ、はい」
質問タイムはそこで終了し、皆を呼びに行った。
時刻は十二時十分。二日目の昼はどんよりとした空気の中、十三時まで続いた。ダンスの映像だけがエンドレスで流れ、能天気な歌声に悪態をつきたくなるのを懸命にこらえた。その中で興味深い話を聞いたので挙げておく。
事実⑫ 昨夜のシャワー後、先輩が着ていたシャツのプリントは『I HAVE A CREAM』。
情報源は深川と岡本。俺は一足早く更衣室を後にしたので見ていないが入浴後、先輩はそのようなシャツを着たという。確か昨日『I HAVE A DREAM』とプリントされたシャツを昼食時に着ていたような。
「ということは、今朝先輩は昨日のシャツを着ていたのか?」
「そうなるな。何でそうしたかは謎だけど」
「わざわざ昨日のシャツなんて着ませんよね?」
シャツの入れ替わり。
これは何を意味するのか。事実⑩並びに⑪を書き直した(よほど急いでいたのか、自分でも読めないほどの字だった)。
時刻は十三時十五分。体育館前。その一角に洗濯機があり、その横に洗濯篭がある。男子用と女子用二つあり、中にはウェアなどが乱雑に投げ込まれている。
空は依然として真っ黒な雲に覆われている。あざ笑うような雨に加え、不気味な空気がこの学校には流れている。それの正体を掴もうとしているのだ。無謀なのはわかっている。
『諦めて屈しなさい、そうすればあなたは楽になります。天空の主はあなたを歓迎します』
そんな声が遥か上の方から聞こえた気がする。
「みなまで言うな、わかっているから」
呟いた声は雨音によってかき消される。
ささやかな抵抗は虚無に消え、俺を屈服させようと雨風がどっと激しくなってきた。早めに調べて校舎に戻るとしよう。探偵は地味に体力勝負だ。
男子用の洗濯篭を漁る。タオルやらウェアやらをはねのける。そうして見つけたシャツの名前は『MAKE ME SAD』。
「やっぱりないか……?」
昨日の昼、先輩が着ていたTシャツは『I HAVE A DREAM』――以後ドリームシャツと略す――。それはシャワー後『I HAVE A CREAM』――以後クリームシャツと略す――に変わった。
しかし、今朝見つかった先輩の死体はドリームシャツを着ていた。これが犯人によって着替えさせられたのなら脱がしたシャツ、つまりクリームシャツがどこかにある筈だ。
先輩がドリームシャツをすぐ篭に入れておいたのなら、犯人はそれとクリームシャツを入れ替えた可能性がある。つまり脱がしたクリームシャツをこの篭の中に戻したのではないかと思った。
古典的な入れ替えトリック。果たしてクリームシャツは――。
「……ビンゴ!」
あれこれ考えていた時、それはあった。クリームシャツだ。色は黄色。ドリームシャツと同じなのでよく見ないと気づかない。
事実⑬ 洗濯篭には『I HAVE A CREAM』シャツが残されていた。
スペルを確認する。間違いなくクリームシャツだ。犯人は何故これを脱がす必要があったのか。不審な点はすぐに見つかった。
事実⑭ 残されたシャツには仄かに甘い香りがする茶色のシミがついていた。
シャツの前、胸の辺りにシミを見つけた。仄かに甘い香りがする。先輩の汗のにおいにやや押され気味だけど。
犯人はこれを隠すために着替えさせたのか。仮にそうだとしてスペルの違いは隠せない。その危険を冒してまで着替えさせたのだろうか。
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