悲鳴について(深川、岡本の証言)
続いて深川に悲鳴について尋ねようと思い自室である一‐二に戻る。
ドアを開くと、印象的なメロディーが流れていて。
深川と岡本が映像を見ながら不器用な踊りを披露している。
「おう伊野神!」
「あ、先輩。お疲れ様です! お邪魔してます」
「自主練?」
「そーだよ。お前も踊れよ」
それはささやかな抵抗なのか。
非日常から昨日までの日常に帰ってきた感覚が全身を包む。事情聴取はあとでもいいか。俺は少しの間、日常に戻ることにした。
「えっ!? ソロやるのか?」
「うん。やりたかった?」
「……いいや。やっぱ部長がやらなきゃ締まらないし」
一通り踊って汗をぬぐう。
ソロを引き受けると話すと二人は驚いた様子だったが、すぐに納得してくれた。深川は先輩から色々学んだ身として引き受ける気持ちが多少あったと思うが、それでも譲ってくれたのだからもう後戻りはできない。
「そういえばさ」と俺。探偵として調べていることを話す。「今朝の悲鳴について教えてくれ」
「あの悲鳴か。何か事件と関係あるの?」
スポドリをぐっと飲み干して深川が言う。それに続いて岡本も疑問の声をあげる。
「事件って、先輩たちは殺され――」
言い終える前に言葉を吞み込む。テレビの奥の出来事がこんなにも身近で起きて未だに現実感がないのだろう。それも含めて今調べていると答えると、曖昧に頷いて顔を伏せてしまった。
「今朝の悲鳴はな……」
やがて深川が悲鳴について語りだした。
要点をまとめてみる。
中央館三階を調べていた深川は悲鳴を聞いてすぐに階段を駆け下りた。二階で朝倉と新城に出くわした。二人も当該悲鳴を耳にしていたみたいで、三人は急いで一階に下りた。見ると東館一階に続く渡り廊下のドアが開いていたので、反射的にそちらへ急行したらしい。
「渡り廊下のドアが開いていた?」
「ああ。東館側のドアも開いていたぜ」
外は大雨。風も吹いていたのでドアを開けておいたら館内に雨が入ってきて水浸しになってしまうことは容易に想像できる。実際、床はびちょびちょだった。何故開いていたのか。
「他に何か変わったことはなかったか?」
「……うーん」
あ、そういえばと言葉を繋げる深川。
「俺の聞き間違いかもしれないけど、段々小さくなっていくように聞こえたような……」
「段々小さく?」
「ああ。たとえると、車が猛スピードで通り過ぎると音が段々小さくなっていくじゃん? あんな感じだった」
まあ、気のせいかもしれないから気にしないでと語りを締めた。事実を挙げておく。
事実⑤ 悲鳴直後中央館一階(東館側)と東館一階の渡り廊下のドアは開いてい
た。
事実⑥ 中央館三階において悲鳴は段々小さくなって聞こえなくなった。
続いて岡本から話を聞いた。
悲鳴後、東館二階で上巣さん、佐々木さんと合流して一階に下りた。悲鳴の聞こえ方については普通だったとのこと。
事実⑦ 東館三階において悲鳴は特別変わったようには聞こえなかった。
深川の気のせいという可能性も否定できないが、何故中央館と東館で悲鳴の聞こえ方が違っていたのだろうか。それは渡り廊下のドアが開いていたことと関係があるのだろうか。
「わかった……二人ともありがとう」
「いえいえ。その……部長」と岡本。「まだ調査は進めるんですよね?」
「そのつもりだけど」
「その……僕は覚悟できているんで、そのときはどうか遠慮しないで下さいね」
「遠慮? 遠慮ってなにに?」
俺がしばし岡本の真意を考えていると、深川が徐に立ち上がった。
「よしっ、岡本! 自主練再開だ! 部長探偵には大事な使命があるのと同じように、俺らにも大事な使命がある」
それは奴なりのフォローなのか。
俺が探偵なら、犯人を暴かないといけないから。
それが今まで苦楽を共にしてきたかけがえのない友人だったとしても――。
「でもさ、探偵に疲れたらいつでも待ってるぜ。ソロやるなら踊りの練習も怠るなよ!」
そうして二人は曲を流し、再び踊り始めた。
いつか帰るところを見つけた気がしてホッとした。
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