絶海の孤島に散らばるもの
時刻は十時三十分。
尾形さんの絶望的な報告は職員室に暗い影を落とし、場は一旦お開きになった。堂場顧問は自主練という冷ややかな指示だけ出して、寺坂顧問、尾形さんと連れ立って出て行ってしまった。事実確認やら何やら……大人はこういう時、無責任だと思う。
「自主練なんて、できっかよ」
平田先輩の死。
東村の死。
こんな状況でダンスなど踊っている奴はきっと、よほどの能天気野郎だ。
『夏の天海山 登頂ツアー開催のお知らせ。
地球の息吹を感じに行きませんか? 数少ない学園合同企画です!
お問い合わせは登山部、または実行委員会まで』
この張り紙、通っている校舎にも貼ってある。毎年やっている目玉イベントの一つだ。開催日は明日。こんな天候だから中止に決まっている。山にとっては恵みの雨かもしれないけど、俺たちにとっては恵みどころか不幸の塊だ。
東館一階廊下を歩く。今朝駆けつけたみんなの上履きの跡が乱雑に残されているのが生々しい。プールに続くドア前の玄関マットは多くの水を含んでいる。
一‐四のドアを開ける。
「失礼します」
断りの言葉を添えるけれども部屋にいる人から返事はない。既にしかばねだから。吸う息全てに死臭が混じっている被害妄想にかられる。
そこには毛布が掛けられた二つの死体。
バレー部セッターの東村。
陸上部ホストスプリンターの平田先輩。
かつてヒトだったものが横たわっていた。
「…………」
かける言葉なんてない。未だに理解の外の出来事だから。帰れない事実よりも、昨夜まで生きていた人間がこういう姿になった事実の方が到底信じられない。こんなことがあっていいのだろうか……。
「俺は二人を守れなかったのか……」
守るなんてできるはずがない。守る必要性を考えたことがないから。こんなことが起きるなんて、小説の世界だけだと思っていたから。だから俺にできることは一つしかない。
「今から伊野神けいは、探偵になります」
この事件を解決させる。それが然るべき弔いになると信じて。
早速、探偵としての捜査を開始しようと思う。
まずは平田先輩。
毛布をめくると真っ白な先輩の顔が飛び込んでくる。瞼は閉じられ、見た目は穏やかそうに夢でも見ているよう。
以下、調べた結果だ。
①死体発見場所は東館南のプール内。
②死体発見時、Tシャツ姿だった。プリントは『I HAVE A DREAM』。
③昨夜先輩は『ALL FOR ONE』とプリントされたパーカーを着ていたが、発見時それはなかった。
④首に絞められたような跡あり。絞殺の可能性が高い。
現状からわかることはこのくらい。
昨夜着ていたパーカーは脱いだのだろうか。岡本の証言によると昨夜は部屋に戻っていないので部屋にはないと思われる。Tシャツは見覚えがある。第一発見者や悲鳴、昨夜の足取りなど不明な点が多い。これらは他の人に聞いて徐々に埋めていくしかない。
「先輩」少し頬が動いた気がするのは願望か。「ソロ、僕が引き継ぎますよ」
やりたくはないですけど、やるしかないじゃないですか……。
返事はもちろん、ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます