平田の失踪について(陸上部緊急ミーティングの報告)
「うちの平田を最後に目撃したのは伊野神、岡本の二人です。場所は岡本と平田の寝室である一‐六」
その後、堂場顧問より語られたことをまとめてみる。
昨夜は二十時にお互いミーティングを行っている(うちらバレー部は職員室で実施)。
この時先輩は陸上部全員に目撃されている(ダンスのソロを立候補したらしい。うちらはまだ決まっていない)。
解散後先輩は寝室に戻り、後輩の岡本と過ごした。
そして二十一時三十分。
伊野神が寝室を訪ねて東村君がいなくなったことを伝えた。
この時国枝さんもいたとのこと。少し話をして国枝さんが退出し、直後先輩も退出。これ以降、先輩の姿は誰にも目撃されていない。
「あと、先輩は部屋を出る間際に」と伊野神。「保健室見に行くって言ってました」
それに後輩君が同意する。
彼が座る椅子はやけに小さく見える。それでも決して態度は大きくない。良い後輩がいるのは部長の人望のおかげか。
「ちょっといいですか?」
そう言って皆の視線を集めてもなお、それを押し返さんと姿勢を正したのは上巣さん。彼女の視線は依然として鋭い。
「真希ちゃんはさ、そんな時間にどうして男子の寝室に行ったの?」
その言葉に親しみやすさは皆無。
「え?」
言葉に詰まり、視線を床に向けたのは一瞬の出来事。
すぐにまっすぐ上巣さんを見つめ返す国枝さん。
「何って……ちょっと話したいことがあったからだよ。ダンスとか、勉強のこととか」
「そんな時間に?」
「うん。何かまずいかな?」
「だって、普通に考えておかしいでしょ? なんか、いやらしい」
その言葉で国枝さんの目つきが険しいものに変わった。冷ややかな無表情。無機質な仮面が不気味なほど冷静なトーンで言葉を紡いでいく。
「なんで……? 別にいやらしい話なんてしてないよ……? 沙耶ちゃんがそう思うのって時間が遅いから……? 昼間なら男子の部屋行っても良いの……? 昼間でもいやらしい話できるよ……?」
「それなら証明してよ。いやらしい話なんてしてないって」
「岡本クン」
突然、睨むように見つめられた後輩君は先程の僕みたいに委縮する。玉のような汗が我が物顔で額を占領している。坊主頭も汗ばんでいるのがわかる。
「私、そんな話してないよね……?」
いつの間にか、場は国枝さんと上巣さん二人のやり取りで支配されていた。顧問たちも口が挟めないほどだ。こんな場でしゃべらされるのは拷問に等しい。
「は、はい。確かにダンスの話をしていました。その、変な話とかはしていません。僕は」
「僕はって、他の三人……つまり国枝さん、先輩、伊野神はしてたのか?」
深川君がぴしゃりと指摘する。まるで裁判だ。
「あっ、いえ……その、それが……」
「……………………」
国枝さんが後輩君を見つめる。その可愛い顔を小悪魔ならぬ悪魔的に歪めながら。その瞳は目が合ったものを石にかえるという怪物、ゴーゴンのそれのようで。
「僕……途中でトイレに行って戻ってきたら先輩方が何やら話していて……その……小声で聞こえなかったんです。聞いちゃいけないのかなと思いまして気にはしなかったのですが……その途中で部長が部屋に来て……」
それが昨夜二十一時三十分。何やら話していた二人。これはいったい何を意味――。
「なにそれ!? やっぱり怪しいじゃん! 話してよ! 何の話!?」
「だからっ! 相談とかしてたの!」
「嘘よ!」
「じゃあ沙耶! それを証明してよっ! 沙耶こそ東村クンと昨夜何もなかったの!?」
「なんですって!?」
激高した上巣さんが椅子から立ち上がろうとしたとき、ようやく両顧問が仲裁に入った。
後輩君が内容を聞いていない以上彼女の話を信じる他ない。先輩に訊こうにも既にこの世にいないのだから、万事休すだ。
その時。
「みなさん!」
慌てた様子で尾形さんが職員室に入ってきた。そして伝えた事実は、先程の修羅場なんて子供のままごとレベルだと僕らに思い知らしめた。この場にいる全ての人間が凍り付く。そうして舞い降りたのは地面にめり込むほど重い、僕らを縛り付ける鎖。その名は絶望。
「大変です! 悪天候のため船が出せないそうです! 運航の目途はたっていません! なのでしばらくこの島に滞在することになります……」
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