東村の失踪について(バレー部緊急ミーティング)
遠くで音楽が聴こえる。
まるでこの世の負の感情を集結させた少しでも触れると切れてしまうような緊張感に満ちたギターリフ。
悪魔の咆哮のように吐き出された醜悪な重低音ベース。
暴れまわるドラムスと汚物を吐き出すように垂れ流されるボーカル。
僕が世界で一番愛しているバンドのそれは楽曲で。
耳から入ってきて僕を破壊する。
そうして残ったもの。それはがらんどうの『僕』という存在。壊れるものなんかないはずなのに。いくつか尊いものが剥がれ落ちていく感覚が少し嬉しい。
伊野神は『暗い』と言った。良さがわからないと言った。
それと同じように僕も彼が言ったバンドの良さがわからない。
ここは中央館二階。職員室。
時刻は九時。
「正直先生も混乱している」
全員が椅子に座ったタイミングで顧問が口を開く。昨日の東村君や佐々木さんに向けた鬼のような表情はなりを潜め、今は子供みたいにしゅんとしている。
「こんなことが起きてしまったのは、先生の責任だ。どうか許してくれ」
そう言って深々と頭を下げた。入部以来、こんな顧問は見たことがない。
「今、尾形さんが本土の学園本部に連絡をとって、船を送ってもらうように頼んでいる。だから、それまでは辛抱してもらう以外に選択肢がない。すまない」
「先生」嗚咽交じりに言ったのは上巣さん。「誰が綺羅くんを殺したんですか?」
「…………!」
その言葉に場が凍り付く。そしてその涙で潤んだ目はまっすぐ僕と新城君に向けられた。純粋な敵意に満ちている。
「綺羅くんと同じ部屋だったあの二人が怪しすぎますっ!」
「おいおい、ちょっと待てよ」
反論したのは新城君。僕は蛇に睨まれた蛙のように小さくなるしかない。今にも丸呑みされそうな恐怖の中、やり取りはヒートアップする。
「あいつは夕食の後から戻ってきてないぜ? それはこの朝倉だって証人だ」
「そんなの二人で口裏合わせているだけよ!」
「何ならこいつに聞いてみな。なあ朝倉、そうだよな?」
「うん」
「そんなの嘘だよ! 新城くんに言わされているだけ!」
「ああわかったよ。なら俺は何も言わない。朝倉、お前の口から昨夜のこと話してみろよ」
全員の視線が一斉に僕に集まる。顧問すらその鎌首をもたげた。
「朝倉、話せるか?」
「は……はい」
昨夜のことを思い出しながら話す。
十九時五分。全員で夕食を食べていたとき、僕は新城君に言われて夕食の弁当を保健室で休む東村君に持っていった。その時、彼は痛めた脚にアイシングをしていた。僕が弁当を持っていくと軽く礼を言ってから弁当を食べ始めた。その後、僕は教室に戻り自分の弁当を食べた。
十九時二十分。そろそろ食べ終わったかなと思って保健室に行くと案の定、弁当は空っぽだった。教室行こうと思ったけど脚痛いから、と彼。僕は空の弁当を持って教室に戻った。
「そのとき、綺羅くんは保健室にいたの?」
「いたよ。間違いないよ」
「でも……夕食の後、保健室行ったけど綺羅くんいなかったよ」
上巣さんは僕の言葉なんて信じられないと言わんばかりだ。
「それは何時くらいだ? 上巣」
顧問の視線が上巣さんに向けられる。そのまま標的変更してくれと祈る。
「えっと、十九時四十五分くらいです」
「ということはその二十五分の間に」と佐々木さん。「東村センパイはどこかに行ったのでしょうか?」
「二十五分か」辻さんの髪が揺れる。「姿を消すには充分な時間だと思うけど」
「瑠香も知子ちゃんも今の話を信じるの?」
上巣さんの攻撃的な視線はついに女子たちに向けられる。
思いがけない言葉に二人が息を吞むのがわかる。場の空気が一層悪くなるのを間一髪、寺坂顧問が立て直すように言う。
「仲間同士で疑い合うものじゃない。先生は二人の話を信じることにする。つまり東村は昨夜の十九時二十分頃から四十五分の間にいなくなったということだな?」
それに頷く僕ら。上巣さんは納得していない様子。
「そしてそれ以降、彼の姿を見たものはいない。間違いないか?」
無言の沈黙が答えとなった。
「あと、陸上部の平田を最後にみた者はいるか?」
これは全員一致で、夕食時が最後という回答だった。つまり昨夜十九時三十分。
「寺坂先生」そう声をかけたのは少し離れた所で同じようにミーティングをしていた陸上部の堂場顧問。「どうですか? 少し意見をまとめませんか」
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