命のバトンを落とした者
東館。南廊下の先。プール。
天から降り注ぐ雨は一切の途切れなく暗澹たるプールの水面を揺らす。波紋が連続的に発生し、それらは打ち消し合うと同時に新たに発生する。せわしない水面。
既に全員が集まっていて、微動だにしないでプールに視線を送っている。
そこにぷかぷかと浮いていた。
東村と平田先輩。服は着たまま。うつ伏せ。
雨で濡れた全身が気にならないくらい目の前の光景に意識を奪われる。あの先輩のこと、今にも顔を上げて、神妙な顔をした俺たちを鼻で笑いそうで。
それを期待して何が悪い?
けれどそれは紛れもなく、命のバトンを落とした者。
もう誰にもバトンを渡せない。
『ありがとう。わりーな。でしゃばって』
照れくさそうに、でも嬉しそうな先輩の表情。
「……きら、くん?」
見ていられないのは上巣さんだ。東村と彼女は付き合っていたのだろう。今にもプールに飛び込みそうな彼女を、辻さんが腕をガッチリ掴んで阻止している。さすがマネさんだ。
「はっ、はっくしゅ!」と佐々木さん。身体は小刻みに震えて前髪が額に張り付いている。
「もどろっか」
その後、大人三人が二人を東館南廊下に一番近い一‐四に運び入れた。俺、深川や岡本がそれを手伝った。現在、毛布が掛けられているので表情は見えない。
「先生、二人は……?」と俺。愚かな質問だが確認しなければならない。
「…………」
沈黙。着替えたとはいえ、鳥肌が消えないくらい寒い。それがさらに加速する。堂場顧問は一拍置いて口を開く。
「二人は……亡くなっている」
その言葉に上巣さんは泣き崩れ、辻さんはその背中をさすり、森川さんはぐっと堪え、国枝さんは目元を拭う。男子たちは沈痛な面持ちでその事実を受け止める。
「尾形さん」沈黙を破ったのは寺坂顧問。「すぐに本土の学園に連絡できますか?」
はい直ちに、と尾形さんは頷いた。二泊三日の合宿でまさか死人がでるなど、誰が予想できただろうか。二人はどうして死んだのか? 自殺なのか……それとも。
「全員。黙とう」
寺坂顧問の合図で目をつむっても、否定できないほどの疑念が渦巻くのを感じる。
頭をよぎるのは『殺人』という無機質な二文字。真っ暗な視界の中、先輩と過ごした一年間の思い出が蘇る。唐突な別れ。
『さようなら、平田先輩』
脳裏に浮かんだ平田先輩は安心したように微笑み、すうと消えていった。
『MAKE ME SAD』のポロシャツを着ていた。
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