内に秘めたるものは
軽く体操をして、六割くらいの力で走り込む。心地よく脚が動く。
風を切る感覚。
入部以来、何度も経験した感覚。
それなのに環境が変わるだけでこんなにも違って感じるとは。
まるで風と友達になったみたいな感覚。澄んだ風が素肌を撫で、呼吸の度に体を満たし、体内のありとあらゆる穢れや悩みを取り去ってくれるような不思議な感覚。
同じクラスの女子に対する漠然とした憧れ。
放課後、肩を並べて帰り道を歩くカップル。
付き合ってみたいとか、別にそんなんじゃない。ただ……ただ……なんだ?
自分の中にある子供じみた思いがたまらなく嫌で。汚物と一緒に外にでてしまえばいいのに。変わりたいと思いつつも行動を起こせない。そうしたら自分が変わってしまうようで怖い。それならそんな思い捨ててしまえばいいのに。
「……ふぅ! はあ! はあ」
走り込みが終わり、徐々に減速していく。
どくんどくんと波打つ心臓。
『二泊三日で国枝さんや森川さんと一緒にいられる。バレー部の辻さんも可愛いな。あわよくば連絡先交換できたりして』
次の瞬間、感情は掌を返したみたいに変わってゆく。
『どうせ俺はうまく話せない。昼の時もそうだったじゃないか。彼女なんて出来っこない。そう思っておけば本当に出来なかったときショックが小さくて済む。いいさ、勝手に彼女でもなんでも作ればいい。俺は他の奴らとは違う』
「はぁ……はぁ」
『上げろっ!』
バシンっというボールをレシーブする音。体育館から威勢のいい掛け声が聞こえてくる。中学生に戻ったような感覚。ネットの前でブロックの態勢を取る自分が明確にイメージできる。満たされていた時間。満たされていなかったと感じる時間。汗で見えなかった本質。
『もう一本お願いします!』
『バカたれ! 試合じゃもう一本もクソもあるか!』
『ハイっ!』
『セッターだからレシーブ甘くてもいいのか?』
『いいえっ!』
『バックトスだけやっていればいいのか?』
『いいえっっ!』
『わかってんなら基本をしっかり覚えろ!』
『ハイっっ!』
東村がシゴかれている。どこのバレー部顧問もおっかない。遺伝子レベルで。
ふと空を見る。澄んだ青空。所々に黒くて厚い雲。それはきっと雨雲。それは俺の心そのものだ。俺は自分が嫌いだ。いくじなしで、優柔不断で、自信がないのに願望だけは高いこの伊野神けいという人間が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます