報告書37「新たなる力、備品をケチるのはブラック企業の証について」

 結局チトセに事務所まで引きずり戻された俺は、そのまま次回任務のブリーフィングに強制的に参加させられる事となった。全く、優しさの欠片も無い奴だ。知ってたけど。そもそも装備も何も無い俺には任務なんて到底無理なのになんで参加しなくてはならないのか。


「先輩、良かったらこれを……」


「フガッ、すまんな」


 チトセの強烈な足蹴りで鮮血が吹き出した鼻に、ササヤさんに貰ったティッシュを詰める。全く文字通りの踏んだり蹴ったりだ。


「さて今回の任務なんだけど依頼元はS.O.U.R.CE、内容は東京駅ダンジョンで未確認のリソーサーの調査よ」


「フガフガ、東京駅ダンジョンで……未確認のリソーサー?」


「そう、未確認のリソーサー。詳しくは情報収集してくれたイクノから説明して貰おうかしら」


「情報収集したと言っても、大した事は分からなかったんじゃがな……」


 話を振られたイクノさんは、そう言いつも端末を操作し液晶ホワイトボードに解像度の良くない画像を再生し始めたが、そこに映し出されてる姿はどう見ても……


「ヒトガタ……ですか……!?」


「そうじゃ。目撃情報によるとこのリソーサー、何でもヒトガタをしており、おまけに刀状の武器まで扱うらしいのじゃ」


「フガッ、刀だって!?」


 思わず声が出る。今までリソーサー・ヒトガタなんて聞いた事も見た事もない。おまけにそいつが武器を扱うなんて、前代未聞じゃないだろうか?


「この未確認リソーサー、正式名称はまだつけられてないんじゃが、目撃者の間では剣技を使いこなし、まるでスペキュレイターを写したような姿から"影"……ドッペルゲンガーと呼ばれてるそうじゃ」


「そんでそいつがなかなか強くて、東京駅ダンジョンに潜ったスペキュレイターがもう何人もやられてるってんで、今回の調査任務が発令されたってわけ」


 なるほどねぇ……チトセとイクノさんの話を聞きつつ、自分の携帯端末に送られてきた任務情報を見ていたが、ある一項目を見て動きが止まった。


「この任務の報酬額、危険度に比べて随分少ないけど、よくこんな任務引き受けたなチトセ」


「たまたまよ!いいからさっさと準備に取り掛かりなさい!」


「……?」


 チトセは何をそんなにムキになってるんだろうか。まぁなんにしても機動鎧甲も刀も失った俺には関係無い話だ。


「未確認のリソーサー相手に大変だとは思うけどチトセにササヤさん頑張ってきてくれよな」


「は?何言ってんの。あんたも行くに決まってんでしょ。一体誰のためにこの任務引き受けたと思ってんのよ!」


「いや、装備も無いのに行けるわけないだろ!」


 まさか俺に生身で行って肉壁にでもなれと言うのか!いや、こいつの事だ、本当に言いそうだ……


「装備なら、あれを見せてあげる頃合いね」


「うむ。格納庫まで来るのじゃ」


 そう言われ、先を行く3人に続いて格納庫に移動する。回復アイテムまでケチるこの零細企業で一体どんな物を用意したと言うのだろうか。ま、あまり期待しない方が良さそうだな。


 格納庫に到着すると、早速イクノさんが装備保管庫に入っていき、何やら大型コンテナを運搬して来たでは無いか。そして開かれるコンテナ。


「これは……!」


 そこには、真新しい一領の機動鎧甲が格納されていたではないか。


「源流製作所製機動鎧甲"ハチリュウ"じゃ。壊されたシチリュウのバージョンアップ版であると同時に、その出来栄えから同社の代表作とまで言われている代物じゃ」


「そんな……まさかこんな……」


 それを見て思わず声が漏れ、手が出る。黒地に基部が赤という色彩、小さく目立ちすぎず、しかし確かな存在感を感じさせる各部に意匠された八匹の金色の龍、基本的な部分はシチリュウと変わらないものの、改良されている事が一目でわかる細かな変更点。どれを取っても素晴らしい仕事がされた作品だと言うのが分かる。


「このハチリュウはシチリュウよりも出力、防御力、バッテリー容量などの基本性能が上がっているのはもちろんのこと、わしが直接チャーンナップしたまさに当世具足と言える代物じゃ!」


「分かる……分かりますよ……これの素晴らしさ……」


 思わず触れる手、漏れ出す声まで震えてしまう。が、そこではっとする。幾ら素晴らしい機動鎧甲でも、これだけではどうにもならない。


「いや、やっぱりダメだ。刀も無いんだ、戦えないよ」


「ん」


 それを聞いてか、チトセが手に持った何やら小太刀状のモノを俺に突き出して来た。訳が分からないまま受け取り、鞘から抜き刀身を確かめる。刀身は短く反りも浅いがこれは……


「これ、まさか……!」


「何よ。いらないんだったら今度こそ売り飛ばして設備投資に回すわよ」


「先輩、それはシャチョーが折られたヒトマルを鍛え直せる刀工を探しに探し、頼み込んでようやく出来た小太刀なんですよ」


「あぁー!余計な事言わなくて良いのよ!」


 腕を組み、恥ずかしさかもしくは怒りの余りかやや赤らめた顔を背けるチトセ。


「最後は私からですね。先輩、これ使ってみて下さい」


 そう言ってササヤさんが差し出して来たのは、最新モデルの鉢金形スキャナーだった。


「ありがとう……ありがとうみんな……!」


 かつての同期に手も足もですにやられ、全てを失い腐っていた俺。もはや何も無い俺に手を差し伸べてくれる人達がいるなんて……この零細企業には力も金も無いけど、言葉では言い表せない何かが確かにあるようだ。



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