報告書23「後輩指導、何事も最初が肝心なので教える方も気が抜けない件について」

 こうやって地面に横たわり、天井を眺めるとなんだかいつもの場所なのに、違って見えるから不思議だ。あぁ、視界が光に包まれていく……


「すみませんすみません!私のせいで!」

 視界に入るササヤさんの顔からは涙が滲んでいる。そんなに悲しまなくてもいいのに……それにしてもあんまり楽しくない人生だったな……


「なぁに浸ってるのよ。さっさと起きなさい」


「おぐぅっ!」


 チトセに脇腹を蹴られ飛び起きる。実際VR訓練だからスキャナーには損傷限界とは表示されてても、死ぬ事は無いんだが。立ち上がり周囲を見渡すと、ジラフのホログラムは既に消え失せていたが、一目で分かるほど落ち込んでいるササヤさんが目に入った。


「今日は本当にお世話になりました……やっぱり私、スペキュレイターには向いてないみたいですね……」


 トボトボと更衣室へ向かって歩き出すササヤさん。それをチトセが前に立ちはだかり制止する。


「ちょっとちょっと、どこ行くのよ。今日の勤務時間はまだ終わってないわよ」


「えっと、この採用試験、私不合格ですよね……だからもう大人しく帰ります」


「なに言ってるのよ。あなたはもうウチの社員という事は決定してるの。これは採用試験なんかじゃなくて、単なるVR訓練。新人研修みたいなものよ」


「えっ、じゃあ私本当に昨日の面接だけで採用されてたんですか……?私戦闘なんてからっきしダメなのに……」


「ほらほら自覚するならもう一回挑戦よ。誰しも初めは上手くいかないもんよ。でも大丈夫、先輩社員がみっちり付きっきりで教えるから!」


 そう言うと、俺の元へ来てポンッと肩に手を置くチトセ。


「それじゃ頼んだわよ。私は早速S.O.U.R.CEに依頼の斡旋をお願いしてくるから」


「ちょちょちょ待てよ!ヒーラーの技術なんか養成学校で基礎を学んだだけで教えるなんか……」


「大丈夫大丈夫、基礎を教えて彼女の真価を引き出せばあっという間に超一流よ」


 そう言い残すと、手を振り振りすたすた歩いて行ってしまうチトセを追いかけようとするが、ササヤさんに先廻りされてしまった。


「私頑張りますんでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします先輩!」


 深々と頭を下げるササヤさんを見て、俺はそれ以上何も言えなかった。それに先輩なんて言われたら、もうやるしかないよな。


 ーーそれから俺達は、来る日も来る日も戦闘教練に打ち込んだ。ある日はトレーニング室での実習によって。


「ヒーラーの技の基本は、ロッドを通して信号やマイクロ波化したエネルギーを送り、対象の各種機能を向上又は抑制する事だ。また自己修復機能を活性化させる事で、瞬時に損傷を回復させる事もできるんだ。分かったかな?」


「はいっ!」


「よし、それじゃ早速、回復Lv1をやってみよう」


「はいっ!えっと、回復のコードは……えっとえっと、これで……準備できました!」


「では発動だ!」


「はい!」


 ササヤさんがロッドを振って信号を送信するが、技が発動する代わりにビーと言う電子音が鳴り響いた。


「あっ……エラーみたいです……コード間違えちゃいました……」


 ある日は事務所での座学によって。


「リソーサーには位階があって、一般動物種・大型動物種・伝説種・そしてそれらの変異種に大別できて、上位ほど強くなるんだ。例えば伝説種と言うと……」


「東京駅のゴリアテに上野駅のキメラなどですね!」


「おっ、詳しいな。その通りだ」


 ぱっと笑顔になるササヤさん。


「えへへ。私、動物の生態もファンタジーも好きで伝説種のリソーサーと戦うのが夢なんです」


 今まで緊張して強張った顔、失敗して落ち込んだ顔ばかりだったので、ようやく笑顔が見れた気がする。


「リソーサーってやっぱりこの世ならざるものじゃないですか!だから私はその深淵より来たりし存在を打ち倒せしものに……あっ」


 立ち上がり身振り手振りも加えて熱弁するササヤさんだが、どうやら途中で我に帰ったらしく顔を真っ赤にして座り込んでしまった。


「あっ、あの、何でもないです……」


「おっ、おう。それじゃあ続けようか」


 とりあえず何事も無かったように続けるのが優しさだろう。それにしてもチトセはやけに興味深そうにこちらを見ているが、何か新しい発見でもあったのだろうか。また余計な事を思いつかなければいいが。


 明くる日ーー。朝事務所に出勤してきた俺は、そこで既にデスクについているチトセを見つけた。こいつがこんな朝早くに、しかも大人しく席に着いてるなんて珍しいな。


「おはよう。どうした?今日はやけに大人しいじゃないか」


「たまには私だってゆっくりコーヒーくらい飲むわよ」


 そして流れるしばしの静寂。取り敢えず目覚めの一杯でも飲もうとコーヒーを淹れるが、そう言えばチトセはいつも騒がしく駆け回っているので、こんなに落ち着いて話せる機会は意外と無かった気がする。


「ササヤさんの事なんだけど、どう?上手くやってる?」


 そんな静寂を破ってチトセが話しかけてきた。


「えっ、ああ、最近は徐々にだが実力を付けてきてるぜ。ただまだ何というか、自信が足りないかな」


「そう……それにしてもあんたがこれ程面倒見がいいなんて意外ね。てっきり"俺の足引っ張るな"なんて言い出すのかと思ってたけど」


「その言葉は俺がBH社で散々聞いたな。なんせあの職場は"仕事は見て覚えろ、簡単に教えると甘えが出る"がモットーだったからな。本当にクソだったぜ。俺はその理論を全否定するためにも、ササヤさんには知り得る限りの全てを教えるつもりだ」


 BH社とは正反対の方法でササヤさんを一流のスペキュレイターにする。そうする事が、俺のBH社への復讐の一つになるんだからな。


「それに、ヒーラーの動きを調べるのは俺の勉強にもなるしな」


「そう……それを聞いて安心したわ。彼女の真価を引き出してあげてね」


 そう言うとチトセは、コーヒーカップを片手に事務所から出て、静かに格納庫へと降りて行った。全くらしくないな。





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