報告書13「給料日、与えられた自由は会社の備品購入だけだった件について」

 カタカタカタカタ……キーボードを打つたびに画面に流れる文字列。今日は朝から事務所でこうしてパソコンの画面と睨めっこしているが、いい加減疲れてきた。全く、空間投影型ディスプレイの一つも無いのかこの会社は。首が疲れてしょうがない。


「ふんっ……!」


 椅子の背にもたれ、大きく伸びをする。現場での回収任務はもちろん疲れるが、こういうデスクワークもずっと同じ格好だからこれはこれで疲れる。そんな俺の向かいにある事務机では、朝からイクノさんが俺とチトセのスキャナーをパソコンに繋ぎ、取り出した映像記録を熱心に眺めていたが、伸びをしている俺に気が付いたようだ。


「報告書の進みはどうじゃの?」


「あっ、はい。もう少しで完成します」


「うむ、特殊資源管理庁から任務毎に報告書を作成するのが義務付けられてるからの、面倒じゃが頑張るんじゃぞ」


「はい、がんばります」


「しかし……たった2人であのブラッド・ハウンドを倒したというのを報告書に記載してもにわかには信じられないかもしれんがの。映像で確認したわしですら未だに信じられん」


「まぁ、大分危なかったですけどね。この義手のお陰で何とか勝てたって感じですし」


「そうじゃろうそうじゃろう。しかも改造の余地はまだまだあるぞ。資金があればの話じゃがな」


 資金か……いつの時代どの場所でも先立つものが必要って事か。そんな話をイクノさんとしていると、何やら大急ぎで階段を駆け上がる音が聞こえてきた。なんだ、ついに負債の取り立てか?そして勢いよく開け放たれる扉。


「おっはよー、みんな!今日は気分が良いわね!」


 満面の笑みで踊りながら事務所に入って来たのは、ウチのシャチョーことチトセだった。


「どうしたチトセ。ついに倒産か」


「何バカ言ってんのよ!その逆よ!あの変異個体のハウンドからレアメタルで構成された外殻とハイテクノロジーが回収できたお陰で、な・ん・と!任務達成報酬の他に、特別報酬まで出たのでーす!」


 わーパチパチパチと、自ら拍手するチトセ。それでこんなに浮かれていたのか。と思っていたら、急に改まって姿勢を正し始めた。


「えー、コホン。と言うことで、早速給料の支給をしまーす!」


 何!気分上がる単語が聞こえてきて、こっちまでウキウキしてきた。


「まずはイクノ!オペレーターに整備にと、いつもありがとうね」


「うむ、こちらこそじゃ」


 持っていた携帯端末を操作し、明細データを送信するチトセ。


「次に、イワミ!」


「おっ、おう」


「あんたも初めてながら、中々頑張ったわね。次もよろしくね」


 ピコーン。俺の携帯端末にも明細データが来たようだ。早速タッチして中身を開いてみる。開いて……


「あっ、おい、チトセ。俺のところに来ている明細、間違ってるんじゃないか?」


「あら、そんなわけ無いでしょ。それで合ってるわよ」


「じゃあ何で支払額が0円なんだよ!」


 何度見ても、給与支給額から色々差っ引かれて最終的に残った支払額が、0円となっているのだ。


「当然じゃない。言ったでしょ、あんたはその義手の製作費と治療費を働いて返すんだって。心配しなくても良いわ。食費や家賃は先に引いてあるから。あっ、一応言っておくけど、あんたのIDは偽造されたもんだから、外に訴え出たりしたらボロが出るわよ〜」


「くっ……!」


 弱味を攻められて、何も反論出来ない。それにしても酷すぎる、何という仕打ちだ。ガックリとうなだれ、肩を落とす。


「まっ、そう落ち込まないの。振込は無いけど、その代わりそこに備品購入手当って欄があるでしょ。それはその上限額まで義手や武器に機動鎧甲などの装備の改造や買い換えを自由に行えるって事よ」


 そう言われて、明細を確認すると、なるほど確かに備品購入手当なる欄があり、それなりの額が記載されている。しかしつまり俺に与えられた自由は、会社の備品の強化だけって事かよ。


「しかしチトセ!これでは……」


「ダメなシャチョーでごめんなさい……ウチがもっと大企業だったら、あんたにこんな不自由なんてさせないのに……でもね、これも全てあんたを、あのBH社の魔の手から救うのに必要な事なの。どうか分かって」


 急に弱々しい声で、しおらしい事を言い出すチトセ。見ると俯き、顔を両手で抑えるその顔からはうっすら涙が流れ落ちているではないか。


「あっ、いや、すまない。俺こそ無理言って……そうだよな、俺の存在を嗅ぎ取られないように、お前も苦労してるんだよな……」


「いえ……いいのよ」


 そう言って事務所から出て行くチトセ。チトセの苦労も知らず、つい自分勝手な事を言ってしまった……反省。側に立つイクノさんが、ため息を吐きながら首を横に振っているのも、チトセが扉から出る時に一瞬見えた顔に悪い笑みが浮かんでいたのも、この時の俺は全く気づかなかったのだった。


「やれやれ……さて不憫な新入社員くんよ、資金も入った事だし格納庫で義手をちょいと見せてくれんかの。整備と、映像記録を見ててちょいと思い付いた事を試してみたいんじゃ」


「あっ、はい、分かりました」


 よく、稼いだ金を全て自らの装備の強化改造に注ぎ込む戦闘狂の話を聞く。実際、その手の輩ってのはこの業界では珍しくも無いらしい。しかし、まさか俺がそうさせれてしまうとは、夢にも思わなかった。俺にも趣味があったんだがな……

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