必要なのは階段じゃなくて酒場


「自殺して死んだ奴にさ、『そう簡単に死んだら心がいくつあっても足りない』とか言う奴いるけど……そういう問題じゃないと思うんだよね」


死神たる私は金髪に問うた。

いくら空調が効いていたとしても、その長い髪は見ていて鬱陶しい。

どんだけ伸ばせば気が済むんだ、コイツ。


「そりゃ、どんな生物にも心臓は一つしか与えられてないからね。

牛の胃袋みたいにはいかないでしょ」


金髪はブラックコーヒーをかたむける。


彼も分かっていて、答えているのだろう。

この言葉自体、どこかずれている。

ただ、どうずれているのか私には分からなかった。


私の脳内にある単語ではこの違和感を表現しきれなかった。

だから、少なくとも私より語彙力があるであろうコイツを呼び出してみたわけだ。

伊達に長く生きているわけじゃないだろうし、他の死神より期待できるはずだ。


「無限増殖とかいうチートがあれば、話は違うんだろうけどね。

要は、人間ひとりじゃ生きていけないってことだ」


「命が複数あればいいのにってこと? 

リセットして復活するシステムがあればいいのにな〜って?」


「必要なのは残機を増やす方法とかリセットボタンじゃなくて、信頼できる仲間を得られる場所とシステムだと思うよ」


「あー……必要なのは階段じゃなくて酒場のほうでしたか」


心がいくつあっても足りない。

心が足りないなら、補えばいい。

自分以外の心を頼ればいい。


金髪の答えそのものは、実にシンプルだ。

補いたくてもできないから、ひとつしかない心に限界が来る。


そして、階段を上って自ら命を絶つ。

その先にあるゴールを見ずして、彼らはステージをリタイアする。

明るい未来を拒絶するほどの何かが彼らを襲ったのだ。


「誰でも気軽に頼れるシステムがもっと増えりゃいいんだけど」


「そうはいかんでしょうね。そういう弱者はいつだって淘汰されてしまうものだし。

大体、器からあふれ出た水を受け止めるのが、アンタの役目でしょうに」


「あのねえ……感染症のせいで受付も一時期止まっちゃったし、そのくせ相談者は増える一方だし、何もかもが全然まにあってないんだよ。

君は気楽でいいよね、死者を受け入れるだけなんだから」


金髪はため息をついた。

自殺者個人だけではなく、彼らを取り巻く環境にも問題がある。

そのはずなのに個人の問題にすり替えているから、違和感が出てしまうのか。


「まあ、死人に口ないからね」


「文句を言わせないだけでしょ、君の場合は」


「死んだ人間に言葉なんている?」


「そういう奴がいるから私みたいなのまで駆り出されるんだよ……。

それじゃ、もう行くから」


「悪いね、急に呼び出しちゃって」


「いや、また話したくなったら気軽に呼んでよ」


「おっけー」


金髪はコーヒー代を置いて、席を立った。

太陽の光を受けて、長い髪はより一層輝いて見えた。



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