決められたものなのか 自分で決めるものなのか

長月瓦礫

決められたものなのか 自分で決めるものなのか


「ねえ、人間が死ぬ基準って何?」


「は?」


胡乱な目で私をにらむ。朝からずっと大雨が降っているからか、フードがついた黒いレインコートを着ていた。


「死神は生死を操る能力を持っていると聞いたことがあるけれど。

いつもどんなふうに死者を選んでいるの?」


「選ぶも何も……死にたい奴から勝手に死んでいくし、生物として限界が来るから死ぬんでしょうよ。むしろ、決定事項なんだから素直に受け入れろって話だし。

大体、そんな能力持ってないし。今更何言ってんの」


頼んだカフェオレをすする。

正面からばっさり叩き切られてしまった。

彼女にとって、あまりにもバカバカしい質問だったのだろう。


「なら、君は人の死に関与していないというわけだ」


「何が言いたいの」


「ここ最近、死とは無縁のやつばかり死んでいくなって思っただけ」


私には生命力のある人ばかり、死を与えているように見えた。

しかし、死神たる彼女は人の生死は操れない。


世の中が全体的に暗いから、そういうふうに見えただけか。

考えてみれば、往年の大スターの死はいつも報道されている。

案外、私の気分が落ち込んでいただけかもしれない。


ひとつ言えるのは、生と死の距離が近づいているのは確かだ。

感染症が流行ったのを皮切りに、誰もが死を意識せずにはいられなくなった。


私は煙草をくわえ、火をつける。

この煙を吸うたびに、人間は死に近づいてるんだろうか。

そう思いながら、ゆっくりと吐き出す。


「悪いね、人の愚痴に付き合ってもらっちゃって」


「リモート出勤にも飽きてきた頃だったし、別に構わないんだけどさ。

アンタにもそういう感情あったんだね」


「私を何だと思ってんの」


「立てば不審者、座れば悪魔。歩く姿はただの馬鹿」


「ストレートだねえ、ずいぶんと」


「キレイな花にはトゲがあるっていうでしょ」


「即死レベルの毒が含まれてるけどね」


ふぐでもそこまでのことは言わないんじゃないかな、多分。

思っていることを口にしただけなんだろうけど、その切れ味は変わらないらしい。


「ていうか、そういうのを止めるのがアンタの役目でしょ。

ちょっとは頑張ってよ、こっちだって人手多いわけじゃないんだしさ」


「そんなに多いの?」


「国際色豊かな職場だよ、割とマジで」


「それはまあ、なんとも楽しそうだ」


「カオスを煮詰めた鍋みたいだよ。呼吸ひとつ満足にできないね」


彼女は肩をすくめた。死は誰にも平等に訪れるものだ。

国境など関係ない。そのときが来たら、向こうからやってくる。


毎日のように昇ってくる死者を捌いて導くのが彼女の役目だ。

ここ最近で増えた死者数に辟易しているらしい。


「それじゃ、時間だからもう行くね。

心が折れない程度に、お互いがんばろーぜ」


カフェオレの代金を置いて、彼女はその場を後にした。


心が折れない程度に、か。

確かに、その通りかもしれない。


未だ降り続く雨に、私はため息をついた。


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