白猫と一冊の本

 ユキはどんどん文字を覚えていった。

 前に飼われていた家でも、意味は分からないなりに字を目にしてきた経験が大きいのじゃないかな?


「これ、見たことある。これも」


 ひらがなはあっという間に読めるようになったし、カタカナも一緒だ。

 先生役のぼくの出番はあまりない。見覚えがあるのなら、あとは読みを教えてあげれば良いだけだからね。


「じゃあ、これとこれを組み合わせると……」


 文字と文字をパズルのように組み合わせて単語を作る。そのたびにユキは「なるほど~」とうなった。


 ちなみに、今はショータやルカが使ってきた古い教科書を押し入れから引っ張り出して、毎日コツコツと漢字の勉強中。


 子ども向けの絵本を興味津々で読んでいる時もあれば、ママさんとの朝のひと時に、ぼく達に混ざって新聞を眺めるようにもなってきた。


「ユキ、楽しい?」

「うん。字の形に意味があるのも面白いし、読めると色々なことが分かって楽しい」

「そう、良かった」


 ぼくも、ぼくと同じように物を見て、感じてくれるユキがいてくれて、とても嬉しい。


 ◇◇◇


「ナオ、これは何の本?」


 ユキが見付けたのは一冊の本だった。

 ズボラなショータの鞄がベッドの上に投げ出されていて、フタが開いて中身も見えている。その中に混ざっていた。


「見たことのないものがいっぱい描いてあるけど……」


 ユキが「見たことのないもの」?

 一体何だろうと思って覗いてみて、ぼくは深く納得してしまった。


 それは『妖怪図鑑』だった。

 マンガやTVに出てくるような有名なものから、そうでないものまでが怖そうな絵と共にたくさん紹介されている。


 前足でページをよいしょ、よいしょとめくりながら教えると、ユキは目を輝かせた。


「ナオのことも書いてある?」


 妖怪図鑑だけあって、「化け猫」ももちろん載っている。やっぱり絵は怖いし、説明文もおどろおどろしい。

 ユキも最初はびっくりしたみたい。でもすぐにクスクスと笑った。


「全然ちがうね」


 そうだね。ぼくは人間の言葉を喋らないし、たたったり操ったりもしない。

 もしかしたら、言葉はそのうち話せるようになるのかもしれない。どんな感じだろう、今とあまり変わらない気もするなぁ?


「ふたりとも何を見てるんだ?」


 そこへ声がかかった。タカヤとママさんだ。

 ぼく達がリビングにいないから探しにきたらしい。


 ママさんは「また出しっ放しにして」と怒っている。帰ってきたら叱られるに違いない。

 タカヤは上から覗き込んできて、本をそっと持ち上げた。


「『妖怪図鑑』か。昔はこういうの良く読んでたなぁ」

「ナオのことが知りたくて?」

「全然違うけどな。お、隣は『猫又』か」


 夫婦は思わずぼくとユキのシッポを見つめた。もちろん、ぼくの黒いシッポも、ユキの白いシッポも一本だ。枝分かれはしていない。

 なんとなくユラユラ揺らすと、つられてユキもユラユラと揺らした。


「ある日突然、2本になったりしてな?」


 タカヤが冗談を言う。万が一そうなったら、今みたいに出かけられなくなるかも……。

 ぼくの気持ちを感じたのか、ママさんがふふっと笑った。


「大丈夫! もし2本に増えたら、可愛いシッポ袋を作ってあげるから♪」

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