赤い三角帽子・前編

 聖なる夜を翌日に控えたこの日、町にもとうとう雪が降り始めた。

 柔らかそうな白いかたまりは、音もなく山や道やぼく達の住むマンションだっておおいつくしていく。


 きっと年を越す前には、あらゆるものを染め上げてしまうだろう。


「みゃあ」


 高い鳴き声とともにやってきたのは、ブチもようの子ネコ・リンだった。段ボールに捨てられていたところをぼくが見付け、長田家のみんなで保護した子だ。


 なかなか新しい飼い主が見付からなかったんだけど、最後には近くに住むママさんの実家に貰われていき、こうして時々顔を見せにくる。


「来たぞ」

「いらっしゃい。リン、少し大きくなったんじゃない? 元気にしてた?」


 声をかけられたリンは確かに少しばかり成長していた。

 家に入るなり、おじいさん――ママさんの父親の腕からぴょんと飛び降りて、玄関の匂いを嬉しそうにぎ始める。


 ママさんがその背にそっと手を伸ばした。

 こしょこしょとくすぐれば、リンはひっくり返ってその手にじゃれついた。


「元気だったぞ。緊張していたのは最初だけで、すぐに慣れてな。あとは毎日、家じゅう走り回るし、引っかいたりみ付いたりで大騒ぎだ」

「ふふ、目に浮かぶわ。さ、入って」


 おかしそうに笑うママさんにうなづきながら、おじいさんはぼくにも視線を落とす。

 とても優しなまなざしだ。


「ナオも変わりはなさそうだな。リンにも元気で長生きして貰いたいもんだ。ナオくらい、は無理だろうがなぁ」


 どうだろう、案外いけるかもしれないよ?

 そうしたらぼくも長い時間一緒にいられるから嬉しいんだけどな。

 二人も同じように感じたのか、冗談交じりに似たことを言い合い、「そうだな」と締めくくった。


「じゃあ一つ、頑張ってみるか。なぁリン」

「みゃ~!」


 リンは絶妙なタイミングで元気いっぱいの返事をする。

 人間の言葉なんて、まだ「ごはん」や「おやつ」くらいしか分かっていないだろうにね。あとは「おフロ」もかな?


 ◇◇◇


「おじいちゃん、帰っちゃったんだ?」

「ゆっくりしていけば良かったのに」


 小学校や中学校から帰ってくるなり、ショータもルカも残念そうに言った。

 おじいさんは孫たちにプレゼントを持ってきたのだけど、長居は出来ないと帰ってしまったのだ。


 ちなみに、ぼくにも布で出来た赤い三角帽子をくれた。リンとお揃いらしく、画像も見せてもらった。

 帽子をちょこんと被せられても良く分かっていない様子のリンが映っていて面白かったな。


 ママさんがキッチンから顔を出し、二人に「じゃあ」と提案する。


「お礼もかねて、ご馳走ちそうを作って持っていってあげましょ。沢山作るから手伝って」

『はーい』


 子どもたちは貰ったプレゼントをきちんと仕舞い込み、キッチンに向かう。

 ぼくはそれを横目に、日が暮れて寒そうな窓の外を眺めた。


 まだ雪は静かに振り続けている。明日は間違いなく、ホワイトクリスマスだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る