冬の怪談

「う~、冷えるね。ナオ、大丈夫?」

「にゃ」


 時刻は夕方、といっても冬だから日はすでに落ちてしまっていて、あたりは暗い。

 茶色がかった黒髪の女の子・ルカが肩を震わせながら言い、ぼくはその腕の中から短く返事をした。



 今いるここは家じゃなく、でも外でもなく、ルカが通う中学校の廊下だった。

 なぜこんなところに居るかというと、忘れ物を取りに行くという彼女に強くお願いされてしまったからである。


『お願いナオ、一緒に行って? 先生にはちゃんと説明するから!』


 学校はマンションから歩いて15分、自転車なら5分ほどのところにある。決して遠くはないのだけど、一人で夜の学校に行くのが怖いらしい。

 必死に懇願こんがんされては、知らんぷりは出来なかった。



 学校へはあっという間に着き、ルカが自転車を校門の脇に停める。

 ちょうどテスト週間で部活もないこの時期の校舎は、職員室以外に明かりがついている部屋はほとんどなく、暗がりの中に沈んでいるように見えた。


「うう~、暗いよ~怖いよ~」


 ルカはぼくをお守りみたいに抱え込んだ状態で職員室に向かい、まだ残って仕事をしている先生に事情を説明した。


 当然、子ネコを連れていることにはツッコまれたけど、「怖くてたまらなかったんです!」で押し切った。「かわいい」とぼくを見たり触ったりしたくらいで許して貰えたのは、先生たちも疲れていたのかもね?


「それにしても意外だな、長田おさだがそんなに怖がりだとは思わなかったぞ」


 そう言って教室の鍵をくれたのは30代くらいの男の人だった。ルカの担任の先生らしい。

 ルカは「実はそうなんです」と笑ってごまかし、二年生の教室へ向かって階段をのぼった。


「だって、絶対『居る』んだもん」


 電気を点けつつ、早足で進んでいく。パタパタという自分の上履きが立てる音しかしない廊下を歩きながら、ぼそりと呟いた。


 うん、「居る」ね。それもあちこちに。抱っこされているのに背筋がひやっとするから良く解るよ。

 だから、ぼくは「ナァ~ナァ~」と低く鳴いた。


 あなたたちのナワバリを侵すつもりはないから、構わないでね?


 その鳴き方の意味を知っているルカは「わぁ、やっぱり!」と小さく叫ぶ。

 教室に到着するやいなや自分の机から目的のノートを引っ張り出し、風のようなスピードで引き返したのだった。



「ありがと~ナオ~! はいこれっ」

「にゃあ」


 家に帰り着くと、ルカは泣きそうな声でお礼を言い、大好物の煮干しをくれた。

 うーん、何度食べても美味しいなぁ。


 まぁ、そもそもルカがお化けや幽霊――「怪異」を怖がるのはぼくのせいなんだろうから、ちょっと申し訳ない気もするけどね。

 生まれた時から化け猫が家にいたら、信じるか信じないかを考えること自体しないだろうし。


 あれ、もしかしてず~っと一緒にいるせいで、一族に霊感とか身に付いてたりして……。

 まさかね?

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