里帰り・後編

 日がとっぷり暮れてカエルと一緒に虫が鳴き始めた頃、ようやく暑さも和らいだので予定通り仲間たちに会いにいくことにした。


「どうした、出かけるのか?」


 縁側で隣に座って夜風に当たっていたタカヤの父――ショウゾウが腰を上げるぼくに気付き、しわがれた声をかけてくる。


「ちゃんと帰って来いよ」

「にゃー」


 心配しなくても、ぼくはショウゾウよりずっと昔からここで暮らしてきたんだ。迷子になんてならないよ。

 この家も家族のみんなも、それなりに気に入っているしね。



 あちこちから夕食の匂いが漂ってくる。

 嗅ぎながら田んぼのあぜ道を歩くと、散歩中の人間や動物とすれ違った。


 何年も遠くの町で暮らしていると顔見知りも少なくなる。特に人間は「見かけない子ねぇ?」なんて言って首を捻っていて、ちょっと面白い。


 軽く近所を回ってから森に向かい、細い橋を渡ると赤い鳥居と石段が見えてくる。

 奥には木々に抱かれるようにして小さなおやしろがぽつんと立っていて、そこがネコの集会所だった。


 今日はお盆だから、ぼくと同じで町暮らしのネコも帰ってきている。田舎だからって三毛や雑種ミックスばかりじゃない。


 シャムもいればアメリカン・ショートヘアもいるし、ヒマラヤンにマンチカン、ミヌエットだっている。

 人間って凄いな。自分たちのために新しい種類のネコを作っちゃうんだから。


「お帰り、ナオ」

「おかえりなさーい」


 口々に歓迎してくれる仲間たちに「ただいま」と返し、「相変わらず小さいね」とからかってくる相手は無視して真っ直ぐにお社に向かう。

 正面まで進んだらそっと声をかけた。


「神さま、ただいま。今年も帰ってきたよ」

「おかえり」


 後ろからぬぅっと現れたのは、もちろん神さまなんかじゃない。このお社の管理を任されている家で飼われているメインクーンだ。

 飼い主が神主だからか、このネコも巫女みたいにお社を守っているのだ。


 じゃあ神さまはいないのかって? いるよ、山のもっともっと奥にある大きなお社の方に、ここら一帯を守る土地神さまがね。


 でも、祈りたくても毎回そこまで通うのは大変でしょ。ここはそんなみんなのために作られた出張所みたいなものなんだ。

 声はちゃんと神さまに届いているよ。


「神さまが、たまには顔を見せに来いって言ってたよ」

「うーん、それはまた今度だね。明日には帰らなきゃいけないし」

「そう」


 巫女を気取るネコは「伝えることは伝えた」といわんばかりの態度で、それ以上食い下がっては来なかった。周りをぐるりと見回し、「じゃあ」と声をあげる。


「ナオも来たことだし、始めましょうか」


 こうしてネコたちの夜が始まりを告げた。……延々、にゃあにゃあ言ってるだけだけどね。

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