ぼくの家

『ナオは俺が飼う』


 タカヤはママさんと結婚して実家を出る時、家族にそう宣言した。

 居間に集まったみんなはビックリして、それから口々に文句を言った。


『何を言ってるんだ。ナオはウチが代々可愛がってきた猫だぞ』

『お前は町で暮らすんだろう。ナオをこの家から出すなんて、到底許せることじゃない』


 そんなふうに一番反対したのは長男と次男、要するにタカヤの兄たちだ。

 三人兄弟の母親であるミコも心配そうに呟く。


『環境が変わるのは、良くないのじゃないかねぇ』


 それでも、当時20代だったタカヤはがんとして譲らなかった。

 自分は末っ子で可愛がられもしたが、我慢もしてきた。こうして大人になっても何も継げないのだから、ナオのことだけは我がままを言わせてくれと。


 ぼくはそのやりとりを縁側で丸くなりながら、片耳だけを立てて聞いていた。


『きちんと面倒見る。寂しい思いはさせない。……頼む』


 まるで、捨てネコを拾って来て「飼っても良いでしょ?」と親に懇願こんがんする子どもみたいだ。

 ぼくはちょっと面白いと思ったけど、家族は違ったらしい。

 しんと静けさが流れ……やがて一家の長であるショウゾウが口を開いた。


『お前たちがああだこうだ話し合ったところで、意味なんかあるものか。どうするかは、ナオが決めることだ』


 みんなの視線がぼくに集まる。うん、ショウゾウならそう言うと思ったよ。伊達だてに何十年も一緒に暮らしてないよね。


『ナオ……』


 タカヤが不安そうに名前を呼ぶ。ぼくはのそりと起き上がって、その顔を真っ直ぐに見た。

 生まれた時から見てきた子が、随分と大きくなったなぁ。


『俺はナオのこと、大事な家族で一番の友だちだと思ってるし、これからもずっと変わらない。絶対、大切にする。だから……そばに居てくれないか』


 今度はまるで熱烈なプロポーズだ。

 まぁ、ちゃんと順番は守ったから良いかな? 奥さんより前だったら顔をバリバリひっかいていたかもね。


 ぼくは少しだけ考えて――神妙な顔つきのタカヤの隣に座って、一声「にゃあ」と鳴いた。

 そうして長田隆哉と結香ゆいか夫婦の家のネコになったのだった。


 ◇◇◇


 あれから二十年近くの年月が経って、ルカとショータも元気に育っている。元気過ぎて困るくらい。


 最初は田舎とは違う匂いに戸惑ったり、近所のネコたちに長老扱いされて驚いたりしたけど、今ではすっかり町のネコになった。多分ね。


「あぁ疲れた! やっと帰ってきたなぁ」

「ずっと車に乗ってたら体がっちゃったわね」


 長距離ドライブを終えた一家がマンションに戻ってきて、荷物を適当に放置したままソファやリビングの椅子にどっかりと座り込む。


 みんな心身共にクタクタだ。

 子ども達は移動中も車で眠りこけていたけど、まだ眠そうな顔をしている。ほら、揃っての大あくびだ。


「早くお風呂に入りなさい。歯磨きも忘れないようにね」


 ママさんが声をかけ、最低限の片付けだけでもと荷を解く。

 しばらく留守にしていた家にがさごそ、どさどさと慌ただしい音が鳴り、姉弟はどちらが先に入浴するかで喧嘩けんかを始めた。


「どっちだって良いだろう? ジャンケンでもしなさい」

『最初はグー! じゃーんけーん……』


 うるさがったタカヤが言い、二人は真剣な表情で拳を出し合う。

 あーあ、すっかり忘れてるね? この姉弟、「おあいこ」率が妙に高いのに。


『ほい! ほい! ほい!』


 案の定、熾烈しれつな戦いに突入し、静かにさせようとした張本人は「失敗した……」と落ち込んでいた。


 ぼくはそれらを尻目にちぐらへ潜り込み、くるりと丸くなる。

 耳慣れた音に、嗅ぎ慣れた匂い。ようやく元の日常が戻ってきた感じがするなぁ。


 ただいま、ぼくの家。……おやすみ、また明日ね。



《第2部・終》

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