スイカと夜のお客さん

 シャクシャクと小気味よい音が鳴る。

 真っ昼間のエアコンの効いたリビングで、ショータが一心不乱に真っ赤なスイカをかじる音だ。


「ちょっと、ちゃんと種は出しなさい?」


 対面式のキッチンから飛ぶママさんの注意に、「分かってるー」と言いながらも面倒臭がって種ごと食べる様子を、ぼくは隣で眺めている。


 どこぞの有名なコントみたいに、お腹の中でスイカが芽を出しても知らないからね? あれはコメディだったけど、結構なホラーだと思うよ。


「はい、ナオもどうぞ」

「にゃー」


 ママさんは小さく切ったスイカを小皿に乗せて、ぼくにも出してくれた。軽く礼を言ってから食べると、甘い夏の香りと味がする。


 種はあらかじめちゃんと取り除いてくれているし、ひょっこり出てきても食べないよ。ぼくは行儀の良いネコだからね。……万が一を考えると怖いし。



 梅雨が明けてからというもの暑さは増すばかりで、外へ出る気にはとてもなれない。


 もし無理を押して出ようものなら、あっという間に溶けたバター……じゃなかった、ネコの出来上がりだろう。肉球だってヤケドしちゃう。

 夏は、朝と昼はお家でのんびりしているに限るよね。


 そんな夏の夜、長田おさだ家は他のお宅とはちょっと違うことをする。

 家族みんなで味わった瑞々みずみずしいスイカの一切れを、寝る前に玄関に置いておくのだ。


 電気を消して、みんながそれぞれの寝床に潜り込んでしばらくした頃。

 ……来た。

 どうやら全国どこに行っても居るらしい「あれ」である。


 ひたひたなんてお約束みたいな足音はしないけど、近付くと背中がヒヤッとするから判る。

 それを感じたら玄関まで行って、「ナァ~ナァ~」と鳴くのがぼくのお仕事だ。


 ここには欲しがるものなんてないよ。

 スイカをあげるから帰って?


 少しの間そうやって鳴き続けていると、「それ」は回れ右をしてくれる。そして翌日にスイカをチェックしてみると不自然にカラカラになっている、というわけ。


 スイカなのに深い意味はなくて、この時期なら簡単に手に入るからだ。田舎に居た時もいつもスイカだった。

 キュウリやナスだとお迎えになっちゃうし、もちろん「そちら」は歓迎しているよ。


「ありがとう、ナオ。また『お帰し』してくれたんだね!」

「にゃ」


 今日一番に早起きしたルカが乾ききったスイカを見てにっこり笑い、ご褒美に一切れ用意してくれたのだった。

 いただきまーす。……うん、美味しい!

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