第7話 もぐるけれど浮上する人と、不浄の人と

   もぐるけれど浮上する人と、不浄の人と


「外見がちがう? それはそうだろう。肉体ごと、こっちの世界にくるわけじゃないんだ。転生ってそういうことだよ」

「でも私たち、お互いのことをきちんと認識できているのに……」

 ルミナとユノも顔を見合わす。

「魂の座としての肉体をみるか、魂そのものをみているか……。ここではステイタスをみることができるように、視覚そのものが正しい情報を移しているかどうかも不明だ。まるでモニタを通してみているものに、ステイタス画面を割りこませていると感じないか?」

 そう言われると、そう感じてしまう。確かに、こめかみを叩くだけで視野にステイタスが出てくるのだから、まるで自分の体がスマホか、パソコンにでもなったかのようで、ずっと感じていた違和感だ。

「オレのように隻眼になると、ステイタスも見られず、その違和感はほとんどないんだけど……」

「え? カイムさんって、ステイタスを見られないんですか?」

 ルミナは驚くも、確かに右目を失うほど大きなケガの痕があり、ステイタス画面をみるための画角が欠けていそうだ。

「右目がないから、ステイタス画面を開けない。だから自分がどの程度の能力か、スキルがあるのか、それは目にするのではなく、感じないといけない。そのせいでスキルの探求家、とか呼ばれ、色々と引っ張りだされるのさ。この前、巻きこまれたのもそれだ」

「もしくは、変態男と呼ばれて、トラブルに巻きこまれます」これはグラシャによるチャチャ。

「変態男と呼ばれて、喜んでいるわけじゃないからね。仕方なく全裸で走り回ったりしていたら、そういう評判が立った、というだけだから」

「仕方なくでも、全裸で街を走る人はいませんよ。全裸になるのは、私の前だけにしておいてくださいね」

「いや、グラシャの前でも全裸にはならないから。今さら羞恥心もないし、グラシャの前でも着替えるときに脱ぐだけのことだから。でも、服はともかく、ここでは自分の体が前の世界とちがうからといって、驚くことじゃない。どうも、転移と転生とを混同している奴もいるが、前の世界と同じ肉体をもって次の世界に現れるなら、それは転移であって、異世界転移と呼ばないといけない。転生っていうのは生まれ変わるものだから、肉体は着せ替えられて当然だ」

 洋服と同じように例えられると、何だか納得もできないけれど、確かに転生というのは生まれ変わりだから、同じ肉体をもつ方が不自然だ。それは魂にDNAコードまで書きこまれ、同じ環境で同じように育てば、同じ肉体とはなるだろうが、それ以外ではあり得ない話でもある。もし同じ肉体をもつなら、それは転移、もしくは召喚という言い方が正しいのだろう。

 ただ理屈ではそうであっても、新しい自分の外見というのは受け入れがたい。転生なら、赤ちゃんから辿らないとおかしいはずなのだ。

「でも、私たち学校の制服を着ていたよね? 前の世界から肉体だけが入れ替わったってこと?」

「ちがうわ、ユノ。互いの容姿でさえ認識がちがっていた。ということは、他の認識だって変わっている可能性がある。例えば、あの制服を前の世界のそれ、とするこの認識だって、書き換えられている可能性があるの。もしかしたら、前の世界の自分の外見、とする認識さえちがうのかもしれない。もうそれは、どこでどう認識を変えられたかを、自分では判断できない。記憶なんてアテにできない、それは私たちが私たちであることさえ疑わしいってことなのよ」

 生まれ変わりなら、それこそ〝生まれる〟過程が必要だ。でも、気づいたときにはここに居た。高校生らしい年齢で、この世界に存在していた。それは〝転生〟という言葉さえ疑わしい、ということでもあった。


 出かけていたグラシャがもどってくると「少し出かけましょう」といって、三人を導いていく。

 ここに監視カメラがないのは、カメラそのものが戦闘用アンドロイドで代用されるためだ。彼らは360度の視野をもち、歩くだけで周辺を監視することになる。また地上階では有線、無線のどちらも設置するのが難しく、機械的なものは設置しないのだそうだ。

 階段や通路をたどっていくと、地下にいたる。そこに一人の女性が立っていた。

「こちらはキメリエスさんです。移住のお手伝いをしていただけるそうです」

 落ち着いた物腰の女性であるけれど、近づいたカイムは、いきなりその二つの膨らみをガッとつかみ、揉みしだく。ルミナもユノも驚くも、キメリエスは特に嫌がるでもなく「まぁまぁ。聞きしに勝る変態ぶりですね」と、何でもないことのように受け入れている。

「SpL型ではないのか?」

「私はFFH77AVです。マニア性は低い汎用機、などと呼ばれたりもしますが、感情表現は豊かですよ。何なら、胸を揉まれたので悲鳴でも上げましょうか?」

 やっと手を離したカイムは肩をすくめて

「その感情表現が豊かすぎて、愛人としては不適切とされたために、家政婦としての利用が増えた……というだけだろ。家政婦のアンドロイドを収集する奴もいないからな。大体、胸を揉まれて悲鳴を上げるようなアンドロイドでは、抵抗する相手を無理やりに……的な、犯罪臭のする奴しか興味を抱かないだろうな」

「むしろ、そうしたツンデレ反応を温かく見守っていただけると、私たちの価値も上がるのですけれどね」

「初々しい擬似恋愛をのぞむような童貞野郎じゃあ、アンドロイドを買う金ももっていないよ。昔から、クソ爺が道楽で買う、高級品の位置づけだからな。ということはご主人様に命じられてきたわけじゃないのか?」

「私にご主人様はいません。家政婦として雇われてはいますが、ここには私の意思できました」

「グラシャの知り合いなんだろ?」

「そうですが、それより海の道の方なんでしょう? それを聞いたら、もう不憫で、不憫で……」

 ルミナもユノも、自分たちは不憫だと思われる側らしいと気づくも、恐らくそんなことだろうとは思っていたので、何も言わないことにした。

「お前たちはキメリエスについて行けばいい。教えたことを忘れるなよ」

 カイムはそういって、自分は一歩下がった。ルミナも驚いて「一緒にくるんじゃないんですか?」

「オレは以前、ここから追い出された身だ。今さらもどれるはずもない」

「え? じゃあ、私たちを送るためだけにここまで?」

「久しぶりに王都に来てみたかった、というのもある。ここはある意味、この世界の真実を見極める場所でもあるからな」

「真実を見極める場所?」

「気にするな。達者で暮らせよ」

 カイムがそういって立ち去ると、グラシャも深々とお辞儀をしてから、カイムの後を追うようについていった。

「さ、行きましょう」

 キメリエスもそういって歩きだす。黒髪で、東洋系の顔立ちだけれど、彼女もアンドロイドだ。やはりそのボディは魅惑的で、大胆なスリットの入ったチャイナ服も、同性であっても思わず目がいってしまう。

「キメリエスさんもアンドロイドなんですよね? グラシャさんとは知り合いだったんですか?」

「ええ。彼女が王都にいたころ、一緒に家政婦をしていました。私たちはラブドールとして製造されましたが、今となっては所有できるのが、一部の上級貴族のみとなりましたから、所有されていないアンドロイドも多いんですよ。グラシャも人気のある子でしたが、あの変態男にさえ入れこんでいなければ、よいご主人様をみつけられたはずなのですが……」

「その変態男に、色々と……」

「あぁ、胸を揉まれていたことですか? 相手がアンドロイドかどうか、外見で判断できないときに、胸をさわる人も多いんですよ。どれだけ人に近づけようと、材質、弾力、硬さなどもふくめ、分かる人には分かるようです。グラシャのように潔癖な子だと、あの変態男にしかさわられたくない、と思うようですが、私たちのようなアンドロイドには、触られて嫌、という感情がありません。そんな感情をもっていたら、ラブドールなんてやっていられませんし……。確認するために胸をさわってくる人がいる、というだけのことです」

 セクハラの考え方も、だいぶ異なるようだ。カイムは出会ってすぐ、胸をさわってきたけれど、あれも確認のため……? まさか……、すぐに頭をふってそんな考えを否定した。


 キメリエスにつれられ、階段を下りる。階層で別けられていても、こうして行き来することは可能だ。ただ、ほとんど人とすれ違わないように、ここではその階層を超えて、身分違いの場所に行くことはほとんどないそうだ。罰則でもある……? でもここは強烈な階級、階層社会といっていた。何らかの強制力をもった、身分制度を維持する仕組みがあるはずだ。

 一般市民の暮らす、第五階層――。

「すごい……」

 もし最初にこの階層に来ていたら、異世界を疑っていなかっただろう。天井がある

以外、中世の街並みを残すような石組の建物が並ぶ。天井があっても二階建てまでの建物がならび、その一つ一つが、一般市民の住居として機能しているようだ。

「この街は、一つの会社のようなものです。この第五階層には、管理職の方々が暮らしていますよ」

「管理職って、何をしているんですか?」

「管理です。人の管理、システムの管理、時間の管理、世界秩序の管理……。管理する対象は様々ですが、ここにいる人々はそうした面倒なお仕事をしています。なので一定の生活が約束されます」

 管理職って、そういうもの……? 人やシステムは分かるけれど、世界秩序の管理って……?

「キメリエスさんは、この階層の方ではないのですか?」

「私は第二階層の辺獄にいます。ここにはアンドロイドに無理解の方もいますから、生活は別けているんですよ。もっとも、上級貴族はメイドとしてアンドロイドを抱えていますから、一緒に暮らしています。ご主人様のいないアンドロイドは、辺獄を住居とするのが一般的です」

「じゃあ、グラシャさんもここにいたときは?」

「ええ。もっとも、あの変態男と一緒にいたい、と駄々をこねていましたが……。作業員階層にあんな子がいたら、何をされていたか……。私も彼女の出自はしりませんが、こことは違うところにいたようで、この街では仕事をしないと、お金も得られませんから家政婦として働いていた、ということです」

 カイムも「ここにいた」とは言っていたけれど、出身とは言っていない。あの二人はどこの出で、どこで出会ったのかしら……? 

「この第五階層の首長、マラコーダ様のお宅です」

 キメリエスはそういって、一つの屋敷を指さす。入り口で手続きをとると、キメリエスは「私はここまでです。あなた方が、この街で受け入れられることを祈っています」といって、立ち去っていった。あっさりとしているけれど、そういうところがアンドロイドっぽい、ということかもしれない。

 マラコーダと呼ばれたのは、中年の男性であった。オールバックに整えられた頭髪も、かすかにただよう甘ったるい匂いも、自宅だというのにビシッと決まった背広姿といい、清潔感と魅力を兼ね備えており、なるほどこの一般市民を率いていくだけの器量もありそうだ。

「海の道から来られた、ということですが、大変でしたねぇ」

 穏やかな笑みを浮かべて、屋敷に招じ入れてくれる。中も暖炉がない以外は、まるで中世のやや大きめのお屋敷だ。

「君たちの行先が決まるまで、ここに逗留するといい。大したもてなしもできないけれど、ゆっくりしていってくれ」

 そういって、マラコーダは二人のために部屋を用意してくれた。一緒がいい、ということで同じ部屋にしてくれたけれど、高級ホテルと見間違うような豪奢な部屋に泊れることになった。

 食事も豪華で、虫の肉が入る余地すらない、肉の塊であるステーキが出てきた。お風呂にも入ることができ、これまでの水浴びや、それもなく吹雪の中を歩かされるといったこともない。

 やっと落ち着くことができ、二人とも安心して、シングルベッドを並べて眠った。


 二人と別れた後のカイムとグラシャは、さらに地下を下りていた。

「わざわざ嫌われるようなことをしなくてもいいのに……」

 グラシャにそう指摘され、カイムは憮然とするも、言葉は返さない。何かをいうとイイワケしているようにしか聞こえない、と気づいているから。

「王都まで来たのは、やっぱり調べるつもりですよね?」

 話題を変えるつもりで、グラシャはそう話をふる。

「あいつらは六人で現れた、と言っていた。そのうち4人、男たちはウォーターベアに喰われたが、ヘーレムの大量生産なんて聞いたことがない。車に乗っていて一緒に事故に遭った……という話も、今ひとつ腑に落ちない。全員が転生する資格をもっていた……なんて聞いたこともないからな。あいつらの話が本当なら、絶対に何か裏があるはずなんだ……」

「だからって、会った途端に胸をいきなり触られたら、誰だって警戒しますよ」

「…………」

「さっきのキメリエスさんのときも、彼女だから良かったものの、そのいきなり胸を触るの、止めて下さい。さわりたかったら、是非私の……」

「そうじゃないから! 別に我慢できなくて、ムラムラして触ったわけじゃないからね。オレも、六人でいるあいつらをみつけて驚いたんだよ。もしかして、どこかの貴族がアンドロイドをあそこに捨てた? そう思ったぐらいだ」

「ルミナさんと、ユノさんの方は分かりますけど、キメリエスさんのことは、見たことあるはずでしょ?」

 カイムは後ろをむいて、舌をだすと、肩をすくめて「グラシャの友達ってことは、知っていたからな」

「もう! だから私の胸で満足して下さいねって……」

 二人は大きなタンクの前までやって来た。恐らく点検口のようなところで、タンクの脇に扉があり、中に入って点検するための装置だ。

 カイムは徐に服をぬぎだす。そのままパンツ一丁になると、腰にナイフをさすためのバンドを締めた。

「何があるか分かりませんから、お気をつけて……」

 グラシャは不安そうにする。カイムはそんなグラシャのことを安心させるようにニタリと笑い「一度、もぐった道だ。どこまで行けるかも分かっている。その先に、何が待っているかは分からないが……」

 そういって、空の缶を二つだけ手にした。それは途中で空気を補充するためのものであり、ここからは息継ぎもできない。扉を開けると、一人が立てるぐらいのスペースがあった、不安そうなグラシャの肩をポンと軽く叩いてから、カイムは中に入る。ドアを閉めると、そこにあるバルブを開けた。すると、この狭い空間に水が溜まってくる。ある程度たまってくると、水圧が同じになったことで、タンクの中に入るためのドアが開く。この水路をつかって、王がいるとされ、誰も行ったことがないという最下層へ行ってみるつもりだ。

 カイムも一度、途中まで行って断念した経緯があり、厳しい顔つきで大きく息を吸いこむと、ドアを開けてかなり流れの早い水の中へと身を躍らせた。

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