第6話 王都にきて色々と分かったけれど、目を疑う

   王都にきて色々と分かったけれど、目を疑う


 カイム、グラシャ、ルミナ、ユノの四人は分厚い防寒着に身をつつみ、荒廃した街を歩く。夏というけれど、吹雪に見舞われ、四人は壊れたビルに入ってやり過ごすことにする。

「夏だから吹雪いてもすぐに止む。とりあえず火を熾そう。やってみろ」

 カイムに促され、ルミナが集められた木材に、スキルで火をつけてみせた。たどたどしいけれど、何とか着火のスキルは憶えたようだ。

「もしかして昨日会ったとき、火をつけたのはスキルで?」

 ルミナに問われると「当たり前だ。基本スキルは生活を楽にするためにつかう」とカイムは答える。

「例えば、空気中の湿気を集めて……」指をくるくる回すと、その中心に水の塊ができて、大きくなったそれをぱくっと口に入れた。「こうすれば水が飲める。このスキルをつかえば、わざわざ重い水筒を持ち歩く必要もない」

 水のスキルをもったユノも試してみるが、中々水が集まらない。

「要するにイメージ力だ。空気中に、水の小さい粒があり、その一つ一つをくっつけていくイメージをする」

 ユノはそういわれるも、スキルの使用を止めてしまった。どうやら、カイムへの嫌悪感から、その指示に従うのを嫌う。そんな一瞬、流れた不穏な空気を感じてルミナも慌てて「私たち霊性が少ないんですけど、どうやってこれを上げるんですか?」と尋ねた。

「霊性を簡単に上げる方法なんてない。少しずつつかって馴らす、それだけだ。もっとも急に爆上がりした、なんていう都市伝説もあるが……」

「でも、アナタは霊性が高いんですよね?」

「どうしてそう思う?」

「だって、私より簡単に火をつけたじゃないですか」

「慣れもあるし、それこそ能力が上がると、できることも増える。お前は着火だけだろうけど、オレは火炎放射もできる」

 そういうと、指先から小さな炎を噴いてみせた。

「霊性が溜まっているなら、練習しておくといい。さっきの水もそうだが、スキルは想像力によってカバーするものだ。こういうことができるのなら、これもできる、あれも……と、自分で考えてできることを増やす。それは、転生特典の特殊スキルでも同じだよ」

「変化球的な使い方をしろ、といっていたのも、そういうこと?」

「そうだ。特殊スキルは、本質を知られると攻略されやすくもなる。ここでは命のとりあいもあるんだ。必殺技はバレないように隠しておいて、いざというときに発動して、最大の効果をだす。それが特殊スキルの、道具としての使い方だ」

「アナタも、特殊スキルをもっているんですよね?」

「何でそう思う?」

「だって、余裕そうじゃないですか。化け物がいる世界でも、平気でこうして外に出ているし……」

「こんなもんは慣れと度胸だよ。それに、多くの人が今は放射線を恐れて外に出なくなっているが、オマエらの時代だって、大きなクマが森にいても、そこに入る者はいただろ? それと同じだよ」

「そう、放射線って大丈夫なんですか?」

「空間に散らばった奴は、もうほとんど叩き落とされている。空間線量は高くなっているが、すぐに死ぬレベルじゃない。太陽風による影響も、この分厚い雲で、ある程度は遮られているからな。空間の放射線量より、放射性物質を体内にとりこむことによって、常時被曝する状態になると病気になり易くなる。逆に、こうした雪は線量を下げることに役に立つ」

「地面に落ちた放射性物質からの線量も、下げてくれますからね」グラシャがそう付け足す。

「グラシャさんに、放射線を測定する装置とかはないんですか?」

「私はアンドロイドでも、ラブドールですから、そうしたセンサーはありません。でも作業用アンドロイドの中には、測定装置を搭載した機種もありますよ」

 今、向かっている王都にはアンドロイドも多い、という。

「……ここから、まだかかるの?」

 ユノがそう尋ねる。

「休まず歩き続ければ二日ぐらいかな。雪がなければ、もう少し早いんだが……。目的地を示すランドマークなら、ここからでも見えるよ」

 壊れた建物のすき間、そこから見えるのは、かつては数十階という威容をほこった建物の残像。中層階から上はすでになく、そこから下が淋しく廃墟として残る、巨大なビルだった。


 道中、恐らくイヌやクマといった、体の大きな生物に何度か襲われる。ただグラシャは懼れることなく、幼女を助けたときのような素早い身のこなしで、手にした杖で次々に撃退してみせる。

「寒冷化すると、動物は大きくなります。熱を溜めるにも有利ですし、体積に対する表面積の割合を下げると、それも有利ですからね」

 グラシャはそう説明するも、クマは三メートル超えだし、イヌも狼以上の大きさをもっており、それを追い払ってみせるのだから、やはり並みの女の子ではない。愛人用性的玩具として製造されたが、かなり改造されているらしく、戦闘もこなせる能力を備えているようだ。

「でも私は、移動のとき以外は外歩きを好みません」

「どうしてですか?」

「人工皮膚って、手入れが大変なんです。これだけ寒いと劣化も早いんです」

 まるで美容に気を付ける女性のようだけれど、カイムの愛人をめざしていることもあって、彼女にとっては同じことだ。外見も人そっくりだが、中身まで乙女の部分を残しているのだ。

 そのとき、先を歩いていたカイムが後ろに向けて、手をグーにしてみせ、そのまま立ち止まった。すぐにしゃがみ込むと、戸惑っているルミナとユノに、背後からグラシャが口をふさぎつつ、力ずくで二人とも座らされた。どうやらそれは軍隊式の合図らしく、何かを発見したので警戒しろ、というサインだったようだ。

「どうしました?」グラシャの問に、カイムは静かに前方を指さす。はるか先には、蟻んこほどの大きさの、黒くて細身の、銃をかまえたアンドロイド兵が歩いている光景があった。

「あいつらは360度の視野をもち、望遠にしたら数キロ先でも見える。集音装置はそれほど優秀ではないが、視野にとらえられるものなら、これぐらいの距離でも十分に捉えてくる」

「こんなところまで、歩兵連隊ですか?」

 グラシャの疑問に答える前に、銃をもった兵士の後から、恐らく収穫した野菜だろう。それをたくさん積んだ荷車をはこぶ、別のアンドロイドの姿がみえた。

「こんなところまでプラントが?」

 グラシャも驚いているが、カイムも首を傾げている。まだ廃屋となったビルは大分先であり、そこまで運搬するようなのだ。

「アンドロイドが。農作業までするんですか?」

 ユノの問に、グラシャが応じる。「外での作業は、すべてアンドロイドの担当です。ただ、恐らくどこかの壊れたビルの内部をつかっているのでしょうが、こんなところまで来ているなんて、驚きです」

「住民が増えて、大量の食糧を必要とするのなら、設備拡張ということも考えられるが、それとも……。いずれにしろ、これでは地上を歩いて近づくこともできない。別の手を考えないと……」

 カイムはそういって、そこにあるマンホールをみつけ「下水道をつかうか」

 ルミナもユノも、苦虫をかみつぶしたような顔をするけれど、実際にそれぐらいの臭さだ。

「下水道は、もう使われなくなって久しいが、ここにはアンドロイドも来ない」

「どうしてですか?」

「さぁね。匂いも感知できるはずだが、臭いからといってこないわけでもあるまい。時おり作業員がつかうぐらいで、ほとんど使用されない」

 グラシャも頷きつつ「私たちには、匂いを嫌がる、といったシステムはありませんからね。分析し、これが人に対しては不快だと、そういう判断は加えますが、匂いがあるからそこに行かない、ということはありませんね」

「奴らは暗視スコープももっているし、むしろこういうところの作業の方が適任のはずだけど、ナゼか来ない。もっともほとんど使用されていないから、立ち入る必要もないんだが……」

 カイムはそういった後、火のスキルをつかって明かりを灯すと「さて、ここから王都に向かうわけだが、一応説明しておこうと思う。

 王都は階層構造になっていて、さっき地上にみえていた、あのビルは大規模な植物プラントになっている。地下の一、二階にはアンドロイドの製造工場と倉庫になっていて。三階にも植物プラントと牧場などが併設されている。その下、地下四階には作業員の住居、五階には一般市民が暮らしていて、六階は下級貴族、七、八階には聖十二貴族とよばれる、世襲の上級貴族が暮らす。そしてその下、九階には誰も行ったことがないし、誰も会ったことはないけれど、王とよばれる存在がいる」

「王って……何ですか?」

「知らないよ。だが、そこには王がいて、貴族なら会ったことのある奴もいるらしいが、オレたちでは会うこともない。いる、と言われているが、謎の存在さ」

「作業員と、一般市民って何がちがうんですか?」

「ここは、強烈な階級社会さ。作業員はこき使われるだけで、何の権利も与えられていない。悪い言い方をすれば、奴隷と言い換えてもいい。一般市民はそれとちがって様々な権利が約束される。選挙権があり、この都市を回していく上で、意見があったら主張することも可能だ。何がそれを分けているのか? それはよく分からないけれど、階層社会の中で住む場所さえ区別され、食べるものも違うなど、その差は固定されている。

 貴族も同じ。聖十二貴族は世襲で、固定されており、この都市への貢献次第でなることができる下級貴族とは、明確に差がある。上級貴族は兵を率い、下級貴族は兵士として戦う立場だ。ここには作業員として優秀な者が、一般市民をとびこえて下級貴族になれる制度もあるけれど、世襲じゃないから、もし子供ができても作業員からやり直しとなる」

「一般市民って、何をしているんですか?」

「主に管理の仕事だよ。人を管理したり、システムを管理したり……。作業員はその下働きという感じさ。作業員も、下級貴族も要するに上からの命令に従うだけ、とされている。

 そしてこれらの階層を守るため、マレブランケと呼ばれる秘密警察がいる」

「秘密警察?」

「表向き、いないことになっているが、統制を厳しくする体制の中では、多かれ少なかれ密告が奨励される。体制に従わない者を、通報するのがよい国民、国のために尽くすのが最善、と教えられるからな。ここも同様に、この地下都市で生きていくしか術がないだけに、体制への依存でも高くなる。必然的に、組織に協力する秘密警察も増える」

「じゃあ、もぐりこむなんて難しいのでは?」

「やりようはあるけれど、難しいことに違いはない」

「なら、地上の動植物がいるところに隠れ住めば?」

 ルミナは思い付きでそう言っただけだったけれど、カイムはニヤリと笑って「面白いな、それ」


 地上階へやってくると、驚かされるのが、その徹底して管理された植物プラントの姿だ。風車と、太陽光パネルをつかった発電により、電力は豊富だ。それをつかったLEDライトにより、計画的に植物が製造されている。水耕栽培できる、背の低い植物は棚のようになったところで育てられ、土を必要とするものでも床に敷きつめられた土で、きちんと管理されて育てられる。

 クリーンハウスといった感じで、あらゆる植物が育てられるのは壮観だ。

「果樹もあるんですね……」

 ビルの部屋の中で、木が所狭しと植えられ、繁茂しているのだから、驚くなという方が無理だろう。室温も管理されていて、恐らく年間で採取できるよう調整されているのか、部屋で区切られてもいた。

「果樹の葉をつかって、蚕も飼っているぞ。蚕は桑の葉しか食べないから、桑の木を植えて、できた絹はアンドロイドのカーボン製の骨格の下地になる。しかも、そのほとんどは食用にされる」

「え? 蚕を食べているんですか?」

「お前たちも食べただろ? あのハンバーグに入っていた肉は、蚕の蛹をすりつぶしたものさ」

「う、嘘ですよね?」

「牛や鶏、豚の肉なんて一般市民でさえ回ってくるものか。乳をとるため、卵をとるため、食品ロスを処分するため、それらの生き物はいるけれど、余った分しか肉食に回らないし、食べるのは貴族様さ。一般市民は大豆や虫のたんぱく質をつかった代用肉が一般的だよ」

 ルミナもユノも、未だに虫を食べた……ということが受け入れられず、苦い表情をしているが、カイムは構わず「ここでは実だけでなく、例えば葉っぱでも食用にできるものはしている。苦かったり、固かったりするものでも、粉にしたり、薬品処理したり、栄養素を考えて食材にされる。桑の葉も食べているさ。蚕と同じで」

 蚕と同じ……全然嬉しくない。

「グラシャさんは大丈夫ですか?」

「私はこれで、大丈夫です」

 グラシャはそこにある、桑の木を指さした。そこには黒くて小さな粒がまとまった実がなっていた。「これはマルベリーといって、ジャムになるぐらい甘さのある実なので、果糖ぶどう糖液糖がたっぷりです」

 グラシャは糖分だけをとっていればいいので、果樹があれば大丈夫なようだ。

「でも、そんなに厳重なのに、私たちは街に入れるのですか?」

「個人を番号で管理するようなことはないが、住民もそれほど多くないから、知らない人間が入ってくると、さすがに気づく。なので、オマエたちは、誰かにと問われたら『〝海の道〟から来ました』と答えるようにしておけ」

「海の道って何ですか?」

「都市の名前さ。そう答えれば、深くは追及されない」

 内容が分からないけれど、カイムは説明する気もないようだ。

「気になっていたんですけど、貴族は何と戦っているんですか? 軍隊にしても、街の治安を守るにしては仰々しすぎるような……」

「この世界の秩序を壊す者と、だよ。それは犯罪を起こす者もそう、野生生物だって同様だ。特殊スキルを手に入れた奴が暴れていたら、軍隊がでていく。お前たちだって、奴らの討伐対象なんだぞ。それがヘーレムの宿命だ。だから身分を隠し、ここまで来た。お前たちが受け入れられるかどうか、それは自分たち次第だが、とりあえずここなら、お前たちだって暮らしていける。前の世界の暮らしは忘れて、ここで順応する。それしか、ここで生きていく道はない」

 そうカイムから念を押され、思わず頷く。そう、彼女たちだって生きなければならない。一度死んで、ここに生まれ変わった以上、ここで暮らしていくしかないのだ。

 しかしここに来て、一つ良かったことがある。それは人が生活していた匂いがすることだ。だいぶビルの中は改装されているが、トイレなど、そのまま残されている箇所もある。当然、水が流れないのでトイレとしての使用はできないけれど、二人はそこに来た。ナゼなら鏡が見たかったからだ。乙女として、身だしなみには気をつけたかったけれど、これまでは鏡もなかった。

 二人は洗面所にある鏡をみて、思わず目を疑った。「これが私たち……なの?」互いの認識もどうやら書き換わっているが、自分の記憶にある自分の顔と、そこにある顔は明らかにちがっている。どうやら、スキルをみられたり、右手にマイクロチップのような機能があったり、自分たちの体がここでは置き換わり、その結果ここでの生活に順応しているようだった。

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