第4話 真実に辿りつくと、モブは殺される運命にある
真実に辿りつくと、モブは殺される運命にある
ハゲンティ閣下を案内した後、もどってきたレライエ騎兵部隊隊長は、同じ第九機動部隊のマルバスに呼びだされていた。ちなみに、彼らはかつての地下鉄の駅舎となっていたところを、軍の駐留地としている。マルバスが率いてきた部隊は全員がアンドロイドなので、兵士の宿舎は必要なく、全員が通路で整列したまま、微動だにせずに直立する。
同じ上級士官であるけれど、マルバスの方が年齢も、立場も上だ。マルバスは歩兵連隊、レライエは騎兵部隊の隊長だけれど、騎馬に頼るのは地下鉄に乗ることが赦されていないからだ。兵を移動するにも高放射線下にあり、また多様な変異種もいて、危険な地上を騎乗してすることになり、こうして移動先の偏狭な街に赴任を命じられると、中々そこから脱出することもできなかった。
「あぁした挨拶は、感心しないね。愛を殺すと書いて〝愛殺〟みたいだ」
マルバスは自分で言ったことなのに、くすっと笑って悦に入っているけれど、レライエは笑うどころか、顔面蒼白のまま無言をつらぬく。
「聖十二貴族であるシメオン家の君が、今の地位に甘んじるのは本意でないかもしれない。だが、君は軍人だ。まだ若くて経験のない君が、私の下にいることは自然な流れでもあるのだよ」
「…………」
「私はフェミニスト。君を大切に思っているし、尊重するつもりだ。このスラム街の村長であるだけに」
上手いことを言った、とばかりにレライエをサッと見るも、彼女はそれどころではなく、ぎゅっと口を噤んでいる。マルバスも少々、不貞腐れた様子でつづけた。
「君の部隊は規律も乱れている……と、王都にも聞こえてきている。こんなスラム街の治安維持はやりたくない仕事かもしれない。だが下積みでもあるここで能力を示すことが、次のステップアップに繋がる。自分がみとめられないのは周りのせい、として責任転嫁するばかりで、一つの仕事に身が入らず、投げやりにすることは君のためにもならないよ」
「…………はい」小さいながら、そう答えるのがレライエも精いっぱいだった。
マルバスは近づいて、レライエの肩に手をのせながら「変なことをして、お父さんの名を穢さないように……ね」と告げて、立ち去っていった。
レライエは総毛立つほどの怒りを覚えて、慌ててふり返ったけれど、そのときにはマルバスの姿も消えていた。
転生してきた二人、ルミナとユノを連れて、カイムとグラシャは食事に来ていた。
「食材が売られることはほとんどないから、自炊はできず、どうしても外食が多くなる。しかもメニューは択べない」
確かに注文はせず、支払いが済むと食事がとどけられる仕組みだ。
「要するに、廃棄ロスをださないよう、調整されているのさ。農作物をどこでつくっているのか知らないが、全員に行き渡らせつつ、無駄をださないために、こういう仕組みになった」
そう言われると、確かに一番効率がよいのかもしれないけれど、味気なさも感じてしまう。実際、かなり薄味であり、これは元の世界がヘルシーといいながら、かなり濃いめの味付けであったことも影響するのだろう。物足りなくもある。
「グラシャさんは、本当にお米だけなんですね」
ユノにそう尋ねられ、グラシャもご飯を口に運びつつ「私におかずはいりません。必要なのは澱粉だけ、白米で十分です」
物足りなく見えるけれど、少ないご飯を口にはこび、それをよく噛んで食べているグラシャの姿を見ると、真のヘルシーというものを感じさせた。
「どうだ、この世界には慣れたか?」
カイムにそう尋ねられ、二人もこれまで疑問に思ってきたことを尋ねてみた。
「色々と教えてもらって有難いと思っています。でも、アナタは『ここではすべてが敵』と言っていました。どうして私たちに、こんな優しく……」
「優しくしているつもりはない。生き残れそうもない奴らだったら、とっくに見捨てている。ここで生き残れるかどうかは、誰かの死を冷静にうけとめられるか……だ。お前たちは一緒に転生してきた奴らがウォーターベアに喰われても、それを冷静に受け止めた」
思わず顔を見合わせ、そしてルミナが応じた。
「私たち……あいつらに誘拐されたんです。軽1BOXの荷台にむりやり押しこめられて、山の中へと車を走らせた。そのままだったら、私たちは監禁され、強姦され、殺されて、捨てられていたでしょう。私が暴れたことで、ハンドル操作を誤って、車は崖から落ちました。そこまでしか憶えていませんが、気づいたらこの世界に来ていた……。あいつらの死はそれほど……いいえ、決して哀しくはありません」
「事情はどうあれ、それで上等だよ。誰かが死ぬたびに、泣き喚いて座りこんでしまうような奴は、次に死ぬだけさ。死体から金を奪い取って、邪魔だといって頭を蹴り飛ばすぐらいがいい」
「でも、この街は平穏ですよね?」
「ここは人間牧場だからさ」
「人間……牧場?」
「定期的に血を抜かれるし、適合すると臓器をとられ、それに同意もなし、だ。要するにここで生きている人々は、どこか別のところで暮らす者を、より長く生かすために、大切にされているのさ。栄養管理された食事、定期的な診察、重労働からも解放され、安寧に暮らせる。ただし、必要とあれば心臓だって……。ここは、そのためにある街なんだよ」
「もしかして、その別のところで暮らすのが、貴族?」
「そうかもしれないし、もっと上にいる奴らがいるのかもしれない。いいか、そいつらにとっては、自分たちが長生きする、そのためにこの世界の秩序を守るのがマストなんだ。いいか、ここではヘーレム……転生者がいるのは異物なんだ。転生特典とやらで厄介な力をつかえ、平等だとか、人の命は大切だとか、平気でいいだす。だから命を狙われる。ヘーレムなんて隠語をつかうのも、転生者であることを知られないようにするためさ。人の死に動揺するな。転生者であることを知られるな。それが、ここで生き残っていく道さ」
ルミナもユノも、そう迫られて思わず息を呑む。すると、ご飯だけを食べ終えたグラシャが「カイム様は、相変わらず憎まれ役を演じるのですから……。そうして悪ぶってみせるの、よくないですよ」
「悪ぶってないし!」
「街の人にも変態男、なんて呼ばれて喜んでいるし……」
「いや、喜んでないから。その愛称で喜んでいたら、本当に変態だからね」
「女の子の手をにぎって喜んでみせたりするのに、私には手をだしてこないし……。フォルカロルさんも言っていましたよ。カイム様は童貞だから、私のようなかわいらしい、完璧な女の子を目の前にしても、自制が利くんだって」
「やめて。変な角度から、憶測で人を童貞扱いするの、やめてもらえる?」
「だから私、カイム様の最初の女に……いいえ、初めてのアンドロイドになるって、決めているんです」
「勝手に童貞認定された上、重くなるからやめて。女性との間にあるハードルが高くなるから!」
「そのために、自分磨きをつづけて、こうして改造していきますからね❤」
「可愛くなるんじゃなく、出力3割マシで肩バキバキにする自分磨きって何? それもう、ケンカを売る準備だよね?」
「ぎゅっと抱きしめてあげます」
「骨折するから。出力3割マシだと、肋骨をバキバキにされるから!」
「そうなったら介抱しますよ。一緒にお布団で❤」
「肋骨バキバキにされていたら、床を一緒にしたところで、別の場所は元気にならないからね。むしろ絶対安静だから。元気出しちゃいけない感じだから」
「なら、下の世話もしますよ」
「それもう介抱じゃなくて、介護!」
カイムとグラシャの二人は、そんなボケとツッコミを楽しんでいるようだ。しかし自らラブドールを名乗っただけに、グラシャの中に本気が見え隠れするからこそ、その会話が面白く感じられる。
ただこれだけは確実に言えるのが、二人はご主人様と愛人、などといった関係ではなくとも、本当に仲がいいということだった。
「さっき、取水口に行ったとき、何か気づいたか?」
ルミナもユノも、先ほどスキルの訓練に行ったが、何も気づかなかったけれど、グラシャは答えた。
「床に濡れた跡がありました。後、複数の足跡が……。今日、複数の人が立ち入ったことは確かです」
「やっぱり……。でも、そうなると分からないことがあるな」
「何を頼まれたんですか?」
「兵士殺しの調査だよ。恐らく、何らかのスキルをつかって殺された。そのスキルを解明してくれって依頼だ。腹部から下がざっくりなくなっていた。恐らく、水の中に入っているときに斬られたんだと思って、場所を探していたんだ」
「どうして水に入っているときだと?」
「簡単さ。胴体を真っ二つにされているのに、服に血が飛び散っていなかった。服や髪にも濡れたような跡があったし、それに……」
「それに?」
「いくら風紀が乱れているといっても、昼間から水浴びでもあるまい。何らかの任務をこなしていた。それを、抵抗もさせずに一瞬で殺すなんて、五感のいくつかは奪われていた可能性が高い」
「あの水しぶきと、音ですか?」
「そういうこと。三人とも周りの警戒を怠っていたのは、それぐらいだろ」
「昼間、騎馬でレースをしていた兵士たちに出遭いましたが、関係ありますか?」
「この街は人間牧場だ。住民を蔑ろにする行為は赦されていない。そんな危ないことをさせていたなら、何かあるのかもしれないが……?」
「小さい子が撥ねられそうになっていました。そのとき、あのマルバス歩兵連隊隊長がやってきて、兵士の腕を斬ってみせたのです。ただ、そのときちょっと不思議なことが起こりました」
カイムもその話を聞いて「なるほど、そういうことか……。ただ、そうなると厄介なことになるが……」
「カイム様はいつも厄介ごとを抱える、巻きこまれキャラですからね」
「その決めつけ止めて。むしろスローライフを楽しむために、オレはこの街に来ているんだからね」
「そんなことを言って、外に出ては色々と調べているんですから、ホント、素直じゃないんですから」
「なんか、恥ずかしいから止めて。ちょっと生意気いっているけれど、本当はちがうのよ、的な感じをだすの、やめてもらっていいかな?」
「はいはい。私には分かっていますから、大丈夫ですよ」
「それ、もう初めての女っていうか、お母さんだよね? 母性的な感じとかださなくていいから。そういうプレイとか望んでいないからね、今!」
厄介なこと……。このときはまだ、それがどういうことか分かっておらず、穏やかな時が流れていた。
その日の夜、カイムはレライエの元を尋ねていた。
「あの兵士たちを殺したスキルが分かったよ」
「何だと? 半日で……。まさか、いい加減な報告をしに来たわけでは……」
レライエの背後に立っているロノウェは、そういって凄んでみせる。カイムは怯えるでもなく「お前らが事情を教えてくれていたら、もう少し早く解明できていたよ。ただ、事情は分かったけれど、それを教えたところで、お前らにとって好ましい報告になるとは限らんよ」
レライエも、その言葉に含まれるトゲに気づいて、眉を顰める。
「どういうことかしら? 真実を知ることで、私たちに不都合があるとは思えないのだわ」
「真実は時に知らない方がいい、残酷なものだよ……。特に、意図せずそこに悪意を含んでいたりする場合は……」
カイムはレライエの後ろにいる、ロノウェのことをちらっと見てから、説明をつづけた。
「なら教えてやる。あの兵士たちは、用水路の取水口に近いところで殺されていたんだろ? だから下半身はなくなっていた。あの波打つ切断面をみて、すぐにピンと来たよ。つまり、兵士たちは水に浸かった部分をきれいになで切りにされた。あれは、断面をそのまま切断する能力だ」
「そ、そんなことが可能なのかしら?」
「アンタらは特殊スキルを誤解しているんだよ。常識で捉えるな。必要なことは事象を素直に受け止めることだ。あれは包丁に指を添えて切るようにして、水面に合わせる形で、胴を斬った」
カイムがそういって、胴の辺りを腹切りのように横に割く形をとると、レライエも「う~ん……」と唸った後、しばらく沈黙してしまう。
「この街に、そんな厄介なスキルをもつアグリティはいない。さて、ならばどうしてこんな事象が起こったのかな?」
「…………」
「分かるだろ。ハゲンティ閣下が到着する前、歩兵連隊がやって来て、この街の治安をチェックしていたはずだ。
アンタらが、死に場所も教えない。死んだ状況も教えずに、使われたスキルだけを知りたがった理由が、これだろ? あの白騎士のスキル、それを知りたかったんだ。こっちも貴族の争いになんて興味はないが、問題は犠牲になった兵士たちだ。いくら相手のスキルを知りたかったとはいえ、風紀の乱れた兵士たちを演じさせられ、白騎士の綱紀粛正の刃にかかって犠牲になった……。そういうことだろ?」
ロノウェがその背中で剣をとりだす。彼のスキルは自分の肉体を切り離すと、時空を超えて別の場所に送りこめる、というものだ。指でも切って相手の心臓に送りこめば、簡単にその動きを止めることができる。
知りすぎた男を殺す……。そのことに躊躇いもない。ロノウェが指に刃を当てた、ちょうどそのとき――。
「興味深い話をしているね」と、その部屋に入ってくる者がいた。
白い鎧に身をつつむ、マルバスだ。「私のスキルが何だとか、そのために兵士を犠牲にしたとか……」
マルバスはレライエと、ロノウェの二人を見比べる。カイムはそんな貴族同士の争いなど興味ない、とばかりに、その部屋から出て行こうとする。ただ、部屋をでたところで、マルバスから呼び止められた。
「キサマ……。我がスキルを解明した上で、ここから立ち去れると思うのか?」
「この街の住民を傷つけることは、貴族でも赦されていないんだろ? 何しろ、どこかのクランケのドナーになる前提で、生かされているんだから」
「ふふふ……。この街にはあある噂があってね。何やら、アンドロイドを引き連れた怪しい男がいる。そいつは、他の街にいたんだけれど、この街に潜りこんで、悪さをしている、と……。
この街の人間でないなら、それは安全を保障する義務には違反しない。何しろ、そもそも臓器が適合しない可能性があるのだから」
「オレがその、アンドロイドを引き連れた怪しい男だって、どう証明する?」
「証明する必要なんてない。私がそうだと思えば、後から書類など、どうとでもできるのさ」
マルバスがすらりと剣を抜いた。その瞬間、カイムのパンツの上の部分にピーッと赤い筋が入ったかと思ったら、そのまま上半身がずれて、下半身はそこに立ったまま、上半身だけが滑り落ちたのだった。
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