第3話 少女は人工造形物として、改造をうける
少女は人工造形物として、改造をうける
そのころ、駅――。
「恙なきご到着、喜ばしき哉。ハゲンティ閣下」
白い鎧に身をつつむマルバスは、車椅子にのった高齢の男性を、そういって恭しく出迎える。ハゲンティは鷹揚に手を挙げて答えただけで、言葉は返さず、辺りを見回すように首を動かす。どうやら、全身があまり動かせないようで、わずかに動くのが首と、右手だけらしい。
車椅子を押している美しい女性が、介添えのように優しく手を支える。
「歩兵連隊か……。最近は頼ることが多くなったな」
「人口減少にともなう措置ですよ、閣下。我々としてはむしろ助かっています」
「ふ……。老人の戯言だよ。聞き逃してくれ。それで、首尾は?」
「この街は平穏無事、滞りなく運用されていますよ」
「滞りなく……か。このスラム街を滞りなく運用するのも、我々のため、か……」
「それも大切なことですよ、閣下。この街を案内しましょう。よろしいかな、レライエ小隊長」
ふり返ったマルバスの先には、橙色の鎧を身につけたレライエがいた。レライエは一歩前にすすみでて「第九機動部隊、騎兵隊隊長、レライエ・シメオンが案内させていただきます」
その自己紹介に、一瞬マルバスも眉をひそめたけれど、すぐにハゲンティに向き直って「恙なきよう……」とだけ告げた。
グラシャに連れられ、用水路を遡上してきた二人は、やや広い場所にでた。川から水をひきこんでいるところで、かつては洪水を避けるため、一時貯水をする用の空間だったのだろう。今や洪水をふせぐ必要はなく、水量を調節するためだけに存在するけれど、今は使っていない。何しろ外は氷河期であるため、川の水すら凍結する恐れもあって、むしろ水は足りないぐらいだ。今は夏なので、水の引きこみ口は水流が逆巻き、ごうごうと喧しい。
「ここで、スキルの使い方を勉強しましょう」
グラシャはそう言った。先ほど、用水路で泳いでいたカイムから、何か指示をうけていたようだ。
「スキルには基本の五要素によるものと、特殊に大別されます。特殊は転生特典で与えられるものもありますが、冒険や経験によって得られるものもあります。いすれにしろ、ステイタス画面でみられると思いますが、霊性という項目を消費して行使されるものです」
「霊性……魔力みたいなものですか?」
「ここでは〝魔〟がそれ自体で悪い意味をもちますから、魔力とか、魔法という言い方はしません。霊性は多かれ少なかれ誰でももちますから、魔法使いもいません。スキルは生活を便利にする、道具と考えて下さい。ステイタス画面を開いて、視線を合わせてみて下さい。ルミナさんは火に、ユノさんは水に」
二人とも言われた通りにする。
「ルミナさんは指を一本立てて、ステイタス画面を通して見つめて下さい。ユノさんは手を、水の上にかざしてみて下さい」
「わ、火が点いた!」「水が持ち上がるよ!」
「基本の着火と、保水です。五要素は経験値の上昇とともに様々なことができるようになりますが、当然難しいことをすれば、霊性はその分減りますから、注意して下さい。そのうちステイタス画面を見なくとも、意識するだけでスキルを発動できるようになりますよ」
「あの……、霊性が減るとどうなるんですか?」
「死にますよ。使い過ぎても意欲が減退し、間違いなく身動きもとれなくなります。休んでいると回復しますが、半分を切ったら、注意して下さい」
そう説明され、二人とも慌ててスキルを止めた。
「経験値が上がると、スキルを使用できる霊性の量も上がる……とか?」
「これは他の能力値も同じですが、どこかのゲームでもないですし、人間の能力なんて、そうそう簡単には上がりません。霊性は経験値というより、生き方を通して上昇するようですが、だからといってどうすればいい、といった定型的なものは知られていません」
どうやら二人とも、霊性が高くないらしく、スキルの使用を渋っているので、グラシャもため息をついて「どうやら、ヘーレムに与えられた特殊スキルを訓練する余裕もなさそうですね」
三人は街へと戻ってきた。すると、前から白衣をきた、頭には溶接用の眼鏡をつけた女性が歩いてきて、グラシャを見つけて嬉しそうに近づいてくる。
「よう、グラシャ。後ろの二人は?」
「知り合いが訪ねてきまして……。フォルカロルさんこそ、どうしました?」
「実はグラシャに相談があって、肩のパーツを換装する気はないか?」
「唐突ですね……。どういうことです?」
「最新パーツが手に入ってね。お金はいらない。その代わり、旧パーツはこっちの自由にさせてくれ。それが条件だ」
「う~ん……、判断は保留でいいですか?」
「できれば早くしてくれ。できれば今晩辺りで」
「分かりました。それまでに回答します」
フォルカロルと呼ばれた女性は、手を振って去っていく。
ルミナは今の会話を聞いて、不思議そうに「あの、換装って……?」
「私はマーメイド社製、性的玩具として製造されたアンドロイドです。体のパーツは交換可能なんです」
「もしかして、ラブドールというのは……?」
「製品名ですよ。私はラブドール、SpL9801VM型をベースに、改造されたアンドロイドです。フォルカロルさんはアンドロイドの修理工です」
「お二人は、獰猛な戦争(アトロシャス・ウォーズ)を知りませんか?」
グラシャの質問に、二人とも首を横にふる。
「殲滅の90日とも呼ばれたあの戦争の前には、私たちの技術は確立されていたそうです。カーボンファイバーの骨格に、導電性ゴムは通電すると縮むので、代用筋肉として体を動かします。脳にはニューロンフィルムによる多層化された思考回路をもつので、単独で行動することが可能です。私は性的玩具として製造されたので、マン―マシンインターフェイスをもち、人工皮膚をつかって肢体も人に似せ、弾力ももたせています」
そういって自分の胸をぎゅっと掴むと、ほとんど人と同じように、柔らかそうな感触を伝えてくる。
「先ほど、駅にいた兵士たちも、多くがアンドロイドでしたよ」
「え? あれがッ⁈」
「後ろから見ると気づきにくいかもしれませんが、頭部には360度チェックするための多眼カメラをもち、肩や腕の関節も前後に向けられるなど、人とはちがう動きができます。歩兵連隊というのは、アンドロイド部隊のことです」
グラシャを助けた白い鎧の騎士、マルバスは歩兵連隊の隊長を名乗っていた。彼が率いてきた部隊が、要人の出迎えをしていたのだ。
「アンドロイドは多いのですか?」
「多いですよ。ここにはあまりいませんが……。王都には歩兵連隊もいるように、多くの作業をアンドロイドが代用しています」
「王都……ここから近いのですか?」
「地下鉄に乗っていきます。どこにあるかは、私にも分かりません。というより、ここの住民は地下鉄を利用してはいけないのです。使うのは要人だったり、兵士だったり、特別に赦された人だけが乗るものです」
鉄ちゃんではないし、決して旅行好きでもないけれど、二人はこのとき生まれて初めて地下鉄に乗ってみたい、と考えたのだった。
グラシャが訪ねたのは、フォルカロルの工房である。
「お、その気になってくれたかい?」
「カイム様にも話を聞いてもらいます。それで納得できれば……」
後ろからひょっこり顔をだしたのはカイムだ。そしてルミナと、ユノも見学と称してついてきている。
「立ち合い人かい? ま、仕方ないね。要するに、こっちはあんたの旧式のパーツが欲しいのさ。SpL9801で、未だにこれだけ動けるのはアンタだけ。健全に動いている旧式パーツがどうしても必要……って御仁がいて、むしろ最新パーツを提供してでも旧式のパーツを……ということだ」
「最新パーツのスペックは?」
「大体、3割増しだよ。アンタが望むなら、さらに独自のスペックアップを施してもいい。もっとも、他のパーツとの組み合わせもあるから、数十倍というわけにはいかないけど……」
「なるほど、悪い条件ではない、ということか……。どうする?」
「私はスペックアップできるのであれば、構いません。特に、無料なら……」
「じゃあ、決まりだな」
グラシャは透明の、塩化ビニルで仕切られた空間へと入る。そこがオペ室となるようで、上半身を脱いで、うつ伏せになった。フォルカロルとカイムが、全身を覆うタイベックスーツに着替え、ルミナとユノはその外で見守る。
「だ、大丈夫なんですか? 麻酔もなしで」
いきなりメスで皮膚を切り裂いたフォルカロルに驚いて、ユノもそう尋ねる。
「アンドロイドは痛感をもっていない。触感のために全身を覆う電磁センサはあるけれど、痛くはないから問題ない」
皮膚を押し広げると、無数の繊維状のものが見えた。
「あれが疑似筋肉となるゴム。端子に一本、一本接続されているだろ? 簡易的な機構のアンドロイドだと、接続部がソケット状になっていたりもするが、ソケット自体がそれなりの大きさになるから、動きや人体の形状とは少し異なってきたりもする。こうして一本ごとに接続する形であるのも、性的玩具として製造された機種で、より人体に近づけようとしているからさ」
カイムはそう説明してくれるが、どうもそれがユノには気に入らないらしく、カイムを睨みつけている。
「あれは何をしているのですか」これはルミナが尋ねた。フォルカロルは端子からゴムを引き抜くと、それを別のケーブルに接続し、そのケーブルを端子につなぐ。
「ケーブルをつなぎ間違えると、肉体を動かせなくなるからな。抜いたケーブルが元のところに接続できるよう、延長ケーブルをつけているのさ。そうしてゴムを長くしていくと、それを避けて作業できるスペースが確保できる。ほら、その下から骨格が見えてきたぞ」
確かに、カーボンファイバー製の疑似骨格がみえてきた。
「皮膚の内側には、潤滑剤と絶縁性を兼ねる、油で満たされている。そこに異物が入れば、関節の動きが悪くなったり、絶縁性能が落ちたり、色々と悪さをする。だからこうして無菌ルームで作業するのさ。
疑似骨格としてのそれは、ネジなどで固定されているわけではなく、全体を組みつけているだけだから、周りの疑似筋肉であるゴムを外すと容易に外せる。ここまでくると、後は組みつけて終わりだ」
実際、最初のケーブルをつなぎ直す工程がもっとも時間がかかり、そこさえ間違いがなければ、基本的に失敗も少ないのだそうだ。逆に言えば、その繊細な工程をきっちりできるかどうかが、成否を決める。
「胸部、あの肩甲骨の下にあるのが発電装置。いわゆる解糖からクエン酸回路までを有していて、ナノサイズの微細なチャンバーの一つ一つで、水素イオンと電子を遊離する。それを骨盤のところにあるバッテリで蓄電、水素イオンを溜めておいて、必要なときに使う仕組みだ。腹部には、発電につかわなかった物資や、クエン酸回路の副産物であるアミノ酸の前駆体や、排出される二酸化炭素を主に溜めるタンクがある。酸素を取りこみ、二酸化炭素をはきだす仕組みも人と同じ。吸った酸素は消費された水素と反応して水となり、尿として排出される。ただし、その尿は決して汚いものではなく、むしろアミノ酸をふくむ、人間に有益なものだけどね」
「本当に、まるで人間みたいですね……」
「生物のもつシステムが、一番効率がいいと判断されただけさ。もっとも、生物はつくられた水素イオンと電子で、ADPとリン酸をくっつけ、ATPをつくる。そこまでがミトコンドリアの仕事で、そのATPを貯蔵しておくわけだが、固形燃料電池が実用化されてからは、電気として溜める方が効率もよくなって、アンドロイドはそれを採用している。
米を食っていれば動き続けるんだから、これほど効率の良いシステムもない」
「お米を食べるんですか?」
「もしくは、お前らもよく知っている果糖ぶどう糖液糖のジュースを飲むよ。それがエネルギーの補給だ」
「私たち、知りませんよ、果糖何とかなんて……」
「お前たちの時代のジュースだと、成分はほとんど果糖ぶどう糖液糖だったろ? 成分表の一番上をみてみろよ。ほとんどのジュースがそうだよ。フルーツにはどれでも入っているものだし、抽出しやすいからよく利用された。ここでも同じだ。アンドロイドは糖をそのまま利用するから、炭水化物から分解する工程が省ける、としてそれだけのジュースを売っているんだよ。この街にはアンドロイド自体が少なくて、売っていないんだけどね」
「人間とちがって、食べ物から肉体を構成する成分を摂取する必要がないから、シンプルでいい、と?」
「お、察しがいいねぇ、お姉ちゃん」
このとき答えたのは、フォルカロルだ。ケーブルをつなぎ直して、後は皮膚を縫合するだけである。
「さっき、そこの変態男がケーブルの繋ぎが重要だ、みたいなことを言ったけど、修復士の腕のみせどころは、ここからだよ」
先ほどメスを入れた、キレイな切り口を断面に差がでないよう、小さなピンセットをつかって丁寧につなげていく。傷跡すらまったく分からないほど、しっかりと断面を段差なく合わせると、ずれないようにその上から薄いテープを貼る。
「特に、グラシャほどのきれいな肌をつなぐのは、緊張するよ。人間の皮膚は、多少断面がずれていても、勝手に皮膚が調整してくれて、新しい皮膚はつなぎめもなくなるけれど、修復作用のある人工皮膚といったところで、アンドロイドの皮膚は勝手に調整してくれるわけじゃないからね。きれいに切断すると、切断面がぴったり貼りついて、それで自動的にくっつくだけで、ずれていたら、くっついたときに段差ができるんだよ」
施術が終わり、グラシャがゆっくりと起き上がる。上半身が裸であり、そこに見える二つの膨らみは形もよく、それが人工的に造られたとは思えないぐらいで、同性であるルミナやユノでさえ、見惚れてしまうほどだ。
肩を動かしたり、指を動かしたりして、しばらく動作確認をした後で、ゆっくりとグラシャは服をきた。
「立ち合い、ありがとうございました。カイム様」
「グラシャにはご主人様がいないからな。誰かが立ち会ってやらないと……」
「私は……カイム様がご主人様になっていただければと、常々……」
「オレはその器じゃないよ」
ちょっと拗ねたように、グラシャは唇を尖らすけれど、そうした表情は本当に人のようだ。ただ、グラシャはカイムのラブドールを名乗っていたけれど、二人の会話を聞くと、微妙な距離も感じた。
「このパーツを欲しがっている御仁って?」
カイムの問に、フォルカロルは小さく首を横にふって「依頼者の秘密保持ってところでね。教えられない」
「大体、想像はつくさ。今日、到着した一行がいるからな」
「焦って調達する時点で、バレバレか……。私の口からは言えないが、アンタらのことを知って、この街に来たそうだよ」
フォルカロルの言葉に、カイムとグラシャも、訳が分からないとばかりに顔を見合せていた。
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