第2話 世話好きの美少女は、どうやら性的玩具らしい

   世話好きの美少女は、どうやら性的玩具らしい


 碧髪の少女につれられ、ルミナとユノも街を歩く。ここは近未来、二〇九二年ということらしいけれど、人々は地下に暮らし、そこに街を築く。かつて遊水地だったという広大な空間は、巨大な柱の中に木造の建物が何層も連なっており、雑多ながら壮観な光景だった。

「私のことは、グラシャとお呼びください」

 碧髪の少女は、そう自己紹介する。最初に冷たい目で睨まれたけれど、カイムから両手をにぎられて、お世話するよう懇願されて以降は愛想もよくなった。そこで、ユノも思い切って聞いてみることにした。

「あの、ラブドールって……?」

「ダメよ、ユノ! 愛人って意味なんだから……」

 ルミナが慌ててユノを制したけれど、先をいくグラシャはふり返って、何でもないことのように説明した。

「正確にいうと、愛人ではなく、性的玩具です」

「せ……玩具⁈」

 言葉を失った二人のことを気に留めるでもなく、そこに近づく地響きのような音に気づき、グラシャもそちらに目を向ける。

 蹄をかき鳴らし、六頭の馬が先を競って駆けてくる姿があった。そこは細い路地であり、人が生活のために行きかう、ふつうの道だ。むしろ、そんな危険極まりない道だからこそ、レースをするのにふさわしいとばかり、彼らは奇声を上げながら、馬を操って疾駆する。

 その路地に、まだよちよち歩きをはじめたばかりの幼女がすすみでてきた。母親が悲鳴を上げる。誰もが最悪を思い浮かべた。幼女は自らの運命にきづかぬまま、ただ恐怖して近づいてくる大きな馬を見上げる。騎手はそんな幼女を前に、さらに速度を上げようとムチを入れた。

「ちょっと待っていて下さい」

 グラシャは二人にそう言い残すと、その場からふわっと消えるようにいなくなる。その刹那、幼女の体は優しく抱きかかえられると、荒れ狂う騎馬の前を目にも留まらぬ速度で通り過ぎていった。

 何かが前を横切ったことで、馬たちも驚き、前足を跳ね上げて止まってしまう。

 一陣の風のごとき鮮やかな速度で駆け抜けたグラシャが、ゆっくりと幼女を下ろすと、母親が駆けよってきて、幼女のことを抱えて連れ去った。何しろ、グラシャの周りを騎馬たちが囲んで、いきり立っていたからだ。

「我らの道行きを邪魔するとは何事か!」

 興奮してそう叫ぶ騎手は、軽装ながらも腰に剣を佩く、騎馬隊に属する若い兵士のようだ。グラシャは無言、無表情のまま、そんな兵士たちを見上げるばかりで、返答する様子もない。ただ兵士たちも、すぐにその美貌に目を奪われた。

「ほう……。斬り捨てるに惜しいほどの美形……。我らの慰み者となるのなら、命を助けてやらんでもない」

「慰み者……?」

「性的欲求を満たせ、ということだ」

「生憎と、私が体を赦そうと思う相手は、ただ一人」

「なら、錆になれ!」

 二人が腰に佩いた剣をすらりと抜き、グラシャに斬りかかっていく。そのとき、人の目にも留まるぐらいの速度で、何者かが横から飛びだしてきた。

「ぎゃーッ!」

 絶叫が木霊する。兵士たちの腕が、剣をもったままぽとりと落ちた。

「これだから、田舎の兵士は嫌いだね。レディーに粗暴なふるまいをするなんて」

 そこに現れたのは、白い鎧に身をつつんだ一人の男騎士だった。兵士たちの腕を切り落とした剣を、静かに腰に収めてみせる。

 騎馬に乗った兵士たちも、その装いから明らかな身分差をさとって、慌てて逃げていく。白騎士は残された腕に目を落として「ヒジを失くして、ヒジョウ事態……」とつぶやき、くすりと笑ってから、改めて少女に向き直った。

「あぁ、なるほど、そういうことか。でも君ほどの高性能なら、街でご主人様がいてもおかしくないのに、どうしてこんなスラム街に……?」

 白騎士の問にも、グラシャが無言をつらぬくと、彼も肩をすくめた。

「詮索男は嫌われる……ってね。でも、レディーには名乗るのが礼儀でもあろう。私は聖十二貴族が一人、王都第九機動部隊、歩兵連隊隊長、マルバス」

 しばらく返答を待ったが、グラシャが何も答えないと気づくと、グラシャに向けて恭しく頭を下げて、マルバスはのんびりとした足取りで立ち去っていく。

「大丈夫ですか、グラシャさん⁈」

 近づいてきたルミナとユノに、グラシャは何ごともなかったかのように「ええ、大丈夫です。ご迷惑をかけました」

「でもグラシャさん、物凄く足が速いんですね」

「私、腐っていませんよ」

「足が早いって、そういう意味じゃありませんから!」

 幼女を救うほどの運動能力をみせつけたにも関わらず、先ほどの「慰み者?」発言といい、グラシャのお惚けキャラぶりに、二人も驚かされる。ただ、この言葉の真の意味を知るのは、もう少し後のことだった。


「これはどういうことかしら?」

 オレンジ色の鎧に身をつつんだ、長身の女性騎士が見下ろす先には、三人の兵士がいる。長身といっても普通の女性とくらべれば……なのに、女性騎士が平伏するでもない兵士を見下ろせるのは、兵士たちは下半身を失い、上半身だけがそこに置かれているからだ。

「任務中、こうなりました」

 彼女の背後には緑色の鎧をきた騎士が立って、そう応じる。

「ロノウェ、それは分かっている。分かった上で、これは何かと尋ねたのだわ。どうして兵士たちは下半身を失っているのに、お惚け顔なのかしら?」

 ロノウェと呼ばれた緑の騎士は「お惚け顔……」と、女性騎士の指摘に肩をふるわせていたが、すぐに居住まいを正して「分かりません、レライエお嬢様」

 ロノウェは頭を覆うマスクを被っており、表情をうかがい知ることができない。何がツボに入ったのかしら? と、レライエは不快そうに「それを調べるのも、副隊長としての仕事では?」と、嫌味の一つもでてしまう。

 ロノウェは肩をすくめて、それ以上の返答をしてこない。レライエもため息をついてから、改めて兵士たちを見下ろして「また、厄介なスキル・ホルダーが現れたのかしら……?」

「それは最近、若い女の子たちの間で、アグリティと呼ぶそうですよ、お嬢様」

「私を若い女の扱いするの、やめて欲しいのだわ。私は騎士としてここに立つ。それと、お嬢様と呼ぶのも止めてちょうだい」

「レライエお嬢様は、若い女の子でございます。ただ騎士ならば、この問題より重大なことがあるのでは?」

「…………。仕方ないわ。癪ではあるけれど、こういう問題にうってつけの虚け者に任すことにするのだわ」

 レライエの言葉を待っていたかのように、ロノウェは無言のまま短剣をとりだし、鎧のすきまから左のヒジ辺りに剣をさしこむと、スパッと切り裂いてみせた。切り落とされたはずの上腕部は一瞬にしてそこからかき消え、流れ落ちるはずの血も溢れる先から消えてしまう。

 やがてその血の消える先から、ゆっくりと左の上腕部がもどってくると、その手に襟首をつかまれ、引きずられるようにして空間から現れたのはカイムだった。

「分かった! 分かったから止めろ! 相変わらず気持ち悪いスキルだな……」

 カイムがその腕をふり払うと、ロノウェの左腕にもどって、傷跡すら残さずにくってしまう。そこにいる二人を睨むも、転がっている兵士の上半身に気づいて「わ、気持ち悪ッ!」と呻く。

「三人の兵士が殺されたのだわ。所感を述べなさい」

「何でオレが……」カイムは文句を言いかけたけれど、二人の騎士を前にして「オレは『見た目は子供、中身は探偵』の、事件巻きこまれキャラじゃないんだけど……」とぼやきつつ、屈みこんで兵士たちを調べ始める。

「どこで死んだんだ? ここには運んできただけだろ?」

「それは教えられん」これはロノウェが応じた。

「おいおい、事件を解決したいんじゃないのか? 胸当てだけの軽装備だが、任務中か? 服はざっくり斬られているが、血は飛び散っていない。だが、肉体の切断面が微かに波打ってみえるのは、なぜ……? それに何でこいつらは怯えたり、苦しんだりしていない?」

「それを調べて欲しいのだわ」

「前から言っているが、オマエらに協力する義理も、義務も、まして借りさえオレにはないんだが……?」

「スラムのゴミが、騎士にたてつくか……」

 ロノウェは手を剣にかけようとするが、それをレライエが制した。

「報酬は払うのだわ。どんなスキルが使われたか、それが分かるかしら?」

「亡くなったときの場所も、状況も分からないのにそれを察しろって? オレはは超能力者じゃない。それを調べたいのなら、未来を見通すアグリティをもった奴を探してくることだな」

 ロノウェはすらりと抜いた剣を自分の指に当てた。カイムも慌てて「分かった。その指を心臓に送りこんで、捻って止めようとするのは止めろ! これだから、空間を飛び越えるスキル・ホルダーは嫌いだ……」

「自分の命の値段、自分でつけてみろ」

 ロノウェの脅しにも、カイムは肩をすくめて「その言葉、そっくり返すよ。オレみたいな輩に委ねようとするぐらい、困っているんだろ。オレの価値を、アンタたちが計算してみろよ」

 一触即発となった二人を、レライエが制した。

「これは正式な仕事の依頼なのだわ。やってもらえるかしら?」

「どうせ、街のためとか言いだすんだろ? 虫のいい話だ」

「虫は嫌いなのだわ」

「虫の話なんてしてねぇよ! 分かった、分かった。その代わり、報酬は弾んでもらうからな」

 ロノウェの敵意にも負けず、逆らってみせたのは、彼の矜持ではない。ここは強烈な階級社会であり、街にいる者がこうした無碍なあつかいをうけるのはふつうなことであった。腹を立てるようなことではない一方で、角が立つよう、カイムは逆らってみたまでのことだった。


 グラシャに連れられ、ルミナとユノも衣料品店へとやってくる。小屋の中で、雑多に服が並べられているだけの、簡素なものだ。

「ここに並んでいるのはかなり昔につくられたものです。古着もありますが、ほとんどは在庫として保管されていた新品です。なので、汚れていない、虫食いのないものを選んで下さい」

 つづいて道具屋に入る。

「ここでは女性も胸当てなど、装備をつけます。ルミナさんは攻撃型、ユノさんは防御型がよいようです」

「スキルも買っておきましょう。基本の五要素、火、水、風、土、光のうち、相性も考えてルミナさんは火と風、ユノさんは水と土にしましょう」

 グラシャはてきぱきと、二人の装備をととのえていく。ユノが「お金は……?」と恐る恐る尋ねると、グラシャは「カイム様からあずかっています」という。どうやらあの手をにぎられたとき、お金を渡されたようなのだ。

 グラシャが二人の目を覗きこむと、網膜からステイタスを読みとったらしく、装備やスキルもそれに合わせたものを選んでくれた。ちなみに、スキルはそれを宿した石を左手でもつと、スキルが移ってくる仕組みだ。ステイタス画面で獲得したスキルはみられるが、相性が悪いと移植に失敗するケースもあるそうで、グラシャが色々と教えてくれる。

「街を少し案内しておきましょう」

 グラシャはそういって、二人を連れて歩く。ここは地下であるけれど、電気で灯されているので明るい。ただ、夕刻になると常夜灯のみとなって、夜の訪れを告げるのだそうだ。

「食べ物とか、どうしているんですか?」

「つくっていますが、ここではありません。この地下都市は、地下トンネルで方々とつながっていて、雑菌なども広がる恐れがあるので、そういう各地でつくられているものを、運んできます。では、地下トンネルに向かってみましょうか」

 街は遊水地として造られていて、四方はコンクリートで固められている。その一部がくりぬかれ、地下鉄のトンネルとつながっていた。三人が駅に到着すると、ちょうどそこに電車がすべりこんできた。

「電車が動いている……」

 二人は感動した。やっとここが自分たちの知っている世界、その未来なのだと実感できたからだ。

「それは電気がありますからね。旧式の技術の方が、扱い易いんですよ。でも、変ですねぇ、お祭りみたいです」

 グラシャがそう説明するように、駅には多くの兵士が集まっていた。お祭りというより、VIPのお出迎え、という感じで、先頭にはカラフルな鎧をきた者たちが待ち構えている。

 駅にすべりこんできた電車のドアが開くと、そこから降りてきたのは、美しい女性に車椅子を押された、かなり高齢の男性だった。

「あれ? さっきのマルバスさんじゃないですか?」

 ルミナが指さす先、出迎えの先頭には白い鎧をきたマルバスがいて、その老人とニコやかに談笑している。

「王都の機動部隊と名乗っていたので、恐らく先行してこの街に来て、賓客を迎えるために安全を確認していたのでしょう」

 その後ろには、この街の騎士であるレライエや、ロノウェも控えているが、ルミナもユノも面識がないので、特にふれることはない。ただそこにいる高齢の男性は、騎士が総出で迎えるほどの重要人物、ということのようだ。

「行政機関はあるんですか?」

「私たちはこの電車に乗ることも赦されていないので、そういったものがあるかどうかすら、判断しかねます。ただ、計画的に食糧がつくられていたり、こうして電車を動かしたりするような大きな機関がある、とカイム様は仰っていました」

「でも騎士がいるんですよね?」

「治安を維持するため、とされます。ただ先ほど見た通り、兵士の規律は乱れ、むしろ治安は悪化するばかりです。ここではお金を奪うために人を殺すのは罪ですが、取りもどすために殺すのは、罪ではない。境界が曖昧なため、取り締まりすらほとんどされていないのですね。なので、兵士もやることはなく、騎士も統率することはありません。騎士は世襲であり、こことはちがうどこかの街で暮らしているはずで、ここには任命されて赴任するようです」

 カイムも語っていたように、ここは殺人上等の過酷な世界のようだ。しかも、地下鉄のネットワークを使い、広大な地下都市を形成しているらしい。まだまだこの未来世界には、分からないことだらけだ。

「ここは元々、川の水をひきこむ目的でつくられましたから、水は豊富です。ただ飲み水は井戸をつかいます。外の水は、苦くて飲めないそうなので……。この水は主に生活用水ですね」

 駅をでて、用水路をたどりながら、そう説明する。ただその水の中から、ぬっと顔をだした者がいた。

「あら、カイム様。水浴びですか?」

「あぁ、ちょっと泳いでいた」

 カイムは腰ぐらいの深さのある水から、全裸のまま上がってくる。女子三人の前だというのに、恥ずかしがる素振りも、大事なところを隠そうともせず、全裸のまま体を拭いている。

 ここは未来の世界――。常識が異なる……とはいえ、自らを性的玩具と名乗ったグラシャといい、二人の関係には、何か釈然としないものを感じさせるのだった。

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