輪廻のアトロシティ

まさか☆

第1話 転生した少女たちは、少女と出逢い、常識を疑う

   転生した少女たちは、少女と出逢い、常識を疑う


 人々が繋がりをもつことさえ、赦されなくなった世界――。

 荒涼とした、白茶けた大地がこの世界を味気ないものへと染め尽くす。所々に生える背の低い草と、岩にへばりついた苔と、どんよりと垂れ下がる重たい雲の下で、生命らしきものは後もう一つ。高校の制服らしきものを着ている四人の少年と、二人の少女――。

 そんな彼らの近くに転がっていた、大きな岩のような塊が、もぞもそと動きだす。体は大きな樽のように寸胴で、節を連ねた体はぶよぶよで、まるで毛虫のようだ。ただそこから短い足が左右へ四対生え、その先には大きなかぎ爪があって、それで大地をつかんで立ち上がった。

 四人の少年たちは、化け物の出現に慌てて逃げ走る。だが、その逃げた先でも同じように化け物が動きだし、口のような、ぎゅっと窄まったことでお尻のような、それを頭からガバッと被せられて、少年たちを丸呑みにしてしまった。微かな悲鳴だけを残して……。

 二人の少女は、恐怖と絶望から身動きも、悲鳴すら上げられぬまま、その場ですわりこみ、互いにギュッと抱き合う。化け物には目がなく、そうやって動かなくなると見つけにくいようで、もぞもぞと彼女たちの周りを歩き回る。

 ただ、少女たちの命は風前の灯火――。一体の化け物が、微かに震える少女の姿を捉え、ゆっくりとその口吻を頭から被せていく。

 その刹那――。四つ足ながら、漆黒のテカリすらある体をもち、まるでGのごとき素早さ、軽快さで動く不気味な人ぐらいの大きさの生き物が、少女たちの脇をさっと通り過ぎていく。その動きに反応して、化け物たちは漆黒の生物を追いかけ、四対の脚をもぞもぞと動かしながら、彼女たちの周りから立ち去ってしまった。

 助かった……。少女たちは安堵するも、一緒にいた少年たちの姿はなく、食べられた……そう悟って愕然とする。ここは異世界……なの?

 呆然と辺りを見回す。遠くにみえる山々には雪が降り積もるも、そこは平らで整地されており、人の手が加わったようにも思える。ただ、見渡す限り人工物らしきものは何もなく、淋しい限りだ。

「おい、オマエたち」

 背後から声をかけられ、少女たちは驚いて飛び上がった。ふり返ると、頭からぼろぼろのマントをかぶり、わずかに覗く左目が冷たく二人を見下ろす。そんな怪しい人物が立っていた。

 この世界で最初に遭った人だけれど、あまりの怪しさに声をかけることすら躊躇うほどだ。街中で出会っていたら、きっと目を逸らし、無言のまま通り過ぎて、関わり合いになることすら避けていただろう。

 その人物はいきなり少女たちの前に屈みこむと、無言のまま柔らかな膨らみ、少女たちの胸を人差し指でつつき、その弾力を確かめてきた。

「きゃ―ッ!」

 少女たちも慌てて胸を押さえてうずくまる。

「へぇ~。本当にパンツ丸出しで過ごしているんだな」

 少年は懲りることもなく、今度はスカートの裾をもち上げて覗きこんでいる。少女たちもスカートの裾を押さえて、大きく飛び退った。

「な、何をするんですか⁈ 丸出しじゃありません!」

 少女たちの怒りをうけても、相手は特に堪えた様子もなく、徐に立ち上がって「ついてこい。そのままだと死ぬぞ」といって、先に立って歩きだす。

 ここはやたらと寒い。ちらちらと雪まで舞い落ちてきて、少女たちも寒さに身を震わせながら、怪しいその人物についていくことにする。

 岩の窪みのようなところに入ると、焚火の跡もあって、彼が休憩所として利用しているところらしい。手馴れた様子で火をつけたので、二人ともすぐに火の傍らに寄って暖をとる。高校の制服は冬用だけれど、スカートなので寒さが堪えたのだ。

「お前たち、ヘーレムだろ?」

 そう尋ねられ、短髪の少女が「ヘーレムって何ですか?」と尋ね返す。

「転生者って意味だよ」

「やっぱり……」少女たちも、顔を見合わせて頷き合う。

 相手は巻くようにがっちりと身に着けていたマントを、剥ぐように脱ぐ。髪はぼさぼさだけれど、少女たちと同じぐらいか……。顔の右半分には大きな傷跡があって、隻眼だった。

「さっきの人たちは……?」長髪の少女からの問に、少年は「死んでいるよ。あれはウォーターベア。捉えたモノの体液を吸い、脱皮するとき、残った骨と皮は捨てられる。今ごろ、奴らの体内でスカスカの風船みたいになっているよ、多分」

 気持ち悪いことを言われたけれど、少女たちは複雑そうにするばかりで、一向に哀しむ様子はない。それをみて少年は「いい心がけだ。ここでは死なんて日常――。悲しむより、そいつらの金を奪うことを考えた方がいい」

 その言葉に、短髪の少女は眉を顰めつつ「泥棒……ですか?」

「泥棒じゃない。死体から掻っ剥ぐのは、この世界では罪じゃない。みつけた者が優先権をもって使用する。それが常識だ」

 常識、と言われてしまうと、それ以上は反論しようもない。短髪の少女も話を変えるつもりで「街はないんですか?」

「あるよ。むしろ、こんなところにいるような奴は犯罪者で、街から追放される罰をうけたか、オレたちのようなミドラーシュ……死体漁りしかいない」

 自嘲気味にそう語った後、少年はちらりと外をみて「雪が止んできたら、街までは案内してやる。だが、気をつけておけ。ここには助け合いも、それこそ警察もない。自分の身は自分で守る。油断した奴は死ぬだけだ。ヘーレムはすぐ助け合いとか、思いやりだのと騒ぐが、ここにそんな考えはない。打算的に利害でむすびつき、それが無い奴は、すべて敵だ」

 怖いことを言って、少年は立ち上がった。みると、雪の降り方が弱くなっている。また少年は、しっかりとすき間もないようにマントを身に着けた。

「オマエたち、右のこめかみを指で二回、叩いてみろ」

「わ! 何か出てきた」

 少女たちは視野の中に、半透明のモニタがでてきたことに驚く。

「ステイタス画面だ。一回叩けば消えて、二回ででてくる。自分のそれは自分にしか見えないから、たまに開いて自分のステイタスを確認してみろ。そこにGという項目があるだろ? それが今の所持金だ。おい、オマエ。手をだしてみろ」

 そう言われ、長髪の少女も恐る恐る手をだす。手の甲を上にして、それを下から少年は握ると「百をイメージしろ」といってから、上下にふる。

「お金が減った……」

「これが支払い。これが、うけとりだ」

 手をひっくり返して上下にふると、お金がもどってきた。

「手にマイクロチップが埋まっていると思えばいい。通用するのはデジタル通貨のみで、支払いや受け取りもこうやって行う。簡単だろ? 簡単すぎてよく盗まれるぐらいさ。今は転生特典で多少入っているだろうから、大切につかうことだな」

 そう真面目な顔で語った後、少年は徐に「若い女の手……。久しぶりに握ったぜ。へっへ」と、少女の手をにぎっていた自分の手を、べろっと舐めた。すでに手は放しているはずなのに、長髪の少女は汚いものでも触った、とばかりに手を振り、それでも足らずにスカートで拭く。

 短髪の少女は、ふと気になることがあった。

「デジタル通貨……、マイクロチップ……? あなたも転生者ですか? 私たちの世界のこと、よく知っているような……」

 少年はすでにマントで顔も隠し、わずかに覗く左目が怪しくニヤッと笑った。

「別に、転生者でなくとも、オマエたちの世界のことなんて、よく知っているさ。ここは異世界じゃない。未来――。西暦でいうと、二〇九二年だ」


 雪が止んでも、寒さは逆に深々と身に染む。

 少年に連れられて少女たちは歩くも、高校の制服だけでコートもなく、身を縮ませるばかりだ。

「この合羽でも着ておけ」

 少年からそういって差しだされた大きな布を頭からかぶっているが、とにかく「くっさッ!」くて、重い。しかも嫌悪感すら抱く相手のそれなので、指でつまむようにして、できるだけ体にふれないようにする。ただそれで風は防げるけれど、足元まで覆うほどではなく、底冷えは止めようもない。

「こ、ここが未来ってどういうことですか? 人類は? ほとんど滅びてしまったんですか?」

「学がないから、オレには大した知識もないが、十発以上の核ミサイルが世界で落とされた。核ミサイルが先か、寒冷化が先か、それは分からないが、とにかくそのころから地球は冷えて、核の冬だ。こうして雪が降り止む今は、夏だよ」

「こ、これが夏⁉」

 少女たちも驚くけれど、世界が激変してしまったことを、これほど身に染みて感じることもないだろう。

「未来って、科学技術が発展して……」

「ここではいつの頃からか、地磁気が消えた。核の放射線ばかりでなく、宇宙放射線がふりそそぐようになり、半導体をつかうような精密機械はすべて壊れたよ。地下であっても、すべて遮蔽できるわけじゃないからな。高度な文明……なんてものは崩壊したのさ」

「スマホやケータイは?」

「それが通信手段を意味するなら、手にできるぐらいの端末をもつのは不可能だ。それこそ放射線に影響されない部品をつかうと、さっきのウォーターベアぐらいの大きさがあれば、可能かもしれないが……」

 少女たちにとって、それは衝撃だった。

「放射線って、私たち、大丈夫なんですか?」

「外にいたって、すぐに死ぬことはないさ。これにも鉄線を織りこんでいて、多少の放射線なら防護してくれる。そういう事情もあって、街は地下だ」

 少年はそういって、マントと合羽を指さす。

「もしかして、人が街から出ないのは、ああいう化け物もいるから……?」

「生態系も激変している。急速にすすんだ寒冷化のせいで、多くの動植物も失われたが、さっきのウォーターベアのように、適応したものもいる。街には一部、生き残っているものもいるが、多くが狂暴化して、扱いにも困っているよ。とにかく今は多くの生物で、狂暴化がすすんでいる。それは人間も……」

 少女たちも眉を顰める。この少年は脅かそう、脅かそうとするかのようだ。

 少年は急にくるりとふり返って「オレはカイムだ。よろしくな」と、自己紹介をして、手をさしだしてくる。

 短髪の少女は、思わず手をにぎり返そうとして、先ほど長髪の少女の手をにぎった後で、手を舐めてみせた行為をおもいだし、慌てて手をひっこめる。

 少年は満足そうに「それでいい。これはよくある盗みの手口さ。握手するとき手の傾きを変えて、相手の金を奪う。相手の手は汚らしい唾液まみれ……とでも思っておけ」といって、少年はしばらく待つ。少女たちは薄気味悪さに腰が引け、言葉を返せずにいると「おいおい、こっちは自己紹介したんだ。そっちも返すのは、この世界であっても礼儀だぜ」

「……あ、私、ルミナ。安土ルミナです」短髪の少女はそう答えた。

「……私は、桃山ユノ」長髪の少女は、渋々といった感じでそう答える。

「ここでは名字を名乗ることは、ほとんどない。貴族とか、家柄を必要とする場合を除いて、下の名前だけを名乗っておけば十分だ」

 ふたたび少年……カイムは歩きだしながら、説明をつづける。

「ここでは、転生者(ヘーレム)ということは伏せておけ。ヘーレムには特殊能力が備わる……といった噂もあって、利用しようと近づく者が多い」

「特殊能力があるんですか?」驚いた様子で、ルミナが尋ねた。

「ステイタス画面のスキルをみてみろ。そこに転生特典が表示されているだろ。視線を合わせると使い方も示されるが……、使いものになると思うか?」

 少女たちは首を横にふる。

「この世界では、スキルによりできることも多い。人間も進化……いや、この短期間で、変化しているってことさ。だがスキルは武器になる一方、それは弱点にもなる。人に教えたり、知られたりすると厄介なことになるから、わざと変化球的な使い方をして、悟られないようにすることだ」

 一体、どうなっているの……。自分のステイタスをみられたり、マイクロチップを埋めこんだ憶えもないのに、手をふれただけでお金を移動できたり、まるでこの世界の仕様に合わせたかのように、自分の体もバージョンアップされた? 前の世界で死んで、そのまま転生してきたわけではないのかしら……?


「ここから街に入る。その格好じゃ目だつし、さっきも言ったように、転生者であることを隠す必要があるから、裏道をいくぞ」

 そういうと、瓦礫の中でぽっかりとそこだけ人の行き来があるようなマンホールがあり、そこを下りていく。

 二人が躊躇っていると「どうせ暗くて、パンツなんて見えないんだから、さっさとしろ!」と先に下りたカイムから、怒声がとどく。渋々下りていくと、かつて下水路だったのだろう。使われなくなって、しばらく経つにしろ、こびりついた匂いはとれないらしく、仄かに悪臭がただよう。なるほど、こんなところを歩いていたら、彼のもつ合羽が匂って当然だ。

 ただ風が止んだだけでもあり難い。真っ暗な世界では、カイムのもつカンテラだけが頼りだ。しばらく上へ、下へ、右へ左へと迷路のようなところをすすむと、やがて光がみえてきた。そこは地下というには広くて、巨大な空間があった。

「ここはかつて地下の遊水地としてつくられたそうだ。今では生き残った者が安心して生活できる、唯一の場だよ」

 巨大な柱が天井を支えており、そのすき間に何層も、連なるように木造の建造物が並んでいた。ただ、木材は寄せ集めのようで、素材も色もばらばらで、バラック造りの戦後の掘立小屋のようだ。

 カイムはその奥の一つのドアに入ろうとすると、中から一人の女の子が出てきた。

「お帰りなさいませ、カイム様❤」

 満面の笑みと、愛想のよさではあるけれど、それ以上にルミナもユノも驚く。

 碧くて長い髪と、透き通るほどの白皙、黄金比によりバランスよく配されたパーツなど、間違いなく絶世の美女だ。大きすぎることもない形のよい胸がその谷間を少しのぞかせ、おへそと太ももも露わなど、セクシーさもこの上ない。

 その少女は背後にいる二人をみて、急に冷めた目になった。

「あぁ……。また拾ってきたのですか?」

「犬や猫みたいな言い方をするな。転生者だよ。この世界のこと、教えてやってくれないか?」

 渋る少女だったが、カイムがその両手をとって「頼むよ」と懇願すると、少女は頬を赤らめ、デレッとした様子となり「もう……仕方ありませんねぇ」と、甘えた声で承諾してくれた。

 夫婦? 恋人? 二人の関係は微妙な感じだけれど、親密ぶりは伝わる。碧髪の少女は、ちょっと嬉しそうにしながら、二人にも話しかけてきた。

「その格好では目立ちますから、私の服に着替えて下さい」といって、二人の少女を家に招き入れる。外見はバラック小屋だけれど、恐らくその少女がきっちり手入れしているのだろう、中は掃除がいきとどき、清潔にしているのも好感がもてた。

 地下に入ったことで、暖かさを感じるものの、少女のような露出の高い服は、中々ハードルも高そう……と躊躇っていると、やや背の高いルミナには中国の拳闘家のようなものを、ユノには白いドレスのようなものを準備してくれた。

 碧い髪色もそうだけれど、少女の服装も、彼女たちに準備してくれた服も、まるでコスプレのようだ。

「あの……あなたと彼の関係は?」

「私はカイム様の、ラブドールです❤」

 衒いも、躊躇いもなく、碧髪の少女は嬉しそうにそう答えてみせた。この世界は一体どうなっているのかしら……? ルミナもユノも、改めて自分たちの常識が通用しない世界に来たのだと、思い知らされるのだった。

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