第16話 交錯する夏の線 7

 時間がもうない。私は今、そう思った。

 いつもなら白いベッドに寝そべって、味気のない天井を見上げ、そろそろ自分は死ぬんだなぁ、なんて思うはずなのに、今日に限ってはどうしてか自分には時間がないことを自覚した。だから、私はベッドから離れた簡易な机の上に載せている携帯を手に取り、慣れた手つきで電話の画面に移った。そして、電話履歴の画面で少し立ち止まる。そこには灰ヶ崎君と言う名前がずらりと並んでいる。

 そういえば、灰ヶ崎君とここ数週間で何回電話したかなぁ。もう、二日前の夜ご飯を思い出すように、記憶にない。でも、電話をしていて心中のどこかには安堵をした記憶はある。

 今、灰ヶ崎君は何をしているんだろう。

 あの不信感の目を持って、音楽でも聴いているのかな。夏休みの課題をやってるのかな。どこか街を歩いているのかな。

 それはわからない。当然だ、私の目は人工衛星のように上から見ることは出来ないのだから。

 あぁ、だめだ。そんなことを考えれば、余計に灰ヶ崎君会いたくなってきた。どんな些細なことでもいいから、彼の声を聴いて、笑いたくなってきた。

「私、なんか変だなぁ」

 灰ヶ崎君はそういうのじゃないのに。私と灰ヶ崎君はあくまで……。

「こんなのは間違ってるよね。お姉ちゃん」

 そう、間違ってる。それは間違っている。

 だから、私はこれが最後だからって、一人呟きながらも、灰ヶ崎君と書かれた画面をタッチして、コールボタンを押した。

 灰ヶ崎君は四コールしないうちに出た。その声はいつものように何か無理しているような声で。本人は平常を取り繕っているつもりなのかもしれないけど、私にはバレバレだ。灰ヶ崎君は嘘がきっと下手なのだろう。でも、その嘘はとても私には優しい。だから、彼の優しさも今日で終わりにしよう。もう、灰ヶ崎君は他の誰でもないのだ。私は気づいてしまった。

 電話越しから、なにやらポップスな音が聞こえる。

灰ヶ崎君はきっと今、どこかにいるのだろう。でも、彼にはそんなことが関係ないかのように、「すぐにそっちに向かうよ」とだけ言い残して、電話を切った。

 申し訳ないなぁ。

 私は電話の画面を眺め、そう感じながら、重い足を運び、準備にかかった。


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