第13話 交錯する夏の線 4
揺れる電車。
普段なら、手すりを掴まなくてはバランスを崩しそうになるのだが、今日はその心配は不要のようだ。
なにせ、今日は満員御礼。だから、よろける心配もない。
しかし、地方民の僕は満員電車に乗り慣れていないので、ついつい知らぬ間に疲れが蓄積していき、それがため息の形で出てくる。
世間的には平日だというのに、人が多い。ほんとに多い。年々に我が国の人口比率は下がってきているのかと疑念を持つほどに、多い。
だが、そんなことを気にしていてはおそらくこの世界を生き抜くことは不可なので、なるべく目的の駅に着くまで、ただただ流れゆくビルや木々の光景を目にすることにした。
車内に乗る皆が、同じ駅に降りる予定だったのか、雪崩のように一点、扉に向かい人が流れる。僕はそんな自然現象(ある意味では自然現象)には逆らうことが出来ずに、人ごみに呑まれては電車を降りることにした。ただ、当駅は目的の駅だったので、結果的には変わりがなかった。
ここは下平中央駅。
多分だけど、ここらの県では一番大きな駅だと思う。駅近くには多くのショッピングモールがあり、オフィス街があり、大学があり、観光地がありと、逆にないものを探すことが難しいぐらいに何でもある。
僕は人に満ちたエスカレーターを横目に見ながら階段を上っていく。階段は横幅がエスカレーターの数倍とあるのに、誰も上り下りはしていなかった。
階段を上りきると、僕は腕時計を確認し、時間を見る。
現在の時刻は十時二十六分。
約束の時間までは後、四分だ。
少し早歩きして、僕は迷路のような駅を抜けた。
改札口を出た後の、空気は美味い。
僕は深呼吸しつつ、あたりを見渡す。
今日、僕は色原とここで落ち合う約束をしている。理由は色原の進路相談。すなわち、大学のオープンキャンパスに行くというわけだ。
「おーい!」
聞きなれた声が右方から聞こえてくる。
声のするほうへ、顔をそちらに向けると、そこには色原がいた。真っ白の服に、柄付きのスカート。スタイルも顔立ちもいいので、抜群に似合っている。
「おはよっ、灰ちゃん! 今日は時間通りだね!」
元気よく、色原は手を挙げる。
あー、これはいつもの流れだ。
「いつも時間通りだと思うけど」
「えぇ、いつも五分ぐらい遅れてくるじゃん」
「そうだったかな……。って、最初のこのやり取りは大事なの?」
「大事だと思うよ!」
「そうなんだ……」
そうなんだ……。まぁ、最初のやり取りをルーティン化するのも重要か。いや、重要かな? 別に、重要じゃないな。
「じゃあ、早速行こ! 灰ちゃん!」
「そうだね。行こうか」
元気ある色原の姿を見て、僕は素直に頷き、肩を並べて歩き出した。
この駅から近辺にある大学は専門学校を含めれば、数えきれないほどではないが、まぁ、かなりの数がある。その多くの中から僕たちが向かう大学は比較的にこちらの地方では難易度が高い私立校の文系キャンパスだ。
「ねぇ、灰ちゃんはさ、いくとしたらどこの大学に行く予定?」
高いビルでできた陰りの部分を歩き、色原は手でパタパタと首元を仰ぎながら、僕に聞いた。
そうだな。まぁ、仮に大学に行くとするなら。
「陽キャとリア充のいない大学かな」
「そんなのないから⁉」
色原は驚愕するようにして答える。
そうなんか。そんな大学ないんか……。まぁ、それはそうか。陽キャもリア充も勉強できる奴もいて、できない奴もいるもんな、うん。
「てか、あれだね。色原って、成績良かったんだね」
話を変える様にして、俺は色原に話を振る。
そういや、あんまり考えたことなかったのだが、色原の向かう大学は先ほども述べたが、かなり偏差値が高い難関私立校だ。要は、そこいらの学生じゃ、簡単にパスできるほどやわではない。無論、色原は単に興味があるだけで、オープンキャンパスに向かっているのかもしれないが、それでも僕を連れていく以上はそれなりの意志と実力はあるのだろう。
「まぁ、あたしはオールマイティ? って、言うのかなぁ? とにかく、苦手な科目がないから!」
「あんだけ英語が壊滅的だったのにね」
「そ、それは過去の話だから! 過去形だから!」
色原は過去の辱めを思い出すようにして、少し顔を赤くした。まぁ、確かにそれは過去の話だ。色原もかなりの努力をしたのだから、そのことを咎めるつもりは一切ない。
「まぁ、色原なら普通に合格できるよ、多分」
「むー、ならせめて断言してよ。断言」
「多分できる」
「あたしの話聞いてた⁉」
はたまた、驚愕の声が聞こえる。
僕はそんな声に微笑を顔に作りながら、ビルの角を曲がった。
「そういえば、色原は大学に入った後は進路決めてるの?」
「あたし? うーんっとね、あたしはレコード関連の会社に入りたいな! で、色々なバンドの人たちをプロデュースしたり、CDのパッケージをデザインしたり、とにかく音楽関連の仕事に携わりたいかな!」
「はっきりと決めてるんだね」
「うん、やっぱり音楽が好きだし」
「それはいいことだね」
僕は色原の将来像に対し、心の底から感心して、ふむふむと頷いた。
やっぱり、人生に目標があったり、決意があったりするのは本当にいいことだと思う。大半の人はそういうことを見つけ出す前に死んでしまうのだから。
「ねぇ、灰ちゃんはさ……」
色原は小さく声に出して、僕を見た。その目はどこか、いつもの色原の持つ色彩より澱んで見えた。
「どうかした?」
僕は何気ない顔でいつものように呼応する。
すると、色原は少し動揺具合を見せながら。
「あっ、えっとね。いや、ごめん! やっぱり何でもない!」
言いたかった言葉を打ち消すようにして色原は手を振った。
「あっ、それよりね。ほらっ、キャンパスが見えたよ!」
ドギマギしながら、色原は遠方に見える大学に指を差す。
「あぁ、ほんとだね」-
僕はその言葉に首肯しながら、色原が何を言おうとしたのかを考えた。
でも、そんなことは考えるまでないとすぐに気づき、僕は色原の歩調に合わせながら、小さく目に見えるキャンパスを目指した。
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