第10話 交錯する夏の線 1
がやがやと人の声と雑踏が聞こえる。
ここは下平中央駅。
あたしの住む市の中では一番大きな駅だ。だから、夏休みの平日と言えども、学生のみならず、サラリーマンや主婦、老人、外国人観光客で満ちている。
そんな多くの人が行き交う中、集合場所に早く来てしまったあたしは、改札口近くの腰かけ椅子に座り、コンパクトミラーで自分の身だしなみを確認しながら、灰ちゃんの事を考えていた。あの風貌、そしてあの口調。
実は、あたしは灰ちゃんが好きだ。
どうしてって聞かれると色々と理由はある。灰ちゃんは優しいし、あたしとどこか考えや趣味が合っている気がするし、後、あたしのわがままを普通に聞き入れてくれる、他には……。多分、挙げればきりがない。ほんとにドン引きされてもおかしくないぐらいに灰ちゃんの好きな点はある。
だから、いや、だからなのかはよくわからないけど、あたしは灰ちゃんの変化にすぐ気づいてしてしまう。例えば、寝不足の時とか、他にもちょっと上機嫌の時とか。とにかく、あたしは気持ち悪がられてもおかしくないぐらいに、灰ちゃんの些細な変化に気づくことができる。ほんとに申し訳ないけど。
そして、最近。
灰ちゃんは少し変わった。
その変化の内容を具体的にするのはあたしには難しいけど、それは表面とかそういうのではない。きっと、どこか内面に変化が起きたんだと思う。
もちろん、人は時間の流れで変わることだってある。あたしだって、半年前の自分と今の自分を比べたら結構、変わったと思う。だから、そのことにおかしなことはないと思う。ないと思うんだけど、どうしてもあたしは少しずつ変わっていく灰ちゃんにどこか寂しさを感じていた。でも、この寂しさはきっと、距離感から来ているものではない。つまり、前の灰ちゃんじゃないことに寂しさを抱いているわけではない。あたしだって、さすがにそこまでの懐古厨なんかじゃない。だったら、どういうことに寂しさを感じているんだって言われると言葉にするのが難しい。けど、簡単に言うなら、灰ちゃんを変えている要因は少なくともあたしじゃないんだな、っていう寂しさ。つまり、妬みなのだ。そう、嫉妬。自分でも今のあたしはとても嫉妬深いなと思う。それも、そのうちリヴァイアサンと台座を交代するのではないかと言うレベルに。
別に、あたしは灰ちゃんを変えたいわけではない。あたしはそこまで人に強要したりする人ではない。でも、灰ちゃんのことを理解したいとは思っている。よく知って、理解して、深く共感して。そして、そのうちには灰ちゃんのことをわかってあげれるような人になりたい。あの目の奥に潜めている不明で、不明瞭な感情の正体を知りたい。
けど、その役割はあたしじゃないんだろうなって思う。きっと、あたしにはその役目が適任じゃないんだ。
では、灰ちゃんのことを諦めるのかと聞かれれば、あたしは全力で首を横に振る。それとこれはまた別々の問題だ。
確かに、あたしは今の灰ちゃんを深く理解してやることは出来ない。きっと、わかってあげることが出来ないし、何も共感をしてあげることが出来ない。
だから、あたしは待つ。
ただただ、灰ちゃんが変わりゆくまで待つ。
きっと、卑怯だと言われるんだろうけど。それでも、あたしは待つんだ。
あたしはコンパクトミラーを閉じる。
そして、腕時計で時間を確認した。どうも集合時間までは少しある。
あたしは透いた天井越しの青空を眺めながら、首筋にハンカチをあてて、灰ちゃんと出会ったときのことを少しだけ思い返してみることにした。
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