第4話 僕らの溝には何もない 1

『結局、何もわからない』

 誰かの声がする。

 僕はそんなことはないよと、強くその声に応える。でも、そこから何も言葉は返ってこない。トンネルの中で声を出したように、いつまでも僕の言葉は響いているだけ。

 本当に何もわからないのだろうか?

 僕は冷蔵庫のように、寒くて暗い空間を、前に進んでみる。その空間はまるで自身が目隠しをされているようで、辺りに何があるのかが全くわからない。唯一わかるのは、地があるということだけ。

 歩いている最中、僕は一体、何を考えていたのだろうか。暗闇の中は、時間も思考も奪う。僕はただ、脊髄からの命令を受けて、無意識下に足を動かす。僕はどこに向かっている?

 やがて、空間に明るみが見えた。それは小さな一点の灯り。世界が闇に包まれた中で、唯一に灯された蝋燭のように、儚く、明るい。 

その小さな明かりからは、誰かの背後が見える。でも、細かくは何も見えなくて、詳細は一切わからない。言えることは、ただそこに誰かがいるということだけ。

 僕はその背後に近づいていく。近づく度に、微かな光は揺れる。

 僕は手を伸ばす。光に、その誰かの背後に。

 けど、何かが隔てていて、僕はそれ以上、手を伸ばすことはできなかった。

 次は体を進ませる。でも、これ以上は進めない。何かが僕の前に立っている。これはおそらく、壁だ。大きな壁。木星よりも大きな壁だ。厚く、透明で、防弾仕様の。

 僕は壁を叩き、向こう側に立つ誰かに何かを訴えかける。でも、厚い壁は衝撃を吸収して、何も響かない。そして、手には何も痛みはない。

 そこで、僕は遅くして、ようやく理解することができた。ここが境目なんだと。そして、僕はそれ以上、先には行けないと。

 背後を見せていた者がこちらに振り返る。薄い光は口元だけが照らされていて、顔の全体が見えない。

 何か口を開いている。

 しかし、何も聞こえない。当然だ、この厚い壁は音をも吸収するはずだから。

 でも、僕はその口の動きを見ているとその誰かが、何を言っているかわかった。

 それは何度も何度も聞いている言葉。いまだに、僕を迷わす言葉。

『結局、何もわからない』

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