第2話 夏の始まり 2
夏休みに入る二日前に、私は医者からとんだ成績表をプレゼントされた。
そう、今月の診断結果である。
数値含めて、すべてが最低基準出ていると言い伝えられた。
私はある程度の覚悟はしていたので、それほど驚きはしなかったが、付き添いにいた顔見知りの看護師は私のその結果に同情でもしたのか、手で顔を抑えて泣きそうにしていた。
医者からはインフォームドコンセントがどうこうとかで、君に言わなければならないことがあるけど、伏せることもできると言われた。
あほか。そこまで言っておいて、伏せるもくそもない。ほぼ言いたいことを言っているようなものである。
だから、私はそのことがやけに腹立って、伏せなくて結構ですと、淡々と答えた。
すると、医者は「君は強いんだね」なんて、慰めにもならない言葉を言った後に、「実は……」と、今にもコマーシャルでも入りそうな尺を引っ張ってから、「余命は一か月もないかもしれない」と言われた。
そうなんだ。
告げられた時の私の心情はやけに焦りもなく、むしろ逆に清々しい気分だった。やっと、死ねて清々する。やっと、こんなつまらない生活から解放されるんだ。そんな気分だった。冷静に考えてみれば、おかしな話である。少なからず、私の知る余命宣告者と言うのは始めに何か焦りを感じて、慟哭して、やがては覚悟を決めて、死んでいく。そんなプロセスをたどると思っていたのだ。なのに、私はもう既に、いや、最初に病気を宣言されてから覚悟が決まっていたのだ。
これにはおそらく、理由は多々ある。けど、それらは簡単に一括して、私には残したものが何もないからだと思う。
そう、私には残したものは何もない。何一つないのだ。けど、当然やり残したことはいっぱいある。一般人並の青春を謳歌するというのもそうだし、世界に旅行に行ってみたいというのもやり残している。
でも、それは私だけがやり残しているわけではない。そこら悠々と生きる人たちですらも、やり残している可能性があることなのだ。だから、私はそれらをやらなくてはならないという強迫に近い観念はない。別に、できないこともあるか。そんな諦念混じり程度の思いだ。
私は医者の宣告を聞き終えると、一つ礼をしてから自室へと戻った。
自室に戻る次第に、私は白いベッドに向かってダイビングをした。そして、枕に顔を埋めて、死ぬまで私は何をしようかと考えた。
今まで通りにテレビを見ながら最後を迎えるのもいいし、そのまま窓辺の景色でも眺めながら死ぬのもいい。他にも、色々な死までの過ごし方は頭にあったが、どれで魅力的な過ごし方に感じた。と思ったのだけれど、一つだけどうしてか今になって、やけに心に引っかかることがあった。別に大層なことでもないのだけれど、そう思えば思うほどになぜか事が重大のように感じて、少しだけ焦燥感を覚えた。
まさか、私にやらなくてはいけないことがあったとは。
私は反転して、天井を見上げる。
でも、それを成し遂げるにはどうすればいいんだろう。
私にはわからなかった。
だから、少しばかりベッドの上でゴロゴロと転がりながら、熟考してみた。けど、中々におつむがよくない私にはその発想が浮かび上がってこない。
えー、どうしよ。
思わず私は声を出した。
どうしよ、どうしよ。
考えれば考えるほどに発想はなくなっていき、少しの焦りだけが増していく。
そんな時、ふと窓越しの風景が目に入った。そこには別にヒントとなるものは写っていないけれど、なんとなく外の世界から発想を得ようという気になって、私の発想の範囲を広げていった。
すると、一つだけふと忘れていた記憶を思い出した。
去年の頃だ。去年の、私がまだ学生だったときのこと。
その記憶の中と私が今、求めたくなったものがどこか似ているのだ。根本は何一つ似ていないけど、どこかあの目が、あの顔色が似ているのだ。
私の独断は計画性も緻密さ確信さも欠けているが、それでも構わないという気持ちで電話を手に取った。そう、私には時間がない。余裕はあるけど、時間だけはないのだ。だから、その強制的に作った独善的なシナリオを始めるために、私は連絡先から今回のパイプとなる人へと電話を掛けた。
『もしもし』
野太い声が聞こえる。
私はその声を確認すると、今日医者から話されたことをすべて吐き出すようにして話した。そして、『だから』とそれを言い訳にするかのようにして、私は一つの願望をした。
向こう側からの返答までには長い沈黙が続く。
やがて、それを打ち破るかのように雑音が響き、『わかった』と言う声とともに電話は切られた。私たちは本当に血がつながっているのかと思ったが、それは別に今は関係のないことだった。
私は携帯を閉じ、机の上に置いた。そして、壁時計の時間を見た。
まだ、時刻は午前のあたり。
今日、来てくれるかなぁ。
私はなんとなく、そんな乙女っぽい気持ちで、ドアが開かれるのを待った。
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