再び高谷先生の別荘にて

 僕は、懐かしい母の一文字一文字を丁寧に読んでいった。途中懐かしさで涙が出そうになりかけたがそこはぐっとこらえていた。僕が読み終えたのを察した先生は少ししんみりとした感じで話しかけた。

「懐かしいか。その文字。」

「はい。あの時の優しさが思い出されました。」

「そうかそうか。さて、話を戻すが君はお母さんの言っていたなぜ春が清々しく美しいのか。きみはどういうふうにとったかね?」

 実のところこれが確実なのかどうか自分では確信を持てる答えではなかった。でもこうかもしれないという考えがあった。僕はそれを先生に告げた。いつもなら怪訝そうな顔をして僕の意見を聞く先生なのだが今日は優しく微笑みながら聞いていた。そして先生はこう言った。

「ふむ。それが君の答えなのだな?」

「確かなものではないですがこういう感じなのかなぁという考えです。」

「それでもいいんだ。君がこの考えに納得しているのならね。」

「はい。」

「じゃあ、松本君。この考えをお母さんに伝えないかい?」

「えっ!いや、それは無理じゃないですか。だってお母さんはこの世にはいないのに。」

「君の頭は、時に水のように柔軟で時に石のように硬いのか。僕が言っているのは手紙で来るなら手紙で返しなさいということだ。」

「手紙で返す、ですか?」

「そうだ。今君が言った春が清々しく美しいわけを手紙に書くんだ。そしてその手紙をお母さんにあげるのだよ。」

「お母さんにどうやって渡すのですか?」

 先生は大きなため息をついて話を進めた。

「君にさっき2枚の手紙が届いたといったろう。これは、葬儀に関する手紙なんだ。僕のと君のだ。君もお母さんの葬儀に来てもらい棺桶の中にいれておくのさ。そうすればお母さんは天国でゆっくりとみられるからね。」

「そういうことだったのですね。ところで先生、なぜ先生が僕の分を持っているのですか?」

「君のお父さんからもらったんだ。お父さんはね、君に絶対来てほしいと伝えたかったみたいなんだが、どうやって伝えればいいか分からなかったみたいなんだ。そんな時、君のお父さんは叔父から君や君のお母さんの教授である私のことを聞いたらしいんだ。けっこう仲がいいということもね。お母さんの恩師にも来てほしい、それに教授を通してなら君にもしっかり伝わる、そう考えてこの2枚の手紙を送ったそうなんだ。」

「お父さんの思いを聞くことができたのは嬉しいです。しかし、僕が行ってもいいものなのでしょうか?元ヤンキーで全くコミュニメーションをとろうとしなかったこの僕が悲しい思いをさせたお母さんにノコノコと来ていいものなのですか?」

 僕は心の中にあった自分の悪い感情を先生の前でぶつけてしまった。先生は少し驚いた顔をしていたがしばらくして話し始めた。

「確かに昔の君はそうだったのかもしれない。私が言うことなのか分からないが、君は昔よりも心が成長していると思うぞ。心が昔のままなら君の言った考えは出てこないはずだから。」

「...。」

「松本君、この世を生きるすべての者たちが皆正しい道を歩みはしない。間違った道を進む人が少なからずいる。でも心のどこかに思いやりという火が消えていなければまた燃え出すんだ。そして正しい道へと戻すことができる。君はまさしくそうだったんだよ。だからこうして私と出会い、話しているのではないか。」

 先生の熱き言葉を受けてなのか、僕のデニムに涙の跡ができていた。慌てて涙をぬぐおうとした。しかし先生がぼくの両腕を掴んでぬぐえなかった。それでも先生は話を続ける。

「だから、胸を張って生きるよう努めなさい。これはお母さんもそう思っているはずなんだ。胸を張って生きる息子を見ることができることがお母さんの宝ともなるのだから。」

 僕は泣きじゃくりながら決意を伝えた。

「わ、分かりました。手紙と態度で、お母さんに、自分の想いを伝えます。」

 先生は安心した顔をして

「君ならそういうと思った。」

 とつぶやいた。

 

 その数日後、僕は二つ同じ内容の手紙を書き終えた。一つはお母さんに、もう一つはこの出来事を忘れないように。

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