万年青

「聞いたぞ! おめぇら、カピタンかぶれなんだってなぁ。働き盛りの男が何やってんだ! とっとと家にけえんな!」


 心底呆れた様子で自分達の前に仁王立におうだちの職人を見て、二人はあわてて布団の上から飛び出し正座した。


「それが帰りたいのは山々なのですが、帰る方向が分からなくて……僕らが倒れていた林はどちらでしょうか?」


 真が申し訳なさそうに尋ねた。


「仕方ねぇな……あっしも今からに使う木を採りに行くから、連れてってやらぁ。昨日は誰かさん達のせいで、仕事が途中になっちまったからよ」


「昨日は、大変おせわになりました」


 真が土下座をするのを見て、一樹も畳に頭をつけてみる。職人は、はあ、と大きなため息をつくと


「あっしは亀吉。ちょっと待ってろ! あんなカピタンの恰好じゃ目立つからよ。あっしの古着を貸してやっから」


 亀吉は足早に部屋を出て行った。


「あーどうなるかと思った。亀ちゃん、イカツイ顔だけど意外と優しいね」


 一樹は胸をなでおろした。


「お前、それ絶対本人の前で言うなよ」


  

 二人の学ランが干してある先には霧島屋の庭があり、一樹は、庭をしばらく眺めていたが、急に裸足のまま飛び出した。そして、植木鉢として使われているかめの前まで行くとピタッと止まった。

 真は慌てて二人分のリュックを取り、縁側の踏み石の横に置いてあった下駄を履いて追いかける。

 一樹が恍惚として見つめていたのは、甕に植えられた細長い葉。葉にはまばらに白い部分があった。


「やばいやばい……」


 やばいしか言わない一樹に真が尋ねる。


「白くなってる。これ病気か?」


「おバカ! 病気じゃないよ。いりの品種なの!」


「へー。……てか、なんでもやばいで表現すんな! だめな方のやばいと思うだろ」


「江戸のピーポーはね、珍しい葉の形とか、珍しい斑入りにテンション爆上ばくあげ! ってなったんだよ。でね、これは万年青おもとっていって、一年中青いからラッキーアイテムだって贈り物にされたらしい!」


 一樹が息も切らずに力説するが、この喋りのせいで真の頭には話が入ってこなかった。


「俺、こんな斑入りは初めて見たよ。これは父さんにも見せなくちゃ! カメラ、カメラ……」


 真が一樹のリュックを差し出すと一樹はファスナーを千切りそうなくらい焦ってカメラを取り出した。電源ボタンを押すが、起動しない。カチカチ と何度も押すが結果は同じ。もうっ! と怒るが、父と感動を共有したい一心でカメラをリュックに収め、次はスマホを取り出した。


「#江戸 パネェー であげちゃおー」


 とノリノリでスマホをいじっている。しかし、スマホもダメ。真も一樹の様子を見て自分のスマホを確認するが、同じく電源が入らなかった。

  

「おい、どこ行った?」


 亀吉は古着を持って来たが、二人が部屋にいないので辺りを見渡している。


「一樹! 亀吉さんが来たぞ。スマホしまえ!」


 真が小声で一樹に知らせる。


「えー、何でー?」


「いいから!」


 いまだに万年青に釘付けになっている一樹のスマホを奪い取るようにして 隠す。


「あっしの万年青を気にいるたぁ、いい目してんじゃねぇか」


 一樹の姿を見て亀吉が上機嫌で近づいてきた。スマホには気付かなかったようだ。


「これ亀ちゃんが育てたの? すっげ!」


 と一樹が言うと


「亀……ちゃん?」


 亀吉の額にシワができた。


「あっ! 亀吉さん、古着ありがとうございます」


 真が必死に亀吉の気持ちをそらす。


「あ? ああ、さっさと羽織っちまえ。あと、おきよさんがお腹すいてらっしゃるでしょうからってこれ」


 亀吉が竹の皮に包まれたおむすびと袢纏はんてんを二人に手渡した。


「あの、おきよさんとは どなたですか?」


 と真が聞くと


「ほら、おめぇらを世話してくれたあの婆さんだよ。あっ、いけねぇ……おきよさんに あっしが婆さんって言ったことは内緒だぜ! 雷が落ちっからよ」


「おきよさんって怖いの?」


 一樹に敬語を使えと真は注意しかけたが、


「ああ、そりゃあ鬼かおきよさんかってくれぇな」


「おきよさん、鬼と互角⁉ わぁ……怖いね」


 亀吉は怒る様子もなく一樹と話し続けた。


「あれ? 亀吉さんお出かけですか?」


 亀吉と同じ格好をした職人仲間らしき男性が話しかけてきた。


「ああ、木を採りに……。後、ついでにこいつらを家にけえしてくる」


 男性の あーというニヤついた表情に、すでにカピタンかぶれということで広まっているのか……と真は赤面した。


 


 

 二人は亀吉の引っ張る大八車を後ろから押しながら、大きな武家屋敷の前を通り、田植え前の田を横切り、林の中を進む。そこには桜が二本だけ咲いていた。


「これって遅咲きの桜だよね。あれ? じゃあ、もう穂木ほぎを採る時期じゃないよね」


 一樹が何気なく言った言葉で亀吉は大八車の後方を見る。


「さっきからやけに植木のこと分かってるじゃねぇか。さてはおめぇ、旗本はたもとの次男坊か? ……まさか、浪人じゃねぇだろうな」


 ――旗本では家督かとくを継ぐのは長男だけと決まっていて、次男以下は養子に行かない限りは、親、長男に面倒をみてもらう身。肩身の狭い長男以下は鉢植えを育て、お金稼ぎをする者もいた。


 一樹が持つ植物の知識の豊富さに、亀吉は感心を通り越して不信感を覚えたが、


「……いや、ねぇな! こんな髪のやつが武士のわけがねぇ」


 とケラケラと笑った。一樹はなぜ笑われるのか分からない様子だったが、真は一樹に説明をしないまま亀吉に言った。


「こいつは植木屋の息子なんですよ」


「へぇ、なるほどなぁ……。ふぅーん」


 何かを考えるように、亀吉が黙った。


「亀吉さん?」


「ん? ああ、すまねぇ。着いたぞ。ここがおめぇらが倒れてたとこだ」


 そこには、現代でも見たような小さい祠の後ろに岩穴があった。この時、江戸に来た時と同じように岩穴に入れば現代に戻れると、一樹は信じていた。

 真が亀吉に借りた袢纏を脱ごうとすると一樹もそれにならった。


「いらねぇ。着てけえれ。どうせ古着だ!」


 真は黙って会釈をした。現代に帰れるかはっきりしない不安感が真を無口にさせた。


「あざっーした。……間違った! ありがたき幸せっした!」


 一樹はペコリと頭を下げた。二人は亀吉が立ち去るのを見送ってから岩穴に入った。


 


 

 一刻いっこく経っただろうか。

 木をたくさん載せた大八車を引いて、亀吉が岩穴の前を通りかかった。

 岩穴の中で涙を流しながらおにぎりを食べる真と、おにぎりを食べながら真を励ます一樹を見付ける。


「おっ? なんでぃおめぇら! 子供みたいに……。帰れねぇのか?」


「そうなのー。帰り方がわかんない」


 一樹が困り顔で答える。


「あたぼうよ! そこはただの岩穴でどことも繋がってねぇ! おい、さっぱりわかんねぇのか?」


「うん、さっぱり」


 泣き続ける真の横で一樹だけが答える。


「おめぇらは、どっから来た?」


「トーキョー……あっ、あっ、あ、えっと江戸?」


「江戸のどこだ?」


 一樹は何て答えていいのか迷って、首を横に振る。


「植木屋の息子だろぉ、容易たやすいこった! 江戸の植木屋なんてそう数はねぇ。どうせすぐに見付かるだろ。だから……」


 亀吉が二人の肩に手を置いて言う。


「おめぇら、帰り道が分かるまで……うちで働かねぇか」


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