雨宿り


 真と一樹は東京在住で一応、同じ高校に通っている。一応というのは、一樹は普通科で学年でも目立つ方だが、真は特進クラスであまり目立たない。

 

 二人の接点は全くないはずなのに、帰りに出会うと一樹は真を寄り道に誘う。真にとって学校帰りに一樹に出会うことは、服屋で一人ゆっくり服を選びたいのに、店員に付いてまわられるようなものだった。


 真は一樹に、公園からつながる林道で花の撮影をするから付いてきてほしいとお願いをされ、断わったはずが、気が付くと家とは反対の方向に自転車を走らせ、春風しゅんぷうを切っていた。


「いや、マジ真君サンキューねー。付いて来てくれて!」


「付いて来てねぇ! つ・れ・て・こられてるんだろ!」


 先を走る一樹の耳に届くように真が叫ぶが、一樹は


「寄り道最長記録だね!」


 と楽しそうな声で返した。



 公園に自転車を置いて、ゆるい上り坂を進む。草隠れした切り株から芽吹いたひこばえが可愛く出迎えてくれた。

 

 一樹の家は父が植木屋、母は小さな花屋をしている園芸一家で、彼の話すことの 9割が花や草木の事だった。一眼レフを取り出し、所かまわず植物の撮影会を始めるせいで、一樹の学ランには小さな葉が無数に付いていた。


「これ、俺がいる必要性あるか?」


「えー! だって真君、誘わなかったらどうせ家で勉強してたっしょ!」




 

 30分経った頃、辺りが暗くなり、深碧色しんぺきいろに変わった葉に雨粒が落ちて、パタパタと音をたて始めた。


 どこか少しでも雨がしのげればと、二人は周囲を見渡し、木々の鬱蒼うっそうの中に小さなほこらと岩穴を見付けた。一樹は迷わず「マジ神!」と岩穴に走った。真はばちが当たるのではないかと心配したが、濡れるのに耐え兼ね岩穴に入った。


「そのリュック、一眼レフ入ってるのに教科書とか折り畳み傘は入ってないんだな」


 と真が嫌味を言う。


 雨粒にはじかれた葉があちこちでコクコクと揺れていた。眠気を誘う声だと評判の古典教師の授業風景に似てるな……と真は思った。


「僕が前来た時こんな岩穴あったっけ?」


 暇を持て余した一樹が呟きながら、身をかがめて岩穴の奥へと歩く。


「おい、頭打つぞ! 動くなよ」


 真が振り返った先には一樹の姿はなく、どんな光でも飲み込むような闇のみが存在していた。


「おい……一樹?」


 一歩、二歩、と不安定な地面を進む。

三歩目、ぐらりと揺れ、体勢を崩して倒れたが、真の体が地面につくことはなかった。

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