第8話 ミリエラと大人たち

「ミリーちゃん、そろそろ出かけようか?」


「はいなのです」


 わたくし事、ミリエラ・レイナードは、今年10歳になるインプレスの見習い冒険者です。

 背は低く髪の毛は銀色のミディアムツーサイドアップの女の子です。大きな荒事には、まだ参加させてもらえませんが、いずれは皆様のようにこのギルドの顔になりたいと思うのです。


 冒険者になったきっかけは、お兄様やお姉様が冒険者稼業をしておられるから、自ずと興味を持ちましたのと言うことにしておきましょう。


 本日は同じギルド員のカインさんと一緒に、おじ様のところでの事務仕事を仰せつかりました。よくある仕事で大体の事は卒なくこなせると思っています。


 カインさんとわたくしは……実は……。



 恋の相談をしてもらってる、お相手なんですの。



 わたくしの好きな人をご存知ですし、わたくしもカインさんの想い人を存じ上げているという関係で、みなさんお気づきになられてないようですが、お仕事でご一緒する際はよく相談をお互いにしております。


 わたくしがお慕いしています殿方は、もちろんジェナスお兄様なんです。


 思い起こせば、あれはわたくしが当時6歳だった頃、わたくしの住んでいた街が兵隊さんたちに襲撃されました。領主であったわたくしの本当のお父様やお母様は彼らに殺され、わたくしも奴らの慰み者になる未来しか思う事ができなかったそんな最中、颯爽と王子様のように現れたのがお兄様でした。

 お兄様は大勢の兵隊を、千切っては投げ千切っては投げ、本当にお強かったです。わたくしは見ていることしか出来ず、只々、わたくしを助けてくれるお兄様の無事を信じて涙していました。


 全てが終わった後、優しい声色で「大丈夫?」とわたくしを気遣ってくれて、当時、隻腕だった片腕のお兄様に、小さかったわたくしは抱きしめられ、地獄絵図と化した街を後にする事ができました。

 依頼主はお父様で、わたくしの保護などを頼まれたようです。


 聞いた話では、あれがお兄様の《刻印インプレス 》団長としての最初の任務だったとか……。


 こんな事があれば、お兄様に惚れるのは、女として当然だと思われるのですが……間違っているでしょうか!?


 わたくしも、今年10歳。かつてお兄様がギルドに入団され活躍された時と、同じ年齢にわたくしもなりました。

 冒頭で理由は興味を持ったからと、何となく感を出してはいましたが、実はお兄様に追いつきたい、お兄様がみているものをわたくしも感じてみたいのです。


 後、恋心もあります……。


 8歳の歳の差などあってないようなもの。ギルド入りはお父様には反対されましたが、お母様には「頑張んなさい」と背中を押して頂きました。


 ミリエラ・レイナードは、この恋を頑張ってみたいと思います。


 ですが、現在、恋の強敵がいらっしゃいます。


 それは、同じくわたくしの姉であるエリシアお姉様なんですよね。


 お姉様の過去も似たような経験をされたとお聞きしました。これでは惚れますよね。ですが、お姉様とは通じるものを感じてしまいます。


 恋の話では、お母様はどっちの味方もしないという方針のようで、相談はできませんの!?


 わたくしは、エリシアお姉様の事も大好きですから、この切ない胸の内をカインさんにいつも相談しています。



 カインさんのお好きな方は…………これは、内緒にしておいた方が良いでしょう。バレましたらわたくしはカインさんに意地悪されてしまいそうですし……。


 仕事場である総督府庁に向かいながら、わたくしは話しかけてみます。


「カインさん、ご相談よろしいですか?」

「どうしたんだい。ミリーちゃん、構わないよ」


「昨日、お兄様とお姉様が仕事終わりにお出かけされたようで……。


 わたくしも一緒に行きたかったことをお伝えしましたら、すごく困った顔をさせてしまいましたの。

 どう、お誘いすれば兄様を困らせずにお出かけできるのでしょう?連れて行ってもらいたいです」


「ん〜、難しい質問だね。団長はミリーちゃんと一緒に行きたいと思っているよ。気にせず誘っていいと……。

 ただ、昨日はエリシアちゃんの事があったから、気分転換に連れて行ったと思うんだけどね」


「そうなのですか?」


「うん、多分だけど困ったというのは、気分悪くしてるエリシアちゃんは、ミリーちゃんもどんな感じか知ってるよね。だからじゃないかな? 

 ミリーちゃんが嫌な思いをしないように考えてたと思うよ、僕は」


「確かに姉様は、ご気分がすぐれない時は、近づかないというのがレイナード家の家訓ですから」


「……家訓なんだね」


 後、と、小声でカインさんからアドバイスして頂きました……。


 そうなのです! 最近になりますが、少しずつではありますが、喜ばしいことにわたくしのお胸は成長してきています。



 以前、お姉さまとご一緒にお風呂に入った際、片膝をついて呻いていらっしゃいました。


 これが禁句だと言うことは理解しています。なので相談する相手は、お母様かマリーナさんかニコさんにしています。

 キュリオさんは……以前、お話してみたら会話中に寝てしまわれて。なので、このような真剣な話は極力避けていこうと思っています。




 そうこうしているうちに、総督府の建物が見えてきて、受付のお姉さんからおじ様のところにいく為の、カードらしき物を首にかけて頂きました。証明書という、これが無いと基本、中には入る事ができないという代物ですの。


 コンッコンッコンッっと3度、総督室のドアをノックをし、返事を待ってから奥にいるであろう、おじ様に向かって元気に挨拶をする。


「おじ様、おはようございます」


「ああ、おはよう! ミリーよく来たね」


 わたくしは手慣れたもので、おじ様の横にあるわたくし専用の小さい机に荷物を置きました。


 この机は、わたくしが来る時に、おじ様が普通の机や椅子では、わたくしの体格では辛いだろうと用意してくださったものです。普段はここには置いてないんですが、わたくしが仕事でこちらにお邪魔する際は、毎回必ず用意してくださっています。お気に入りの机です。


「おじ様、本日は、お招き頂きありがとうございます」


 と言って、スカートの裾を摘み挨拶をしてみました。淑女としては当然の振る舞いですわ。


「うんうん、今日も可愛いね。呼んだのはいつも通りの仕事だよ。わからない事があったら、いつでも声をかけてくれたらいいからね」


 おじ様はそう言って、わたくしの後ろにいたカインさんに目を向け


「カインは昨日の件だ。警備隊の方での取り調べに同席してほしい」


「なるほどね。ところで元副長、大事な事聞いていいかな?」


「ううん? どうした?」


「いや、実はマリーナさんから、僕の……その…………慰謝料のことで」


「!?」


「マリーナさんには、言わない約束だったでしょう。 ……おかげで朝から酷い目に遭いましたよ。トホホ」


「……国に請求が来たからな。俺も揉み消してやりたいが、何で慰謝料請求しそうなところを喰う!? 

 お前自身の話し合いで済むものにしとけよ……プロいけっ、プロ」


「それは、可憐だったから!? それとそういう事言ってると、ミリーちゃんに嫌われますよ」


 二人は会話をやめ、わたくしの方を見つめます。


「わたくしは、それについては何も理解しないようにしてますから、ご安心を。お父様がその辺りよく気をつけなさいと、名指しでおじ様、カインさん、ドランさんらの事おっしゃいますので……」


「レックスのやつ、娘に何言ってんだか。ミリーさんや、おじさんは違うからね。いつもそいつらに巻き込まれてた被害者だからね」


「しかし、僕がこの道に目覚めたのは、元副長の指導のおかげだと思っていたんですが……

 確か……僕を連れていけば成功率が上がるとか何とか。地方に行ったらいつも声をかけて頂きましたしね」


 そう言って、カインさんは舌をぺろっと出していた。前に出した手をプルプル振っておじ様は「違うから」と、一生懸命連呼しているが、男の人がそういうのを好きだというのは、お母様からも聞いている。いかに、男の人にそういった事させないかが、女の器量だと教えられているのです。


 現にお父様はそういったことはなく、お母様にベタ惚れだったということで、お姉さまもわたくしも、それを教訓としてお兄様には対処していますから、大丈夫です。多分……!?


「じゃあ、僕はいきますね。ミリーちゃん、適当に休憩入れながら頑張ってね。帰りはまた迎えに来るからね」


「はい、ありがとうございます。カインさんも警備隊の女の子に、ちょっかい出さないよう頑張ってください」


 仕事に向かうカインにエールを送ったつもりだが、カインさんは少し肩を落としながら、この部屋をトボトボと出て行かれました。




 さて、目の前に置かれた書類を整理したいと思います。


 まずは、町の声の集計でしょうか? これは町に置かれている目安箱の内容をまとめていく仕事です。

 苦情や改善して欲しいことなど町の人々の意見を集めた貴重なものです。これを各分野に振り分けてファイルしたり、各部署に対応を促したりと大変なのです。このグリンガムの町はロークランドの中では最大の人口がいらっしゃいますからね。



 目に止まった一枚の書類を手に取る。



『インプレスのジェナス様へ♡』



 こ、こここれは、また何処ぞのミーハーが出してきたようですね!? てて手紙の内容など見る必要もありません! ♡マークって何ですか! 即、焼却処分っっ!!!!


 お兄様宛に、このようなふしだらなファンレターは、かなりの頻度で送られてくるんですの。本当に困ったものです。


 まあ、お姉様やユウ兄様にも届いているんですが、ジェナスお兄様の分は、ええ、わたくしが渡したくありません。焼却炉行きの箱の中にサッサっと入れていきますっ!


 ビックリしますが、わたくし宛のお手紙も、送られてくる事があるんですの……!?


 最初、少し嬉しくて思わず喜んで読んでしまいました。そして、文の気持ち悪さと読んでしまった後悔とで、入団早々ではありましたが、挫折しそうになりました。


『ミリエラちゃん……ペロペロ』や『……の事を考えていつもパ○ツを脱いでます』とか、わたくしには変態さんのファンが多いようです。何やら町で大きい人たちが、ピンク色の法被という服を着て、建物の影から見ていることがあり、おじ様が警備隊を投入して一網打尽にされたとか。その際に『親衛隊』だと名乗られ、この町にはたくさんそういった方々がいらっしゃるから注意するようにと…………。


 お手紙は基本、お姉様やユウ兄様、他の団員さんには、そのままお渡ししていますが、わたくしとお兄様の分は、すぐにこの箱に直行しています。


 しかし、思いますが、お兄様のこの手の手紙は本当に多いですの。確かに女性のようなきめ細かな肌をされていますし、顔の造形もカインさん同様に整っています。失礼ですが女の子?っていってしまう人までいたとかいないとか。


 わたくしは知りませんが、お父様の代の時にお兄様は潜入調査で女装を披露されたとか……カインさんに聞いた時には、どうして映像など残せる魔道具などがないのか、その場にいなかった事を後悔してしまいました。是非、次回ありましたら必ず拝見するつもりですの。


 《刻印インプレス 》の2大イケメンと、あるローカルな雑誌には紹介されたこともあります。


 カインさんは見たままですが、お兄様は眼帯に、ギルド団長と有名な【閃光】などの二つ名から、王子様のような色男であるのにワイルドさもあり、そのギャップが女性の方々には堪らないのだと、わたくしどもは分析をしています。


 わたくしとお姉さまだけが知っている、お兄様の可愛いところ。このファンレターをホームに持って帰ると必ずといっていいほど、お兄様はこの反応をしてくれるというのがあるんですの。


 それは、ユウ兄様やドランさんにも、このファンレターは一応きます。たまにですが……。

 ユウ兄様は小さいながらも頑張ってる姿に、年上の方々(マダム)は保護欲が芽生えるようですね。まあ、主にドランさんは、飲み屋のツケの催促ではあるのですが……。


 ただ、こういう時のこの凸凹コンビはうまく噛み合いまして、ファンレターのないお兄様に対して、「あれれっ」と煽るんです。


 お兄様は怒られた時のシュンっとは違い、悔しそうに少し唇を噛み、シュンっとされるんですの。少し子どもっぽいところなんかもストライクと言っておきましょう。


 その可愛い仕草が堪らなく、その度にお姉様は、お兄様にきているファンレターを処分しているのはご存知ですから、わたくしの方に親指を立てグッジョブとサインを送ってきてくれます。

 良い仕事をした後は、自分が誇らしく感じます。


 実際、ファンレターの一番多いのはお兄様、そしてお姉様、でカインさんという順番なんですが、この事実を知っているのはわたくしとお姉様だけ……。


 ーーおっといけない、お兄様の思い出し回想で仕事が進んでいないですのっ!



 慌てて止まっていた手を動かし、次の手紙に目を向ける。



 ーーーーうん? なんですの? これは暗号なのでしょうか? 差出人は不明で《刻印インプレス 》宛できていますが……!?


 内容はさっぱりですね……A r n a s!? これはお名前なんでしょうか? 初めて見る文字がたくさんでよくわかりませんね? しかも手紙の最後に、何かを溶かして押された印章がありますの。


 今、インクなるものに浸して印章を押すのが主流でありますが、国や貴族などの公的な書類などは、このような古典的な印章が使われると聞いた事がありますが……。


 ギルド宛の名前のところは、現在使われている文字ですが、果たしてこれは??


 わたくしは気になり、おじ様に聞いてみました。


「おじ様、このようなものがうち宛に届いていますの? 何かご存知ですか!?」


「ん? 《刻印インプレス 》宛の手紙か!?」


「はい……そのようなのですが、知らない文字が使われていまして……気味悪く感じてしまいます」


「印章もえらく古いやつだな……。

 この文字は、確か古代のイング語!? だったか?

 大賢者の婆さんが昔、使っていたような気がするが……悪いな、俺では読めん。

 一応、ジェナスに渡して、あとでレックスらに確認を取ったほうがいいな」


「そうですか。わかりましたわ、おじ様」


「確かに気味が悪いな。Ar……アー、うん〜〜ん、あの婆さんにイングリ語かイング語だったか、ちゃんと教えてもらっておけば良かったな。俺は魔法とか術式なんかを使わないから、講義されそうになった時、逃げたんだ……」


 おじ様も大概、昔はやんちゃしていたようですね。そういうのはギルドの特色の一つなんでしょうか?


「お兄様にお渡しして聞いてみます、大賢者様がご存知の文字だとしたら、お兄様もお姉様も読めるかと。

その講義か何かにお二人揃って、首根っこ掴まれ引き摺られて連行されてる覚えが、わたくしには御座いますので……」


 わたくしはその手紙を焼却炉行きではなく、持って帰る方の箱の中にしまいました。


 不思議な手紙の、見た事ない文字で書かれた言葉……わたくしは何だか、嫌な予感めいたものを感じずにはいられませんでした。





 そうこうしているうちに、かなりの時間を過ごしていますの。お昼ご飯はニコさんの手作りお弁当を、おじ様と一緒に食べ、さらに机に向かって真面目に仕事を続けています。


「ふ〜、後はこの束だけですね」


 あんなにあった目安箱の書類も、この一塊の束だけになりました。この束はわたくしが、最後に残したうちの《刻印》に対しての感謝状なのです。


 仕事の終わりは気分良く終わりたいものですから、わたくしはいつも最初に分けた際は、このように最後に読ませて頂いています。


 ーーふむふむ、今日も嬉しくなるような、感謝の言葉がたくさんうちに贈られています。


 ありがとう。そんな感謝の言葉を見ているとお兄様たちは凄いことをされているのを実感致します。


 こちらには、昨日のお姉様に店を潰された店主さんが、これで新しいお店を持てますと感謝されています。

 おや、こちらのは多分、以前のユウ兄様の事だと思いますが、区画整理で困っていたのを綺麗にして頂いたと喜んでおられます。あー、立ち退きに応じなかった困った人たちの事ですね。

 遠い国からもお兄様宛に遺跡を破壊され、その事がきっかけで寂れてきた遺跡観光事業から生産産業の革命になったと絶賛のお言葉が綴られています。な、ななんと、名誉大使に任命されてるではありませんか! さすが、お兄様!!


「おじ様、今朝、マリーナさんに損害や被害の事で、皆さん怒られていたのですが……。お兄様たちへの感謝状がこんなに届いています。お兄様たちは、怒られるという事は正しくないのでしょうか?」


「あーーその、なんだ……金とかがな。


 ミリーちゃんには、まだわかりにくいかも知れんが、結果的には称賛されてるからな、あいつら。

 間違っているわけじゃないが……、難しいんだよ。大人の世界は……強いて言うなら『災い転じて福と為す』ってやつだ」


「……なるほど。さすがです、お兄様」



 わたくしも早く、皆さんに喜んで頂けるような、立派な破壊者にならなくてはなりませんね。

 確かに、マリーナさんのいうように、まだまだわたくしは子どもですから、早くマリーナさんに怒られるようになれれば、一人前って事なのでしょう。やる気が出てまいります!


 空が茜色になってまいりました。もうそろそろ皆さん、それぞれホームに帰ってこられるでしょう。


 わたくしは気合を入れ直し、残った手紙の整理をしながら、カインさんが迎えにくるのを待ちます。



 今日もミリエラ・レイナードはお仕事を頑張りましたの。

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