第6話 団員たちが、酷い
ジェナス・レイナードの朝は早い。
毛布を畳んで、顔を洗い身支度を済ませた後、母さんの用意した朝食を食べる。まだ、親父や他の兄弟たちは気持ちよく夢の中だろう。何とも羨ましい……。
昨日、夕食時に『お袋』呼びをし、俺はお袋であるクレアさんに、とにかくえらい目に合わされた。
『親父』ってレックスさんを呼んでんだから、どうしても『お袋』って呼んじゃうよな。
『お袋』って聞いたときのクレアさんは、どんどん目の光彩がなくなり、口元を引きつらせながら、背後に周り俺の顳顬こめかみに拳を押しつけグリグリとし出した。
「痛い痛い痛い痛いーーーー!!」
この人、魔法使いのくせして筋力めっちゃあるんだよな。俺の頭がヤバいことになりそうだ。
しかし、後頭部にあたる柔らかな感触に一瞬ドキッとするが、痛みの前には邪な気持ちは消えていく。
この体罰は今回だけではない。事あるごとにお袋と俺が呼んじゃうもんだから、その度に行われている我が家の名物だ。まあ、スキンシップみたいなものか。
「ジェーくん……ジェーくんが……また、不良になっちゃったよぉぉーーーー、お母さんのこと、『お袋』って虐めるよ〜!?」
クレアさんはさらに涙を滅茶苦茶に流しながら、訴えるもんだから、俺は下の弟妹たちからも
「「「「お兄ちゃんお母さん(ママ)虐めたらメッ!!」」」」と悪者扱いされることになる。
もうすでにグリグリで体力削られてるのに、精神面まで削ってくるとは、さすが前【雷帝】様。
ユウだって「お袋」って普段いない時は言ってたのに、どうやらあいつ向こうの中に何食わぬ顔で紛れてやがる。さっき目があったんだけど、あいつ逸らしやがった。
ーー「お兄ちゃん」って俺の後ろを付いてきてた、あの可愛かったユウはどこ行った!! 不良になったユウを俺が訴えたいです!
まあ、そんなわけでしっかり「母さん」と呼んでますよ。(当分は……)
親父はというと、俺に「パパ」と呼んでもらいたいらしい……。
昨日、初めて知ったがさすがに18にもなって無理だ。それを聞いていたクレアさんも加わり「わたしも、わたしも……」と「ママ」と呼ばせようとしてきたので、親父には悪いが却下させてもらった。少し親父がシュンとしていたが見なかったことにしておこう。
結局、「親父」、「母さん」で今回も収まった。
「行ってらっしゃい〜」
母さんに見送られながら、日が登ったばかりの朝の街を、自分たちのギルドホームに向かって歩く。
途中、リンゴが一つ空から降ってきた。リンゴを右手に掴むと、飛んできた方向から気の良い男が声を掛けてきた。
「よぉ、ジェナス。昨日のこと聞いたぞ」
どうやら昨日の出来事を知っているみたいだ。
「……ハルト、どうせ悪い話だろ? お前の耳に入ってる時点で、話が大きくなって伝わってそうなんだけど!?」
「はっ、まあな。建物がかなり潰れたってな。さすが破壊者様だよ」
「……はぁ、誰が言い出しのかねぇ。破壊者はやめてくれ」
【
最初は、ギルドに対して言われていたはずなのだが、いつの頃からか俺の通り名にされ出した。
元々付けられていた【閃光】という通り名以上に、そちらが有名になってきてるのは解せぬ。困ったものだ。
「悪い、わりぃな。まあ、どんな形であれ、お前らはレックスさんたちより目立っちまってるからな……。有名になれば騒がられるわっ! 俺としては親友が有名になるのは嬉しいんだぞ」
ワハハと、豪快に嬉しそうに笑ってやがる。
ハンスはこの町にきた時からの親友だ。体格は俺より大きいが荒事は苦手みたいで、一時期簡単なクエストを一緒にしていたが、こういった荒い職業ではなく、結局のところ家業である八百屋を継いだ。
毎朝、この前を通ると必ず市場で仕入れた、新鮮な野菜や果物を俺に投げてくるのが、彼の日課みたいだ。
「俺くらいになると、多少のお前らの噂では驚きもしない。まあ、今までに一番驚いたのはお前の……
その腕だろうなぁ。隻眼・隻腕のジェナスって売り出してたのにな」
と言って、俺の右腕をしげしげと眺めてる。
「ああ、これは俺も……親父やお袋も驚いてたなぁ」
そうなのである、斬られてなかったはずの腕が出てきた!? いや、違う、生えてきたという方が正しいか? ある日を境に、徐々に右腕が生えてきて、今では元通りになってる。
蜥蜴の尻尾みたいとかは言わないでくれ。
最初、自分自身でも気持ち悪いと思い、後ろめたい所があったが、うちの両親はあんまり気にしていない様子で、伸びてくる腕を嬉しそうに触ってた。全部治った時には、両親ともに「「やったー」」と手をあげて自分のことのように喜んでくれた。
本来、あり得ない出来事なのだ。
身体の回復には、体術系・魔法系や様々なものが存在する。その全てに共通するのが、体内にあるマナをスキルや魔法によって、活性化を行い新陳代謝を促進させることで治療を行う。
ポーションなどもその一部だ。
ポーションは予め、魔法の効果を凝縮してあるものを瓶に詰めてあるので、スキルや魔法を持ってない一般人でも簡単に使えるようになっている。
普通のポーションの値段はそんなに高価なものではないが、凝縮の密度を濃くしたものは密度の差により値段は上がる。特に一番上位になるEエキストラ・ポーションなどは、普通の人間には一生、手が届かないくらいの値段になると言われ、ポーション関連は全て教会関係者が独占しているのが現状だ。
ポーションの振り分けは、主に教会の神父たちが「お努め」慈善事業の一環として、各方面に配って市場に卸されている。
ただ、数ある回復系のスキルや魔法の中にも、先程の話のような、失った身体を元に戻すものは存在しておらず、ジェナスの身に起こったことは一部で奇跡と考えられた。
神話の中では、生き返らせる魔法なんかも記述が残っているので、調べる価値はありそうだが、ジェナスにとっては周りが気にしていないのであれば、深く考える必要はないと気にしないようにしている。
話は変わるが、またお袋呼びになってしまってたが、会話に出てきたら「母さん」に直そう。このままでは確実に、条件付でお袋って呼んで、グリグリとお仕置きされそうだ。
「じゃあ、今日も頑張ってこいよ。怪我だけすんじゃねえぞ」
「ありがとうな、ハルト。うちの母さんがきたらよろしくな」
「ククク、また、やったのか〜。こりねぇなー、おばさんがきたらマケとくよ」
どうやら、ハルトのやつ『お袋』呼びで怒られたことわかってるようだ。しかし、その『おばさん』呼びも彼女は認めていないような気がするが……。
「……それよりハルト、母さんにおばさん呼び、絶対するんじゃねえぞ!! じゃあな」
ビクッとして顔色が変わる。
親友の悲惨な光景を見たくないので注意しておいた。これで大丈夫だろう。
「わかった……じゃあな」
片手を上げ、ホームのある中央区の方に歩き出した。
町の中央を貫く大通りから1本、中に入ったところに、我が《
ギルドホームには事務所以外に居住スペースがあり、団員たちが生活をし暮らしている。部屋数は多く、俺らレイナード兄弟の部屋もあるんだが、仕事での泊まり込み以外は、親父たちの待つ自宅に帰っている。
両親や弟妹たちが寂しがるからという理由もあるが、俺もエリシアもユウもミリエラも、親父や母さんの弟子であり特訓や修行という要素もあるので、あちらに帰宅している。
ギルドホームの前を、箒で掃いている黒のメイド服の少女がいる。
髪の毛は薄い青みがかった色合いのショートボブの彼女は、ホームに寝泊まりしているホームメイドの女の子だ。メイドという言葉でわかるようにホームの清掃や料理なども彼女の仕事の一つである。
直接、ギルド依頼に関わることは少ないが、ホームの運営にはなくてはならない存在だ。
だって、俺ら……散らかす(壊す)のは得意だが、掃除は苦手な方だから……。
今年、16歳になる猫人族のニコが、せっせとホーム前に散らばっている落ち葉を集めている。
近寄るこちらに気付いたのか振り返り、顔を確認した後にニコッと歯を見せて、笑いながら元気な声が返ってきた。
「あっ、おはようございます。団長」
「おはようー。ニコ、えらいな」
と、短い挨拶をすませ、その脇を通り玄関に向かおうとする。
「いえ、これが私の仕事ですから〜」
と、ニコがちょうど真横を通ろうとした時に返事が来たので、左手で俺の肩くらいにある彼女の頭を、クシャッと撫でてやると「えへへ……」と嬉しそうに目を細めていた。
「また、あとでな」
頭から手を離したら「あっ」と小さい声が漏れ、残念そうな顔になった。何それ可愛らしい反応だ。
「アッ、そうだった。団長、これです」
「?」
「これっ」
と言い、グーにした両手の人差し指をピンっと伸ばし、頭の両サイドに持ってきた。
ーーなるほど……。
ニコが俺にサインを出してきた。
ツノを出している、つまりある人物が予想通り、御冠状態なわけね。
誰とは言わないが、ホームの中にいらっしゃる人はニコの目にもご機嫌ななめみたいだ。
知らせてくれたニコに小さくOKサインを出して、はぁ〜とため息をついた。多分、昨日の損害についてのことだろう。良い言い訳を考えながら、ホームのドアを開けた。
ホームの中に入ると、朝食の準備はある程度終わっているのか、ニコの作った料理のいい匂いが事務所に充満している。もう少ししたら全員揃い、一緒に食堂でニコの朝食を取るのが日課だ。
俺は朝早くに、母さんの作ったものを食べて出てきてるから、こちらでは軽く食するだけだが、エリシアたちは基本こちらで朝食を取る。少しでも寝てたいという本人たちたっての希望でこうなった。多分、今頃目を覚まして、身支度をはじめ、時間ギリギリにこちらに向かってくるだろう。
事務所の壁にあるボードには、依頼状況や経理に関するものなどがピンで止められている。
その横には実績を表すグラフなんかもある。
これらの整理や管理は、ホームで事務を担当している28歳のマリーナがやってくれている。マリーナは緑色のセミロングのワンカールという髪型をした巨乳の女性である。親父の代からの団員であり、皆んなのお姉さん的な存在だ。先ほどニコがツノを出して怒っていると報告してきた人物だ。
彼女がいつも座っている席には、可愛らしいウサギの模様の座布団しかなく、どうやら席を外しているのか彼女はいなかった。
嫌な事を避けて、食事時にツノの原因を話されるよりは、皆んながくる前に早めに片付けたい。そう思っていたのだが拍子抜けだ。
手持ち無沙汰もあり、何気に壁に張り出されている実績のグラフを眺めた。団員の名前が記載してある大判の紙を見ると、どうやら事故の件数を表しているようだ。
(何々……事故件数!? ユウのやつ、断トツ1位を独走してやがる……)
事故とは、つまりこれまでの被害件数だ。ユウの36件を先頭に、2位のキュリオが29件 、3位エリシアが25、ドランが20、カインが15、シメタロウが11となっている……。
俺はというと5件だ。ちなみに、見習いの10歳の妹ミリエラは0件で当然だ。
この数字が多いということは、始終何かを壊したりして弁償を余儀なくされているということ。
このギルドの悪名に繋がる元凶を、知ってしまったような気がした。
ーーだから、破壊者デストロイヤーや破砕者クラッシャーなんて不名誉な名で呼ばれるんだ。
挙げ句の果てには最近では【刻印】ではなく【烙印】だという奴も出てきてる始末。
ギルドでは【刻印】と同じように【烙印】も現在、世界共通の使用禁止用語になっている。ギルドでってことは、この世界にあるギルド協会に加盟している全てに、行き渡っているということだ。
前者は良い意味で、後者は悪い意味でだ。世知辛い。
5件という、思ったよりも自分の数字が低く安心したのか、事務の机に腰掛けながらボソッと呟いてしまった。
「……俺……少ない……優秀だなぁ…………。それに引き替え、こいつらときたら……」
思わず、うちの事務員と同じように表を見ながらボヤいてしまう。
「何を言ってるんでしょうか?マスター」
いきなり声をかけられ、ビックリしてしまい腰掛けてた机からズレ落ちた。
振り返ると真後ろに顳顬に青筋をたてた、この世のものとは思えない般若が、冷ややかな目で俺を見下ろしていた。
「おはようござい……ます」
玄関先の掃除を終えたニコが入ってきたのだが、異様な空気に当てられたのか尻つぼみに挨拶をする。
般若はキッと鋭い目線を送りそのままこちらに向き直るが、ニコは直立不動の体勢になって動けなくなった。蛇に睨まれた蛙のようだ。蛙というよりはリスなどの小動物の方がしっくりくる。
どうやら朝食の準備に向かえなくなったのか、若干涙目でこちらの様子を伺っている。
そんなことは露知らず、ホーム組たちが階段から降りてきた。
ドラン、カイン、キュリオは
「「「おはよう((ございます)ござ……)」」」と挨拶した後、状況をいち早く理解したのか、階段付近から三者三様に行動していた。
カインは流れるような金髪を、朝から指で弄りながら爽やかな顔をしていたが、危険を察して部屋の隅の方に上手く、身体を般若の視界に入らないように位置取る。あいつ、この状況でもさすがだ。
ドランはやれやれといった顔つきでそのまま階段の脇に立った。ある意味堂々としていて男らしい。
キュリオはまだ眠いのか、大きなドランの身体に、自分を隠してから舟を漕ぎ出した。
そろそろ、全員集合する時間だ。多分、レイナード弟妹も来る時間だ。
「マスター、本気でおっしゃってますか!?」
般若のマリーナは引き攣った笑顔のまま、光彩をなくした冷ややかな眼で尋ねた。
そこに間の悪い事に、予想通り、ユウたちも「おはよう」と入ってきて固まった。
ーーどうする?? ユウ!? 事故件数No1チャンピオン!! お前が主役だ。
と、思っていたらマリーナは話し始めた。
「マスター、説明してもよろしいですか? まずユウくん……」
「ユウくんの件数は群を抜いて多いです。それは事実です。本当に鬱陶しいほどよく壊してくれます。その為、クレーム件数もかなり多いです」
来た早々に責められユウのやつ、隣にいるエリシアの袖口を掴み、涙目になってきたぞ。そこまで言ってやらなくてもいいのでは? 弟をあんまり虐めんなよと思っていたら
「ですが、壊しているのは、いつも金額の低い物ばかりで、正直、気をつけて頂きたいですけど、他の方々に比べると、私には良心的とさえ思ってしまいます」
ーーん?
「皆さん、ご存知ないかもですが面白い結果が出ています。このグラフにある順位はもちろん、やらかしてしまった件数の表示で間違いありませんが……。
多いほどミスしてると考えても良いかもしれません。が、我がギルドに置いては、この件数の高い人ほど大した事はないんですよっ!」
ーーどういう事??
「別のグラフを見れば分かりますよ。ユウくんは歳と一緒で、まだまだひよっこです。」
机の脇にある紙筒を出してきて広げる。俺らもそれに目をやる。さっきの表とは順番がアベコベだ。
「これは損害賠償の金額のグラフですが、見てわかるようにユウくんは、件数の割りに金額はめちゃくちゃショボいんですよね」
確かにそのグラフでは、ユウのやつは誰よりも弁償金額は少ない。
ユウのやつ喜んで良いのか悲しんで良いのか、わからないような複雑な顔付きをしている。女の人にショボいとか言われたら凹むよね。思春期だもん……。
「次の順位で言うとキュリオさん。あなたは怠いや面倒臭いとか、任務中にも関わらず、睡魔に負けて寝てしまった為にミスするという傾向が多々あります。寝なければ回避できるものばかりです。
何ならその糸目のような目を接着剤で開けるか、目に掛かってる前髪パッツンしちゃいましょうか? 仕事中くらい、もうちょっとシャキッとして下さい。だから、通り名で『穀潰し』なんて不名誉な名前つけられるんですよっ」
叱られたキュリオは、初めて見たと思えるくらい、細目をパッチリ見開いてドランの影からこちらを見ていた。
「次はエリシアさん、現【雷帝】が聞いて呆れますよ。先代の【雷帝】に申し訳ないと思わないんですか?
昨日の件もそうですが、感情的にやり過ぎてしまう短所を直して下さい。
乳無しや貧乳って言われたからって実際、事実なんですから、全力で魔法使うなんて貴方、馬鹿なんですか?」
エリシアは唇を噛み「あるもんっ……」と小声で呟いている。先ほどとは逆に、ユウの袖口を掴みグイッグイッと何度も引っ張っている。ユウは離してくれとばかりの迷惑そうな顔しているぞ。
それはそうとマリーナは腕を組み胸を強調するように、サムズアップして見下ろすような目線を送っている。胸の話は、最近10歳のミリエラにまで抜かれるんじゃないかと焦って、結構エリシアのやつ気にしてるんだから、やめてやれよ。
可哀想なエリシアに、こりゃまた連れ回されそうだ。
「次、ドランさん。酒場や食堂で暴れて、何軒の優良店舗が被害に合ってると思ってます? お酒を飲むなとは言いません。私も好きですから……。でも、行く度に、暴れて潰して営業できなくなって請求がこちらに回ってきてる。こんな悪循環ありますか?
【狂人】って、カッコいい通り名みたいですが、実際は酒飲んで暴れるから狂った人って呼ばれてるだけでしょ。
昔からの流れで、何となく言いずらかったですけど、暴れないでください。プライベートの損害は今後、全部払わせますよ? それが嫌ならお酒やめてみますか?」
「いや、俺は……」
「断酒させますよ? 良いんですか??」
ドランの奴も酒の為に、ここは黙って状況を見送った。言い返したら間違いなく禁酒一直線だっただろう。さすが年の功だ。
ドランは観念して小さく「……はぃ」と力なく呟いた。
「次はカインさん、この数字何の数字かわかってますか?」
「ごめんね。マリーナさん! 僕は基本ミスはしてないよ。いつも優雅に華麗に仕事をこなしていると思うんだけどねっ」
そう言って髪を搔き上げる。絵になる男で27歳のイケメン。求婚されることも多いが……。
優男のカインは思いの外、優秀な団員だ。任務も卒なくこなしてるし、槍の腕もピカイチ。件数がある事自体、今日知ったからな。
「これ、女性からの被害届の数です。で、こっちが慰謝料とかその他の費用です……。さっきの酒飲みと同じような案件ですが、貴方の場合、これを任務の時間内にやっているので、さらにタチが悪いです。
もう名前もカインじゃなくて、通り名の通り【色魔】に変えられたらどうでしょうか? そうすれば、被害女性も減るでしょうし……。
プライベートと言って全部押し付けたいのに、護衛対象であったり、依頼者であったり、その取り巻きであったり……依頼料に関わることになるので、渋々出してるのが現状です。
理解してくれましたでしょうか? 特に地方への遠征では必ずこの件数が増えます。もう遠征の際はメンバーから外れてみますか?」
「いやいや、マリーナさん!?」
「何なら、アレをちょん切るというのも良さそうですね?」
あーっと、言われてカインの件数の心当たりに、俺は納得した。
それにしても今、恐ろしい言葉が聞こえたような気が……ちょん切る……アレを……アレって何を……。
隅の方に逃げていたカインは、顔を青くして脂汗を流しながら、自分の大事な部分を押さえていた。イケメン台無しだな、可哀想に。
「後、シメタロウさん。貴方はもう、商人やめてくださいっ!」
シメタロウへは容赦のない一言だ。単刀直入にズバッと切り裂いた……シメタロウは「辛辣ー」と言って血涙を流してる。
ところでシメタロウ、いつ階段から降りてきた? 俺、全然気づかなかった。気づいた人いたのか??
シメタロウは《調理師の紋章》を持つ、うちに所属する商人であり、作戦立案する参謀ポジションのやつだ。身体能力はそれほど高くはないが頭脳は高い。爆弾と呼ばれる道具を使って戦う。紋章も持っているが、違う職業を選択した言わば【ダウナー】というやつだ。
調理師をさせたら良いって?
確かにこいつの作る料理はうまいんだが、全部虫がメインの料理しか紋章の真価を発揮しないとんでも特化タイプの男だ。
後、小太りで影が薄いのと一人称を「小生」と言う痛々しいやつ。
「貴方が投資する度に、うちにダメージが入るんです。商人失格ですよ。
確かに実際の件数6位で少ないですが、商人として失敗した金額はこの6人の中ではずば抜けてるんですよ。もっと勉強してください」
あらら、32歳の大の大人が泣いちゃったよ。腕で涙を拭ってやがる……マリーナ怖え。
ふうふう、と荒い息遣いで、言ってやったってドヤ顔のマリーナがいる。周りにはダメージを受けた、愛すべきうちの団員たちが佇んでいる。
ーーあれっ、俺は?
言われてない自分に気がついて、マリーナが広げた紙を見てみる。
ーー……ジェナス……ジェナス……あれっ空欄だ。
「おっと、忘れそうでした! 最後は本命のマスターですね。覚えていますか? 先程、俺少ないって……後、こいつらときたらって、そこでため息ついてましたよね」
「うん……ちょっまてって! 本命って何だ、本命って。
実際、問題起こしてないんじゃないのか? 任務の遂行率も高いはずだし……正直、この5件って被害数の数字も見覚えがない」
「あらっ、断言して良いのですか? もしかして本当に気づいてないんですか? 胸に手を当てて考えてみてください。何なら頭でも……自分が行った悪行の数々を」
悪行って!? 胸に手を当てるがさっぱりわかんねえや?
「一ヶ月前の遠征って覚えていますか?」
「そりゃなぁ。それが何かあんのか!?」
はぁ、とため息を一つ付いてから尋ねてきた。
「どんな依頼でしたっけ?」
「
「ふむふむ。では、どういう流れで依頼達成しました?」
ーー何を聞いてるんだ?
「そりゃ、村人の安全確保を行い、隣町に移動してもらって、魔獣の進行を食い止める……為…………川を………………堰き止めて………………あれっ!?」
「ん? ん? どうしました? 声がだんだん小さくなってきてるんですが……」
ああ、マリーナのやつ、何か笑顔になってきてる。俺のほうは徐々に気がついてきた。これヤバいやつだ。
「さ、早く続き話してくださいよぉ。聞きたいですよぉ、私、団長の口から!」
思い出したーーーー。
ただ、魔獣の進行は予想していた日より二日遅れになった為、堰き止めた水の量が半端なくて、一気に流したもんだから、結果は河川の沿岸部で被害が尋常じゃなかったはず。田畑や村数個ごと全て消滅してしまった。住民の避難移動はしていたから、そちらは被害なかったが、物損に関しては遠征先の国からこちらの国に請求されてたわ。
つまりはアーノルドのおっさんから、ギルドに請求がきたってことか。
「……マリーナさん。そろそろ、朝食取らないと……今日の仕事も遅れるし、ニコにも申し訳ないし……」
団員たちが皆さん一斉にこちらを見ておられる……。
「…………2ヶ月前もファレスティナの王宮を半壊させたのは、何処の誰でしたっけ?」
「っ、ごめんなさい!」
俺はすぐさま、両膝を折り潔く土下座するのであった。
その後、金額の話もきっちりされた。
どうやら、俺の出費は、団員たちの全金額を足しても届かない弁償金額らしい。だから表に記入できない為、空欄になっていたという。
それともう一つ、この表は今年度分だけという、去年も凄まじかったという事実を、団員全員に話し出した。
全てを吐き出し終わったマリーナは、ストレスを解消できたのか、良い笑顔で「ご飯にしましょう」とようやくお許しが出た。
マリーナ以外の団員全員が朝だと言うのにもう、精気の抜けた顔になったのは言うまでもない。
「ニコ姉、おかわり」
ユウはさすが若さか、気分を入れ替え終わり、朝食のおかわりを頼んでいる。女子連中は食事しながら、町にできた流行の服屋や食べ物屋の話などで華が咲いている。
俺はと言うと、みんなより軽めの量を早々に平らげ、紅茶を飲みながら情報誌を読んでいる。
朝のひと時というのはこうあるべきだ。今日は特別だったんだろう。そんなことを思いながら、読み終えた情報誌を置き、ようやく食べ終わったのか、口元を拭いているマリーナに依頼状況の確認をしてみた。
「なあ、今日の仕事の予定はどうなってんだ?」
「仕事の依頼は3つ入ってます。1つはアーノルド総督から書類整理の手伝い。2つ目と3つ目はギルド協会本部からの依頼にはなりますが、採集と討伐ですね」
「おっさんとこと採集は何となくわかるけど、討伐は何の討伐?」
「グリンガムのC区画の地下に、大型のキラーマウスの大量発生で、調査と討伐をうちにしてもらいたいらしいですよ」
「えぇー、下水なの!? おいら臭いし、やだなあ」
真っ先にユウが嫌々しだした。それをみてエリシアも顔を顰めてる。
確かに、一件楽な討伐だと思うが思いの外、人気のない依頼である。
ギルド協会本部には、ずっと前に張り出していたのだろう。だが、誰も手を付けないからこちらに回ってきたという具合か!?
その理由は、ユウも言ってたが、下水内部ということもあり臭い、汚い、気持ち悪いの3秒子揃ったクエストである為だ。ジメジメした暗所に好き好んで行きたがる奴はいない。
ーーさて、どうするか!?
「とりあえず、下水の方はドランさん、エリシアさん、ユウさん、キュリオさんで行きましょう」
ーーどうやらマリーナの中では、振り分けが決まっているみたいだ。
選ばれた4人は何やらブーブー言っている。ユウもエリシアも俺が名前を呼ばれないのが、気に食わないのか恨めしそうにこちらを見てきた。
「で、総督府へはカインさんとミリエラちゃんで」
「了解だよ。ミリーちゃんよろしくね」
「はいなのです。カインさん」
ニッコリ笑顔で今日の仕事に挑む妹は可愛い。まだ、見習いだから危ない仕事は極力外したい。
(お兄様、ダメですか?)
仕事分けは、俺が言うと上目遣いに涙目で首を少し傾け、この台詞を言う妹の破壊力満点の攻撃を受けて、早々に撃沈されてしまう為、マリーナあたりに言ってもらうのが一番ベストだろう。
ミリエラとカインは、こういう時よくセットになる。女たらしと噂されるカインだが、団員や関係者には紳士的で、かなり頼りになるいいお兄さんだ。
女性大好きなのだが、手を出す心配もしなくていいし、何より気配り上手。それ以外の人だと見境なく、酷いことになるんだが……。
「で、採集はマスターと商人失格で行きましょう」
これでよしという達成感か、マリーナは仰け反りながら言った。
ーーえっ俺が採集!? 普通は討伐なんだけど……。別のシメタロウと組むのが嫌と言うわけではない。痛々しくて嫌とか断じて違うからな!
マリーナのやつ、商人失格って、せめて名前くらい言ってやれよ……。
案の定、口元のナプキンを咥えて引っ張っている。悔しガッテル。
「あっ、マスターはギルド協会長から、名指しで呼ばれてるんですよ。昨日の報告というか、まあ色々ですかね。なので、協会に寄ってから採集クエストに向かう感じです」
「わかった、納得した。
……ユウ、エリー悪いな、ご愁傷様」
まだ、こちらを見てる2人にそう言っておいた。
「ちぇー。良いな、兄貴」
「ジェナス、あの受付嬢は無視すんのよ。ぜーーーーったい、誘われても行っちゃダメなんだからねっ」
エリシアは終始、不機嫌にそんなことを言っていた。
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