第5話 弟妹たち

 しばらく走っていると区画の端の家の屋根の部分を蹴り抜いたのか崩れた家に到着した。


 ーーあのバカ、壊すんじゃねぇよ!


 と、うちにいるひとりの女性団員の般若顔を思い浮かべ、背筋に冷たいものを感じながらユウに対して毒づく。


 その屋根から斜面の下にある広場を見ると、黒いダガー二本を構えるユウと短い短剣をユウに突き出す賊とが対峙していた。


 ジェナスはユウが対峙してる以上、戦闘にしゃしゃり出ていくのもどうかと思い、先ほどの屋根の上であぐらをかき見物することにしたのだが……。

 広場の周辺には潰れた露店や散らばった商品などが、散乱しているのを見てため息をついた……。


 見物すると決めた以上は暇なので、今、自分が座っている壊れた屋根の修理費用と、潰れた露店数件の被害総額を頭に描く……。


 ん〜!? さらに、頭の中で般若の姿がハッキリと目に浮かんでくるし、こっちに近づいてくる……ヤバい!!!!

 できれば出費は控えたいが、この手練れの賊相手となるとユウでは仕方ないか!?


 と、一応、般若からの拷問の際には、優しくユウをフォローしてやろうと、できる団長としてのアピールを考えながらひとり納得していく…………。



 剣撃は続いているが、ユウのスピードによる優勢は揺るぎ無さそうだ。相手の方が遅い。

 ユウはヒット&アウェーを繰り返し、徐々に賊を少しずつ切り刻んでいく。賊は防戦一方で、巧みに短剣でユウの一撃をやり過ごしているが目は死んでいない。チャンスと見れば牙を剥く、そんな顔つきをしている。


 ユウの持つ《狼の紋章》は、スピードUPの効果が比較的出やすい仕様をしている。戦闘スタイルも重なってジグザグに動く移動と速度による攻撃は、俺でも対処になかなか骨が折れるだろう。


 それに師は俺と同じく剣聖の親父だし、8人兄弟の中では俺は親父達と一緒に仕事していた時から、ユウとエリシアはこの仕事に就く際に、親父とお袋からスパルタで護身術なるものや初級魔法対処法など二人に享受された。

 俺は剣術系、ユウは身体強化系、エリシアは魔法系に伸び代があったようで、一応、一通り冒険者としてギルドをしていく上で必要なものは身につけているつもりだ。



 戦況は変わらずに進んでいる。そろそろ決着がつくかと思われた瞬間、殺気は抑えているが目つきの変わったユウを見て、俺は慌てて注意をした。


「ユウっ!? 殺すんじゃねぇぞ!!」


「へっ??……兄貴??」


 ポカンと口を開けて、声のした方向を確認する。屋根にいた俺に気づいたようで目が合った。


 その瞬間を逃すほど賊は甘くない。すぐにユウとの劣勢の状況を覆すように距離を詰め短剣による連撃を繰り返し出した。


 ーーあのバカ、気をそらしやがった。声かけた俺が悪いんだけども…………


 と、心の中でスマンと謝罪しながら情勢を確認する。


 ユウは攻撃に関していえばかなりの技術を持っているが、如何せん防御についてはセンスがないのか全く成長しない。スピードを活かしたものと、お袋に教えてもらった身体強化による防御以外使えない。


 拙いと本人も思ったのかテンパってるし、見る見るうちに戦況は変化し追い込まれていく。


 ユウはバックステップで詰められている距離を引き離そうと、身体を左右に振りながらフェイントを交えてみるが、勝機と踏んだ賊の攻撃は手を休めることはない。


 何度目かのバックステップでようやく間合いを開けることに成功し、仕切り直しの準備に入るユウだが、賊はそれすらも見逃してはくれない。


 足の裏の方に力が溜まっている。多分ではあるが、縮地のような移動系スキルを発動させ、一気にユウとの距離を詰め決着をつけるつもりだ。


 ジェナスは崩れた屋根の中から、手頃な割れた煉瓦を掴むと、すぐさま賊の今まさに発動しようとしている足元に投擲した。


 足元に命中した賊は、足だけその場に残した状態で、スキルの発動影響もあり身体全体が前のめりにユウに突っ込んでいく。地面に顔から突っ込む恐怖からか、短剣を手放してダメージの軽減を考えたのだろう。


 見たままで言うと、低空を頭から飛んでいく間抜けな賊がそこにいた。


 結果は地面に顔をぶつけるより早く、前に出たユウの膝が賊の顔面にカウンターでクリーンヒットし、決着がついたようだ。


 伸びた賊を確認し、ユウも安堵したのか大きく息を吐く。


「ふぃ〜……」


「お疲れさん。ヤバかったなぁ」


「いったい誰のせいだよ……。兄貴が余計なこと言うから……!?」


「いや、お前……ありゃどう見ても殺しちまう勢いだったでしょうがっ!?」


 ーー俺は邪魔をしたかったわけじゃない。忘れてそうだったから釘を刺しただけだ。


「オイラはしっかりその辺り管理してんだよ…………(一応)…………。

 いつまでも子供扱いして……って、兄貴どうしてこっちいんの??」


 ボソッと何か聞こえたが気にしなくていいだろう。それよりも「こっち」とは?? と思った矢先に突然3ブロックくらい離れた東の区画からドッドッドッドッドドーーーーと、轟音が鳴り響き煙の柱が空に向かって伸び出した。


 俺たち二人は目を丸くし、煙の立ち上がる方向に釘付けになる。


「ありゃ〜、あれ絶対、姉御だぞ!! 兄貴っ!?……1区画か2区画、まるまる逝っちまってそうだ……ぞ……」


 と、起こっている状況を申し訳なさそうに説明を、俺にしてくれた。



 俺は、と言うと空に昇る白煙を見た瞬間に、帰ったら間違いなく般若に首を絞められるであろう、そんな未来を想像してしまい、その場で頭を抱えて膝から崩れ落ちた。




 今回の依頼内容はこうだ。


 ロークランド連合国家の総督であり、現グリンガム大府長であるアーノルドのおっさんから、総督府庁内より盗み出させる機密文書の奪還と、賊として府都内部に潜り込んでる奴らを一網打尽にする事、またそのバックについているであろう貴族や国家を炙り出し証拠を見つけるといった、俺ら《刻印》とロークランド衛兵隊とグリンガム警備隊との大掛かりな共同作戦であった。


 アーノルドは親父の代で《刻印》の副長を務めた堅実なアーチャーだったが、親父の引退を機にグリンガム大府長選挙に当選して、そのあと36府の頂点になった人望のある人物だ。昔から「アーノルドのおっさん」と呼んでいたから今でもそう呼んでいる。


 ーーただし公の式典や会議等ではきちんと「アーノルド総督」と呼んでいるぞっ!


 衛兵隊は国の軍隊みたいなもので、警備隊は各府の警察みたいなものである。


 グリンガム大府都内部から人っ子ひとり出れないよう検問と監視、及び他国からの援護や増援を警戒しこれにあたったのが衛兵隊である。


 警備隊はこのグリンガム大府内の町中に巣食った組織の壊滅・捕縛と府民の安全を目的に動いていた。


 俺らは文書を盗ませた賊を追跡し拠点の割り出し、そのあとは衛兵隊と警備隊に任せて、フォローに回るというのが、俺らへの国と府からの依頼だった。


 つまり警備隊に任せた時点で俺らの依頼はほぼ終了だったのだが、組織の拠点より5人ほどの黒い衣装を着た、明らかに怪しい奴らが別行動をしだしたので「見つからないように」追跡を開始した。

 理由としては、別の拠点がある? か文書の移送? を疑った俺らは、町中を数人に別れ尾行をしていたというわけだ。


 この餌の機密文書にも問題があった。普通ダミーの文書にするのだが、信憑性を餌として重要度をあげ、短期にアクションを起こさせるよう敵を混乱させる為に、アーノルドのおっさんは本物の文書を使いやがった。内容はとびきりマズいやつらしい…………


 この事実を知ってるのは、俺らだけというおまけ付きで…………。


 盗んだ奴らも持って帰って確認したら、とんでもない内容だったので焦ったのだろう……慌てて雇い主に連絡を取ろうと行動に移したといった感じだ。


 まあ結局、尾行はバレて二人はその場にいた団員のカイン・クリストファーとシメタロウ・ボンズ、義妹で10歳のギルド見習いであるミリエラ・レイナードによって確保できたが、残りの3人が逃走を計り、それを俺とユウ、エリシアとドラン、キュリオが捕獲に向かったというのが流れだ。


 俺、エリシア、ユウ、ミリエラ、カイン、ドラン、キュリオ、シメタロウが実働部隊で、後、般若を入れた2人がギルドホームにいる。この10人が現在のギルドメンバーだ。


 親父とお袋やアーノルドなどの代で、辞めた前メンバーは5人全員、名誉顧問って立場で今でも関わってはくるが……。

 他にも鬱陶しい大賢者と呼ばれるババアや前聖女のおばさんとか、顧問はたくさんいる……350年の歴史あるギルドなだけに。



 賊達を警備隊の連中に引き渡し、任務完了の報告をしに総統府の長官室に行くと、頭を抱えた顔色の悪いアーノルドのおっさんの姿があった。


 多分、崩れ去った町の被害報告でも受けてるんだろう……。


 今回はまだマシな方であると思ったが、それは伝えず心の中で手を合わせ、おっさんに対して「ごめん」とだけ思うようにした。


 そのあとは、エリシアの機嫌の悪い様子を理解する、心優しい他の団員たちにギルドホームへの報告は任せ、俺は心優しい彼らに生贄にされて、ご機嫌斜めのエリシアを甘味処でのやけ食いの相手をさせられるハメになった。

 まあ、般若に直接会わずに直帰で帰れるのだから、これで良かったんだろう!?


 エリシアは賊から心無い言葉を言われたようで、甘いものを食べながら愚痴を聞き宥めていく。



 俺とエリシアは寄り道した後、家族の待つ家へと向かう。


 もう西の空は真っ赤になる時間帯だ。大府都の外周部にある我が家までの道を、流れる小川に添いながらエリシアと共に歩く。

 エリシアの怒りも治ったのか終始笑顔で俺の隣を歩く。


 この帰路に味わう、夕焼けに染まる風景の穏やかな時間が俺は好きだ。


 昔、仕事終わりに親父とお袋と手を繋いで歩いた道……。


ーー俺はあの頃から少しは成長したのだろうか!? 


 隣を鼻歌を歌いながら歩くエリシアに目を向ける。俺を追いかけてお袋の出した条件をクリアし、同じようにギルドに入ってきた義妹。

 エリシアと出会ったのは、親父達と仕事をしている時に訪れた村だった。訳あって燃え盛る炎に包まれた村から、奇跡的に救い出せた女の子、それがエリシアだ。


 最初は返事すらもしてもらえなかったが、いつしか本当の兄妹になれたと思う。「お兄ちゃん」といって後ろをついてきてた妹が、今では同僚になって…………


 ーーん? いつから、お兄ちゃんって呼ばれなくなったんだろう??


「エリー、もう大丈夫か?」


「ありがとう、ジェナス。おかげで元気出たよ」


「そか、そりゃ、よかった……」


 隣を歩くエリシアの手をギュッと握ってやる。


 手を繋がれたことに一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、エリシアのほうも、微笑みながらしっかりと握り返してきた。手を繋ぎながら彼女の温もりを感じ、歩くこと数分で我が家の姿が見えてきた。


 今日もいろいろあった……。


「「ただいまーー」」


 ドアを2人で開けると通路の先の台所から頭だけ出して、優しく微笑みながら出迎えてくれるお袋の姿があった。


「お帰りなさい、ジェーくんもエリーちゃんもお疲れ様ー♪ 

 ユウくんたちはもう帰ってきてるよ〜〜! みんなーー、お兄ちゃんとお姉ちゃんが帰ってきたよぉ〜!!」


 その言葉に反応して別の部屋から小さな可愛い弟妹たちが顔を出す。顔を出したのは4人で男2人と女2人、8歳のマルクと7歳のリンカと5歳のカルと4歳のメリーである。


「「「お兄ちゃん、お姉ちゃんおかえり!(なさい!)」」」


「ただいまー、いい子にしてた? そだみんなにジャジャーン!! お土産があります〜。ただし、晩ご飯食べ終わってからねっ!!」


 甘味処でケーキをお土産に買ってきたんだった。


 ウィンク付きの笑顔で子供たちに、土産の話をするエリシアに目を奪われる。その姿はお袋を見ているようだ。母性っていうのか……


 あれっ、鼓動が早くなった。エリシアの顔を思わず見つめてしまう。


 ーーいかんいかん! 煩悩退散煩悩退散……。


「わーい」と喜ぶ弟妹たちの、その屈託ない笑顔を見てると心が洗われるようだ。


 ーー良かった、すぐに洗われてくれました。


 邪な気持ちを吹っ飛ばし、こっちまで笑顔にさせる弟妹たちの頭を、クシャクシャにエリシアと2人で撫でまわす。


「兄貴たちもおかえり」


「お兄様たちもおかえりなさい。今度はわたしも一緒に行きたいですっ!」


 と、先に帰ってきたユウとミリエラがそれに交じる。ミリエラはどうやら甘味処について行きたかったようだ。


 ーーミリエラ、そんなにいいもんじゃないからね。


 可愛い妹を、エリシアの愚痴地獄に巻き込むのは躊躇われた為に誘わなかった。ユウはそのあたりわかっているのだろう、苦笑いだ。

 今度はお前に相手させちゃる。




 その時、背後の玄関のドアが開き入ってきたのは、畑仕事にでも行っていた親父も帰ってきた。


「ただいまーって、お前らも今帰りか! お疲れさん」


 弟妹たちが俺らにしたように、親父にも挨拶する。


「「「「お父さん、おかえりなさい〜」」」」


「……さあさあ、ご飯できたから、手とか洗って手の空いてる人は用意手伝って〜」


「「「「はーい」」」」


 もう後、数分で夕食が始まる。今日の出来事なんかを家族に話しながら…………。



 これが今の俺、ジェナス・レイナードの日常だ。

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