第4話 追跡

 屋根から屋根に飛び移る黒装束の背後を、同じように少年はため息を漏らしながら追いかける。


『尾行は気付かれないように注意する事』と、つい数時間前のミーティングで、団員たちと話し合ったにも関わらず、今この現状の追跡劇の開始は少年の呼び掛けは失敗した事を物語っている。


 ーーまあ、いつもの事だ。


 気を取り直して漆黒の丈のある上着を羽織り、左眼を眼帯で覆われた日焼けした頬を掻きながら前方を疾走している黒装束の賊に鋭い目を向け、腰に携えていた愛用の刀と呼ばれる片刃の剣を引き抜いた。


 スピードの方はどうやらこの少年の方が速いのだろう。どんどんと賊との距離を縮めていく。屋根の上を疾走する彼らの眼下には、何事もないようないつもの町並みの喧騒が広がっており、まさか屋根の上でこんな捕物劇が繰り広げられてるとは夢にも思わないだろう。


 近づく背後の存在に気付いたのか、詰められた距離を嫌った黒装束の賊は振り返り様、懐より取り出した投げナイフを数本、正確にこちらに投擲してきた。


 一瞬、日の光を浴びてキラッと光るナイフは全部で5本。5本のナイフを一度に狙って投げてくるところを見ると、この賊は盗賊関連のスキルでも持っていそうだ。盗賊関連だとしたら、注意すべきは神経毒や殺傷毒をナイフに塗布されている危険性があるかもしれない。

 刺さりでもすれば、追跡している賊を取り逃すだけではなく、うちの団員たちに、ここぞとばかり叩いてきそうだ。


 怪我への心配はほとんどなく、あくまでも仲間たちにミスを追及される事を避けたいと考えているこの少年はジェナス・レイナード。

 かつて、アーナス・ヴァリストンと呼ばれた欠落紋の【スティグマ】を持つ隻眼の少年も、もう18歳になる。


 ロークランド連合国家、グリンガム大府に拠点を置くギルド【刻印】の若き団長だ。


【剣聖】の称号を持つ養父の先祖ギノア・レイナードが350年ほど前に、ギルバート連邦に設立した冒険者ギルドがインプレスと呼ばれる【刻印】である。

 現在まで約350年間、S級ランクの地位を護り続けている老舗のギルドである。


 【刻印インプレス 】というだけで、人々はこのギルドの事だと認識できる程には有名で、有名税を払わなければいけないような事も多々ある。


 現【剣聖】の父親レックスと元【雷帝】の母親クレアの二人も在籍したギルドであり、ジェナスも10歳の頃からお世話になっている。

 二人は今、この町の片隅で養子にしたジェナスを含めた子どもたち8人と、畑を耕したり釣りをしたりして気ままに暮らしている。


 まだ、40代前半という若さでの二人の引退は、多くの人々から惜しまられたが、二人の意志は堅かった。

 魔術の酷使で身体的なダメージを抱えたクレアは、自身に子どもが産めない事を悟り、ジェナスをはじめ孤児を引き取り育てたいという願いを、親父がかなえる形で引退に踏み切り孤児院のような事をしている。


 元々、子煩悩な二人だから、子どもたちに対しての溺愛ぶりは相当なものだ。この年になっても溺愛されまくるのは、正直ジェナスにとって小っ恥ずかしく困った案件なのである。

 ギルドの名誉顧問という立場だけは残してくれているので、完全にギルドを辞めた訳ではないだろう。譲り受けはしたが、まだまだ彼らに心配されているのだ、守られているのだとジェナスには思えてくる。

 ギルドを譲り受けてからもう3年になる。

 当面の目標は、親父たちに早く、一人前だと認めてもらいたいというのがジェナス自身の願いだろう。


「叩かれる」のが嫌だと感じるのは、先代と比べられ人々に叩かれるのが嫌という意味ではない。メンバーである団員たちに叩かれるのが嫌なのだ。


 何しろこのギルドは元々創始者の知名度に輪をかけて、過去には【剣聖】【雷帝】【聖女】【大賢者】など数々の【トップ】と呼ばれるタレント持ちの人たちの在籍もあり、世界5大ギルドの一つに数えられる程の高い地位にいるのだが、ジェナスの代に変わってからは、更に輪をかけて有名になってきている。


 言いたくはないが、主に…………。


 今回は無難に終わらせたいというのがギルドマスター、団長としてのジェナスの思惑なのだが、どうやら不穏な空気を尾行の失敗で感じ取っていた。


 ーー厄介だな。


 5本のナイフのうち、3本がジェナスの頭・胸・足に……残りの2本は肩幅に合わせたような軌道を描く。避けられないように逃げ道を塞いでくる辺り、この黒装束の賊はかなりの腕を持っていると言える。


 ジェナスは手に持つ刀を上段からの一閃で3本のナイフを弾き飛ばす。その振り落とした動作の流れで、正面にむいていた身体を僅かに横にし、身体の表面積を減らし左右のナイフをやり過ごした。

 しかし、思惑通り足は止められてしまったその間に、賊は先程よりも距離を取っていた。


 ーーまた、1から追いかけ直しだ。


 黒い服装で見分けのつきにくい夜とは違い、屋根の上を走る黒い影はよく目立つ。そして視線を左に向けると、もう一つの黒いものが同じように見える。どうやらこちら方面に逃走したのはこいつら二人なんだろう。


 そんな中、更にもう一つの影が参戦しようと後方より迫ってくる。


 目立たない灰色の外装に身を包んだ、日焼けした肌の背の低い少年がジェナスに声をかける。


「兄貴ーーーー。奴ら3方面に散りやがった!

 姉御のとこに1、こっちに2だ。これ、任せるからオイラもう一つの追うぞっ!!」


「ユウっ! こっちの2つは俺がやるから、エリシアの方に行ってやってくれっ!」


「うえぇぇーー!? やだよぉーー。兄貴が行った方が姉御、断然喜ぶって……。

 それにドランのおっさんも姉御についてるはずだし……」


「しかし、足の速いやつ、二人ともこっちに来るって。さてはユウ、お前……避けただろ」


「ちちち違うってっ!! ドランのおっさんが姉御の後ろ追いかけてたから、大丈夫だと思ったんだ。本当だぞ、本当っ」


 ドランは親父の代からギルドにいる、獣人の虎人族で、ゴツい筋肉の鎧を纏った戦斧を武器にする【狂人】と呼ばれるおっさんだ。

 見たまんま豪快で力の強い戦士ではあるが、通り名のようにただ暴れる脳筋という訳ではなく、意外と頭の方もキレる。俺たちのギルドの副長でお目付役といったところか!?


 しかし、どう考えても足が速いようには思えない……。


 エリシアは親父らに引き取られた孤児の一人。17歳になる俺の妹で魔法、魔術の天才だ。元々、魔法に対する類稀な才能があったが紋章の加護もあり、母親クレアさん以上の魔法使いになるだろうと言われている。授かった紋章は《魔法師の紋章》で全属性の魔法に対して特典が得られる【トップ】に分類されてもおかしくない紋章だ。

 この仕事に就く際に、母親であり師匠のクレアさんから【雷帝】の称号だけを譲り受けた。《雷帝の紋章》は今、現在もクレアさんが持っているが、世間ではもう【雷帝】と言えばエリシアだと浸透してきている。


 俺も一応、親父やお袋の弟子であるが、魔法の才能は並だった。だが、お袋の雷系の魔法に対してはかなり思い入れがあり、それを武技に纏わせたりする由来から【閃光】という通り名をつけられたが思ったより浸透していない。

 それよりもが世間では広まり迷惑している…………。


 エリシアの話に戻すが、魔法使いが機敏で速いと誰が想像するだろう!? そう、エリシアは力は思った以上にあるがスピードはないと断言できる。


 エリシアとドランのコンビで、お世辞抜きでも大丈夫と思えない自分がいるのだが……。


 エリシアの身の安全はドランがついてるのなら大丈夫であるが、何らかの形でやらかした際の制御は……そういう役回りではユウの方が適任なのだ。


 ユウの方もコイツら賊の手練さを考えると、まだまだ未熟で心配が絶えない大事な義弟に、怪我を負わしたくないという思いから提案したのだが!?


 ユウは宿した紋章の効果もあり、とにかくスピード特化の戦闘を行う。《狼の紋章》はそれを可能にした。

 ジェナスもスピードに関してはかなりの自信を持っているが、あくまでも直線的な動きに関してだけであり、変則的なジグザグな動きなどはユウの方に軍配が上がる。


 賊に遅れをとることはないだろう……が、一筋縄ではいかないだろう相手なだけに、ジェナスは安全策を提案したつもりだったが結果は断られた。


 ーー仕方ない。早急にこっちのふたつを終わらせた後に向かうか!


 すでに、もう一つの黒装束の方向に舵を切ったユウの背中を見ながら、目の前を走る賊の処理に意識を集中する。


 ジェナスは懐から投げナイフを5本取り出し、さっき黒装束の賊がやって見せたように投擲する。賊は堪らず攻撃を対処するため、振り向き足を止めた。


 好機だ! 同時に親父であるレックスに一番最初に教えてもらった、一つのスキルを発動させる。


 《縮地》ーー相手との距離を一気に詰める移動用スキルを発現させ、ナイフを弾き終わった賊に素早く斬りかかる。

 黒装束が使う湾曲した刀身のククリ刀を持つ手を斬りつけた。


 カランっ、とククリ刀を手放し落とした賊の左側面を円を描くような流れる動作で遠心力を得て、刀の背の部分で首筋に強烈な一撃を叩き込み、賊の意識を刈り取った。


 ドサッと倒れた黒装束の賊の意識がない事を確認し、ふう〜と一息つき辺りを見渡すと後ろの方から遅れてダルそうに走ってくる者がいる。彼女にしてはよく走っている方だろう……。そう思いながら下の路地に向かって、賊の首根っこを掴み、屋根から路地に向かって放り投げた。


 ーー別に怪我をしようが、俺の知ったこっちゃない。


「キュリオっ、こいつふんじばって連れて行けっ!! 俺はユウの後を追う」


 それだけ伝えると、ユウの走って行ったであろう方向に駆け出した。


 キュリオは121歳の親父の代からいる団員でハーフエルフの女性だ。ミディアムレイヤーのピンクの髪をしており、121歳なのだが、21歳と自己申告しているので21歳扱いしている。

 実際、二十歳前後の顔立ちをしているので違和感は特にない。


 俺の後でギルド加入してきたので、年上ではあるが一応俺の後輩になる。


 彼女は文章を話さない。話せない訳ではないが一言二言しか言葉を発しないという特徴がある。

 何故? と問えば、呆れるが面倒臭い、労力を使いたくないといった理由らしい……。


 ーーまあ、コイツが流暢にペラペラ話出したら、団員全員が卒倒してしまうのでご遠慮願いたい。感情の表現も稀薄だが、俺くらいになるとコイツの喜怒哀楽は何となく察してやることができる。


 ハーフエルフとはエルフと人の混血であり、エルフの特製も人の特製も色濃くでる。

 本来エルフという生き物は「森の民」と呼ばれ、森で悠久の時間を過ごすことが多くおっとりとしている。

 精霊との繋がりも深く、彼女もその種族的な感覚を持っている為、精霊を主体にした《精霊術》という術式を使うことが出来る。後、狩猟がメインの生活からか弓の扱いも長けている。彼女の武器も弓だ。


 そんな悠久を森で過ごす種族の中にも稀に、その本能に逆らい刺激を求め町に居付くものもいる。

 彼女の母親もその一人で、町に出てきて人と恋に落ち生まれたのが彼女だ。

 なので、生まれも育ちも人の世界であり、外見もエルフの特徴とも言える長い耳は持ち合わせておらず、人より少し長い感じくらいの耳と寿命があるだけで、説明がなければハーフエルフだとは誰もわからないだろう。


 どういった過去を過ごしてきたかは詮索した事はないが、異種族として分けられる以上、辛い過去があるとは思う。


 この連合国家では多種の異種族が人と共に暮らしており、彼女もその中の一人だ。


 この国は6つの大府と30の小府と呼ばれる領地のようなものに分割され、6つの大府はヘキサグラムのような形を形成した領土の三角形の中央部に位置する。その周りを30の小府が取り囲み名前の通り連合グループとなって、共に国の政経を担っている。


元々、色々な府が組み合わさって出来た国ということもあり、そういうお国柄か基本的に自由なのだ。


もちろん、欠落紋を持つ俺も特に何も言われないし、【ノービス】であっても異種族も他所の国では当たり前に行われている差別を気にしないで生きていける。もちろん、全てがない訳ではないが寛容なのだ。


そういう意味では、有り難い国だ。


後方から短く「了解」とだけ、返事が返ってきたことを確認し、屋根伝いを走る速度をあげた。

あとは任せて大丈夫だろう。

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