承:天子という存在
そもそも、天子とは何なのか。
その話は二国の建国まで遡る。
シロナ公国もクロム帝国も、クリアリア神聖国という国から承認を受けて成り立った国だ。
両国の国境の北にあるクリアリア神聖国は、国土こそ小さい。
だが、二国の国教となっている「クリア教」の総本山であった。
シロナ公国は東の大河を、クロム帝国は西の山脈を拠点に国を興した。
その際に、どちらもクリア神の加護を受けたとされている。
実際、当時はまだ小国だった両国の興りを、クリア教が支援してきたのだ。
その後時は流れ、両国は互いに版図を拡大していき、ついに現在の国境に当たる平原でぶつかることになる。
互いが覇権を掛けて争うことが日常的になっていき、隣接しているクリアリア神聖国は「調停者」としての立場を余儀なくされる。
「汝、人を愛せよ」が教義であるクリア教は、武力による介入は出来なかった。
だが、両国の建国に関わる地位と広く普及された国教としての権威。
これをもって、調停役として二国間の争いを止める第3者としての役割を担ってきた。
その際、調停者として各地に赴くのが、神の子とされる天子だ。
クリアリア神聖国の中でも、クリア教を起こした神祖と呼ばれる一族。
その血族が天子と呼ばれ、大小さまざまな諍いが起こるたび、その調停役として現れるのだ。
天子に逆らうことは、クリアリア神聖国に逆らうも同義。
すなわち神の一族に逆らうも同義。
シロナ公国も、クロム帝国も、クリア教の恩恵を受けている故、その裁定には逆らわない。
それが、長い間、二国間で生まれた常識であった。
ところが3年前、大きな変化が起きることになる。
北部で大規模な流行り病が起きたのだ。
その大打撃を受けたのが、クリアリア神聖国であった。
神の一族であったはずの、天子がことごとく死亡してしまったのである。
この事態は大きく世を動かすことになってしまった。
クリアリア神聖国は元々の国土の乏しさゆえに壊滅状態。
クリア教の権威は大きく堕ち、シロナ公国とクロム帝国の争いを止める調停者がいなくなってしまった。
二国内では様々な工作が行われ、互いに甚大な被害を出しつつある。
互いに敵対意識は高まり、本格的な戦争状態に入る一歩手前。
そんな一触即発の事態が続く中、一つの噂が流れてきた。
天子の生き残りがいる、と。
その噂は二国間を駆け巡った。
権威が落ちたとはいえ、神の一族とされている天子。
その者を味方につければ、情勢を意のままに操れる。
そう考える者は多かった。
表面的には、二国間の争いはいったん少なくなった。
だが、水面下では天子捜索の熾烈な争いが繰り広げられていた。
そして、ついに天子の生き残りが発見される。
クリアリア神聖国からは遠く離れた、公国と帝国の南部国境にある辺境。
そこにいると思しき天子を国に迎えるため、白武者と黒騎士が派遣されたのだった。
「だからといって、あのような方々を迎えに寄こすとはね」
天子は、白武者・黒騎士と出会った時を思い出す。
自分の住処の近くで、いきなり戦闘を始めようとした2人。
年若いとはいえ、天子としての役目を担ってきた身だ。
仲裁に入るのは当然と言えた。
そしてようやく知ったのだ。
遠く離れた故郷が既に崩壊していることと、現在の情勢を。
自分の身が、二国の間でどれだけ大きな存在になっているのかを。
白武者と黒騎士はどちらも、自分を国へ連れ帰ろうとしている。
だが、天子たる身でどちらかに与するような真似は出来ない。
かといって、2人も国からの任務を帯びており、おいそれと帰ることも出来ない。
諸々の事情を鑑みた結果、天子の元に白武者と黒騎士だけが残った。
互いに部下を1人ずつだけ残し、それ以外は国へ帰した。
争いのない平和な暮らしを望む天子は、辺境の地にある小さな村で、調停者として静かに過ごすことにした。
白武者と黒騎士は、そんな天子を支える役として傍にいるようになった。
実質、ほとんど一緒に暮らしているようなものだ。
最も、白武者も黒騎士も天子を諦めたわけではない。
国のためというのもあるが、天子の傍にいることを望んだのはもっと単純な理由だ。
英雄といえども、自身の欲望には勝てなかったのだ。
惚れた相手に、なんとしても気に入られたい。
そんなシンプルな理由で、天子の傍にいることを選んだのだった。
幸い、これまでは大きな問題もなく過ごすことが出来ていた。
天子の心情を悪くしたくないだろう、白武者と黒騎士は互いに不戦条約を結んだ。
一人で暮らしている天子の元にも、2人して甲斐甲斐しく通い詰めるようになった。
意外にも家事が得意な2人のことを、天子の方も徐々に受け入れるようになり、ついには同じ屋根の下で過ごすことを許可された。
それぞれの部下を含めた5人での生活が、ここ数カ月間の状況だ。
とはいえ、2人はやはり武人。
きちんと訓練をしなければ腕は鈍る。
日課で素振りや運動はしているとはいえ、時にはきちんとした武を振るいたい。
どちらともなしに、手合わせをする流れになってしまった。
天子のいないところで始めたところがいけなかったのだろう。
ずっと心に燻っていた、宿敵として、恋敵としての敵対心が一気に燃え上がった。
この際、どちらが強いか白黒ハッキリつけようではないか。
そう決意した2人はそのまま、互いにフル装備を持ち出し、今に至る。
「いやぁ~、すんませんなぁ。うちの大将、綺麗な顔して血気盛んで」
白武者の部下である忍が、訛りの強い言葉で横の天子に声を掛ける。
英雄二人の決闘が始まるという事態を、忍はすぐさま天子に伝えた。
天子は部下たちを伴って、村にあった闘技場へとやってきたのだった。
闘技場といっても、そこそこの広さがある広場なだけだ。
申し訳程度に、石造りの椅子が置かれている。
元々は村の自警団が用意した訓練場らしいが、今は別に立派な訓練場があるために放置されている。
たまに子供たちが騎士の真似事として遊び場に使っているくらいだ。
そんな小さな闘技場は今、文字通り戦場と化している。
「
ポツポツと、独特のテンポで話す黒騎士の部下。
騎士というより
「まったく、不戦条約はどこにいったのですか」
「
「ま~、こうなったらとことんやらせるしかないやろ」
そうは言うが、天子としては気が気ではない。
何が悲しくて、自分を巡って戦う英雄なんてのを見せられているのか。
天子にも分かる。
今目の前で行われているのは、互いに本気の、間違いなく殺し合いだ。
とことんまでやらせるということは、すなわち死者が出ることも辞さないということ。
部下たちはそれを止めることはないだろう。
元より、自分を国に連れ帰るのが任務なのだから、障害を排除する絶好の機会だ。
「そこっ!」
「ちぃっ!!」
「ふんっ!!」
「くっ!!」
2人の攻撃が互いの装備を傷つける。
砕けた兜や鎧から、2人の顔や四肢が垣間見える。
こんな状況なのに、つい見惚れてしまう。
(…………やっぱり、2人とも綺麗な人だよなぁ。おっぱいも大きいし)
白武者の砕けた兜の下から、美しい女の顔が見えている。
凛とした整った顔つきに愛嬌のある黒い瞳、すらりとした黒い髪が、男の目を引いて止まないだろう。
破けた装束からは、白くて細い綺麗な手足がチラチラと見えていた。
赤い甲冑が少し大きめに作られているのは、彼女の体型……主に胸に合わせて作られたものだというのは、部下である忍からの情報だ。
白武者カグヤは稀代の英雄であると同時に、シロナ公国が誇る絶世の美女、戦巫女でもあるのだ。
黒騎士のフルフェイスの中にも、美しい女の顔があることを天子は知っている。
力強さを感じさせる顔つきだが、吸い込まれそうな綺麗な青い瞳、短く切りそろえた金の髪が、どこか幼さを感じさせる。
砕けた鎧の下から見える手足は、筋肉が引き締まっており健康さと優雅さを兼ね備えていた。
重装甲のフルプレートアーマーを着込んでいるのは、彼女の女性的な体つき……主に胸のせいで敵に舐められないようにするためだというのは、彼女の部下から聞かされた。
黒騎士レイアは稀代の英雄であると同時に、クロム帝国が誇る絶世の美女、女聖騎士でもあるのだ。
2人の美人のお姉さんが、婚約者になってほしいと押し掛けてきた。
そんな状況に、天子と呼ばれた少年は大きく戸惑ったものである。
どんな天啓だよ、と自身の神の一族たる血に対して愚痴をこぼしたものである。
だが、通い詰めてくる2人のことを、嫌いにはなれなかった。
故郷を失い、血族がもういないということもあったからだろう。
心に出来た大きな穴、その寂しさを紛らわせてくれたのだ。
彼女たちが自分を心配してくれているのは、本心であることも分かったからだ。
共に暮らすうちに、彼女たちの身の上話も聞かせてもらった。
どちらも王族の血縁者でありながら、冷遇されてきた状況から武力で成り上がったという点が共通している。
白武者カグヤは、シロナ公国将軍家の分家であり、代々
生まれつき巫女という立場になることになった彼女だが、それは同時に国の政に関わることを許されぬという立場でもあった。
やがてそのことに不満を持った分家に反乱の兆しありとして、家が取り潰されてしまった。
彼女は幼くして家を追われることになったが、幸運にも一人の武士に拾ってもらえた。
そこから剣術を学び、戦術を学び、さらに家から持ち出せた秘伝の術を学び。
親代わりであった武士が戦場で散ったことを機に、自らも戦場で戦うようになる。
剣術と呪いを組み合わせた武術を振るう、公国でただ一人の戦巫女として名を上げることになった。
数々の乱を治めた功績を立てた彼女は、一躍公国の英雄として知られることとなった。
ただし、将軍家の分家の生まれであり、本家から疎まれる状況であることは変わっていない。
しかし、れっきとした将軍家の血族であり、公国内は無論、敵国にも名をとどろかせる英雄であり、何より傾国の美女と言われたほどの美貌の持ち主である。
年若い天子を取り込むには絶好の人材であると判断され、この辺境に送られたのであった。
黒騎士レイアもまた、クロム帝国皇帝家の血を引く公爵家の生まれであり、代々聖騎士を輩出してきた名家であった。
帝国は歴史上幾度も内乱が起きており、皇帝の血を引く貴族同士は、互いに国の舵取り役を取り合った仇敵同士という歴史がある。
常に謀略が渦巻く帝国内で、15年前にも大規模な内乱が起き、レイアのいた公爵家は陰謀に巻き込まれて消滅した。
命からがらスラム街で生き延びたレイアは、偶然訪れた魔術師の元に押しかけて弟子入りすることになる。
剣と誇りだけではこの国では生きられない、そのことを痛感したレイアは魔術だけでなく政略も謀略も学ぶ。
類まれなる才覚を見せた彼女は、スラム街の若者達を率いて荒れた領地を立て直すことに成功。
その後も、愚連隊のように国中の事件に介入しては解決し、帝国をまとめ上げることに一役買うことになった。
その功績と師の推薦もあって聖騎士の叙勲が決まり、彼女の纏う黒のフルアーマーにちなんで黒騎士と呼ばれるようになった。
何より彼女自身が麗人と例えられる美女であり、皇帝からの覚えも良いという。
その成り上がりを面白く思わない他の貴族たちは、天子を取り込む役として揃って彼女を推薦したのだった。
地味な嫌がらせにうんざりしつつも、彼らを黙らせる大きな功績を求めて、年若い天子を国に連れ帰る任務を引き受けたのだった。
どちらも優秀な人物であり、強く優しい女性である。
そして、国に振り回されてきた人物でもある。
どちらも自分に惚れたと言い、自分と結ばれることを望んでいる。
自分を慕ってくれることは嬉しいし、叶うのならばどちらも助けてあげたい。
天子にとっては、究極の決断。
だからこそ、返事はずっと保留にしていた。
だからこそ、今の状況は望んでいることではない。
天子自身が慕うようになっていた2人が、互いに刃を向け合っているこの状況は。
「「はあああああああああっ!!!」」
2人の英雄は自分の得物に魔力を込め、必殺の一撃を放とうとしている。
あれが放たれれば、お互い無事では済まないのは明らかだ。
もはや一刻の猶予もない。
まったくどうしてこうなった?
自分に流れる神の血とやらがそんなに欲しいのか?
流行病であっけなく壊滅した故郷はどうなってんだ?
あの二国はもう互いに滅ぼすことしか考えてないのか?
あんな素敵な美女が二人も同時に現れて、どっちか選べってか?
何より…
僕自身の意思は無視か?
「……ふざけんなよ」
天子の中で、何かがキレた。
「おろ?天子様、どこ行きよった!?」
「
部下たちはいつの間にか椅子に座っていた天子がいなくなってることに気付く。
その天子は、2人のすぐ傍にいた。
「そこまでです」
なるべく凛とした声で、2人の傍で声を出す。
だが、それで止まるほどの武人ではない。
「申し訳ありません、天子様。ここで引き下がるわけには参りません」
「ここまで盛り上がっといて、水差すのはナシでお願いしますよ、天子様!」
2人は武人として決着をつけることを望んでいる。
だが、それに納得する天子ではない。
「そこまでって言ってるでしょーが!!
天子は突如、聖術を唱える。
一瞬にして、闘技場の広場の中に光が溢れていった。
白武者と黒騎士は、すぐに違和感に気付いた。
さっきまで武器に纏っていたはずの魔力が無くなっている。
「おぉっ!?」
「なんと!?」
聖術、VANISH。
あらゆる呪いも魔法を打ち消す、クリアリア神聖国秘伝の魔法。
存在だけは噂で聞いていたが、まさかこの天子が扱えるとは。
まさか、こんなに一瞬で展開できるような術であったとは。
「
「ひゃあっ!?」
「おわぁっ!?」
続けて唱えた聖術はCHAIN。
天子の手から光で出来た鎖が伸び、2人をあっさりと捕らえた。
軽くぐいっと引かれただけで、手足を縛られた2人はあっという間に転倒してしまう。
その勢いで、二人の兜が取れた。
「きゃっ!!」
「んぎゃっ!!」
地面に転がされた2人は、慌てて天子を見上げる。
天子は無表情のまま、冷めた目で見降ろしている。
「白武者カグヤ、黒騎士レイア。僕は決断しましたよ」
2人の英雄に対し、天子の沙汰が決まったのだった。
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