転:罰当たりなこと

やってしまった。



白武者カグヤと黒騎士レイアは、うなだれながら天子の後をついて歩いていく。

後ろ手をCHAINで縛られたままであり、さながら処刑場へ向かう罪人のような姿だ。

だが、彼女たちはそれを甘んじて受け入れて歩いていく。


不戦条約を破ったばかりか、天子の目の前で決闘を続ける愚行。

さらには天子の制止も聞かずに戦いを続けようとする有様。

調停者にして平和を貴ぶ天子が最も嫌う行為を取ってしまった。

このまま処刑されても文句は言えまい、2人はそう考えていた。


天子の家の一番奥、天子の寝室へと連れてこられた。

これまでこの家で暮らしても、一度たりとも入ったことはなかった。

まさかこんな形で、想い人の部屋に招き入れられることになるとは。


「さて、まずは白武者カグヤ」

「はい……」


罪状を読み上げられる気分だ。

それでも、答えねばなるまい。

せめて背筋を張って天子の言葉の続きを待った。


「いつもありがとう」

「へ……は、はい?」

「毎日ご飯を作ってくれるのは嬉しかった。特に味噌汁は最高だね。

これからも食べたいところだよ。

村の人達とも親しくしてくれているしね、このままいて欲しいと思ってる」

「は、はぇ……えと、ありがとうございます?」


予想と違う言葉が紡がれ、混乱しながらも礼を言うカグヤ。


「次に黒騎士レイア」

「はっ……」

「君もいつもありがとう」

「は、はぁ……」

「君もご飯をいつも作ってくれるからね。ハンバーグは僕も大好物だ。

まぁ、毎日どっちが料理を作るかで揉めてるけど、その辺りは許容範囲でしょ。

村の人達に訓練を施してくれたのもありがたい、このままいて欲しいと思ってる」

「は、はい……えと、あの?」


レイアの方にも感謝を告げられ、混乱する2人。

てっきり絶縁でも言い渡されるのかと思っていたのだが。


「とはいえ、今回はちょっと見過ごせないね。

訓練のつもりでもヒートアップしすぎだ。

あれが本気の戦いであること、僕が見抜けないとでも思ったかい?」

「「うっ……申し訳ありません」」

「天子たる僕の前で不戦条約を破ったばかりか、天子たる僕の制止も聞かない。

シロナ公国・クロム帝国の軍人としては不味いんじゃないのかい?」

「「…………返す言葉もありません」」


まったく以てその通りである。

だからこそ、こうしてうなだれているのだが。


「まぁでも、おかげで僕も覚悟が決まった。だから、今から言うことで罰とする」


天子の言葉に、2人とも覚悟を決める。






「2人とも、僕のものになりなさい」





「「…………は?」」





「2人とも、クリアリア神聖国の王になる僕の妻になりなさい。そう言った」





「「……………………」」











「「えええええええええええええ!!!??」」



天子の言葉に、絶叫するしかない2人。



「いやあの、お気持ちはありがたいのですがそういう状態はいかがなものかと!」

「そ、そうそうここまで色々あったのはお互い国のためでして!」


お互い、天子を連れ帰れば、権威を持ち国が繁栄する。

だから引けない状態になっていた。



ならば、どっちにも行かなきゃいい。



大前提をぶっ壊す暴論に、さすがに国のために戦ってきた英雄達は戸惑うが。



「本心でそう思ってる?」

「「うぐっ……」」

「僕と一緒になることと、国の繁栄。天秤にかけて、国を取れる?」


2人は言葉に詰まった。

確かに国のために戦い続けてきた2人であったが、仮に天子を連れ帰ったとしても、どちらも疎まれる状態にある。

将軍家から、皇帝の血を引く貴族たちから、厭味が続くだろうなとは思った。


「それならいっそ、僕と一緒に新しい国を作らないか?」


クリアリア神聖国を束ねることが出来る天子は、今や彼一人。

彼についていく方が、地位も名誉も上がるのではないか。

大変魅力的な提案ではあるが。



「い、いやいや!そもそも妻を2人って駄目でしょう!?」

「そうだよっ!クリア教は不倫も重婚もダメだろう!?」


「汝、人を愛せよ」が教義であるクリア教は、愛する人を裏切る行為をもっとも忌むべきものとしている。

特に不倫は禁忌とされていたのだ。

そうでなくとも、複数の異性に想いを寄せることは良く思われない。


「あ、そうだね。じゃあ、クリア教もぶっ壊そう!

今はもう権威がほとんど落ちちゃってるんだし、イチから作り直しちゃえばいいんじゃないかな。多重婚もオッケーみたいに」

「なん……だと……!?」

「いっそ、新生クリアリア神聖天国とか、まったく新しい国にしちゃった方がいいかもね。宗教も新しくしてさ」

「い、いやいやそれは許されるものじゃないんじゃ!?」

「問題ない。僕は神の血を引いている。僕がイイって言ってるんだから良いじゃないか」



無茶苦茶だ。

二国、いや三国にとってのこれまでの常識を、全部ぶっ壊すつもりだ。



「こ、こんなバチ当たりなことしたら、大変なことになるんじゃ……」

「クリア神様、お許しくださらないんじゃ……」


天子のトンデモ提案に、せめて神に縋ってでも止めようと思うのだが。


「なら、試してみる?」


そう言って、天子はまた新たな聖術を使用する。



突然、天子の姿が増えた。

全く同じ姿をした人物が、2人、3人、4人と、どんどん増えていく。

あっという間に、10人の天子が部屋に現れた。



「こ、これは影分身の術!?シロナ公国でも秘伝の術のはずでは!?」

「シロナ公国の呪いも、クロム帝国の魔法も、クリアリア神聖国の聖術が元になっているんだよ。僕が使えない道理はないでしょ?」

「はっ、そういえばさっき我らの傍に現れた時のは、ワープの魔法では!?帝国でも数えるほどしか使い手がいない上級魔法のはずだが」

「その通り。まぁ細かいことはいいじゃないか。そーれ!!」

「ひゃああっ!?」「わわっ!?」


カグヤとレイアは、分身した天子達の手でベッドの上に放り出された。

大の大人が2人並んでも余裕があるほど立派なベッドに、仰向けに転がされる。

もちろん、まだCHAINで手が縛られたままだ。


「へっ、わわっ!?」「ちょっ、天子様!?」

「はい、逃がさないよー。だって罰だからねー」


そんな2人の上に、天子達が覆いかぶさる。

カグヤとレイアの上に一人ずつ。

そして残りの天子達が、身動きを取れないように2人の身体を顔や体を押さえつける。

そして……


「「んんっ!?」」


まったくの同時に、唇を奪われた。


「んんんーーーっ!んんっ、んんんーーーーっ!!!」

「んんっ、んっ、んんんんんーーーーっ!!」


2人は抗議しようとするが、天子達は全く怯まない。

口の中にねじ込まれた舌が自身の舌と触れ合い、その快楽が全身を駆け巡る。

びくりと身体が跳ねるが、そんなことも意に介さず天子達は接吻を続ける。

そして……


「「ぷはぁっ!」」


2人同時に、口を離してもらえた。

突然のことに頭がついていかず、ぼうっとしてしまう。


想い人である天子とのキス。

確かに、この数カ月の間に望んできたことではあるけれど。


一人の男が2人の女性を同時に愛するなんて……

たくさんの男に囲まれたままされるなんて……

身体を縛られたまま無理やりなんて……


神聖な存在だと思っていた天子に、不埒と思っていた行為を全部された。

2人にとって、自分の中の常識がことごとくぶち壊されたような気分だった。


「ね、バチが当たったりしないでしょ?」


当の天子は満足げに微笑んでいた。

普段の自分達や、村人たちと接するときと同じ、優しい顔だ。


「て、天子様……なぜ、このようなことを、わざわざ……」

「はぁーはぁー……確かに、今しなくていいじゃん……」

「これくらいしないと罰にならないじゃん」


あくまでもこれは、不戦条約を破った罰だと言い張る天子。



「まったく、何か困ったら神様のせいにしとけばいいんだから楽な考え方だよねー。

僕のこの神の血とかいうのも怪しいもんだよ。

どうせクリア教の権威を高めるために声高々に言ってただけだよ、たぶん」

「ま、待ってください。それならその聖術の腕前は何なんです?」

「そうそう。我らより年下なのに、我らを圧倒するほどの力。神の血の恩恵なのでは?」



「そりゃ、あれだけ調停者としてあちこち回ってれば聖術の腕前も上がるよ」



あっけらかんと天子は答えた。



「大体、シロナ公国もクロム帝国も争いすぎなんだよ!!

なんだよ調停者って!!便利屋か!!

あっちこっちで騒ぎが起きたとなれば、依頼書が飛んでくるし!

ただでさえどっちも大国だから広いくせに!

おかげでしょっちゅうテレポートで飛び回る羽目になるし!

依頼書はめっちゃ多いから、影分身してあちこち行く羽目になるし!

おまけにここ最近は天子の裁定でもちゃんと聞いてくれないから、聖術で無理やり止めることも多かったし!

おかげで故郷が滅んでたことなんてちっとも気付かなかったよ!

最近依頼書が来なくなって、やっと落ち着いて休めると思ったら、君たちが来るし!!」


今までの不満をぶちまけるように天子は言った。


「正直、色々限界だった。ただでさえストレス満載なのに!

こんなに美人のお姉さん達に突然、婚約者になってって押しかけられたんだよ?

それなのにずっと我慢しなきゃいけなくて、どっちか選ばなきゃいけないなんて。

健全な男としてはたまらないよ!

うん、これは僕を苦しめた罰も兼ねてるね!」


あっはっはと笑う天子の顔が、ふと真剣になる。


「さすがに僕も二国が争い続ける状況がずっと続くのは嫌だからね。

僕を二国間の争いに巻き込むつもりなら、いっそ僕が二国を巻き込んでやる!

調停者として、両方の国を取り込んで新たな国にしてやる!

そうすりゃ全部解決!」


とんでもないことを言い出した。

呆然とする2人の頬に、天子が触れる。


「だからさ、2人とも僕に協力してくれないか?妻として」


彼の言葉は真剣そのもの。


祖国を捨てて、天子の国作りに付き合う。

これまでになかった選択肢に戸惑う2人。


「レイア、欲しいものは自力で手に入れるんだろ?

僕は二人とも欲しいんだ。そのためにはどんなことでもする。君たちがどっちも欲しいんだ」

「うぅ……」

「それにカグヤ、泰平の世を望むんだろ?

争い合うより一緒に協力する方がいいじゃないか」

「そ、それは……」

「僕たちの手で一緒に平和な世界を勝ち取ってやろうじゃないか」


天子は本気だ。

自分達2人を手に入れるために、本気で世界そのものを作り替える気だ。


「何よりさ、こんなに素敵な2人に想われて、それに応えないなんて。

それこそ「人を愛せよ」の教えに背くと思わないか?」

「「う、うぅぅ…………」」


天子の本気の言葉に2人は揺らぐ。

今までの自分をすべて壊されていくような感覚がする。

だがそれを上回る魅力を感じているのも確かだった。


あぁ、そうだ。

この顔に惚れたんだった。この優しい笑顔に。


「あっ、ひゃっ!?」

「あわわわわわ……」


周りにいた天子の分身達の手が、2人の装備品に手を掛ける。

プレートアーマーが、甲冑が、籠手が、ブーツが、取り外されていく。

装備品と共に、国への忠誠心だとか、武人の誇りだとか、宿敵への対抗心だとかが、剥ぎ取られていくような気がした。

代わりに、ずっと秘めていた女としての心が露になっていくような気がする。

愛した男と一緒にいたいという、シンプルな欲望が。


ふと、カグヤとレイアは互いの目が合った。

お互い、とんでもない男に惚れてしまったのではないか。

だが、後悔よりも情愛の方が勝っていた。


いつの間にかCHAINによる腕の拘束は外されていた。

今手を振り払えば、天子に抵抗することはできるだろう。

だが、出来なかった。

もう心は、彼の傍にいることを望んでしまったのだから。


「2人とも仲良く、僕のものになりなよ」


天子達の手が、2人の柔肌に触れる。

それにより、天子への愛という、シンプルな欲望だけが心に満たされていく。

それに抵抗する意思は、もう無かった。




「「あ、あああ、あああーーーー♡♡♡」」



「護国の刃」も、「救国の剣」も。

負け知らずの二国の英雄は、惚れた男という強敵に、あまりにもあっけなく敗北したのだった。










「あわわわ……えらいこっちゃで」

びっくりぎょうてん


待機を命じられていた部下2人だが、主の様子が気になりこっそりと寝室の様子を伺っていた。

そこで見たものは、取り込むはずの天子に逆に取り込まれて堕ちていく主たちの姿だった。

しかも、驚きの提案と共に。


二国にとって最も権威ある存在が、新たな秩序を立てると言い出した。

事実上、両国を滅ぼすと宣言するに等しかった。

それも、互いの英雄を取り込むという形で。


間違いなく今後、世界は荒れる。

いち早く国に帰って報告し、対策を取らねば。

互いに敵同士なれど意見が一致した部下たちは、すぐさま部屋を離れようとした。

その時。



「やぁ、盗み聞きなんて人聞きが悪いな」



扉が開かれ、天子達が現れた!

天子の数はいつの間にか、影分身の術でさらに人数が増えていた。

奥でカグヤとレイヤの相手をしている者達を除いても、2人を取り囲むには十分な人数だった。



「や、やぁ天子様。大将のことを気に入ってもらえたようで、何より」

すえながく……たいちょうを……おねがいします

「あぁ、もちろんだとも」


冷や汗をかきながら答える部下たち。

主の想いが通じたのは喜ぶべきだが、それよりも優先することがある。


「ところで、君たちはいわゆる諜報員という存在だと思うけど、僕らのことを報告する気かな?」

「ま、まー……うちらは、連絡役として残ったようなもんですし?」

けっかほうこく……しないとあやしまれる……」

「それはそうだ。けど、それはちょっと待ってもらいたいかな」


仕方なく正直に答える部下たちに対し、ニコニコと笑う天子達。

だけど、不穏な空気を発している。

なんとかこの場を切り抜けねば。


「せっかく2人の妻が出来たんだ。もう少しゆっくり過ごしたいんだ」

「せやねー……それやったらなおさら、うちらはお暇した方がええかとー」

おじゃまむしなら……いなくなるべき……」

「それで国に帰られちゃったら、報告されてまた騒がしくなるよねー。

いっそのこと、君たちもこっち側に来てくれると嬉しいんだけどなぁ」

「いやー、大将たちがおるのに、うちらも加わるわけにはいかんでしょー」

みのがして…?」



「いやー、逃がさないよー。だって……」



身の危険を感じた2人だが、遅かった。



「ほわぁぁ!!?CHAIN、いつの間にー!?」

ふかくをとった……しばりぷれいはじまる?」

「君たちのことも、可愛いなって思ってたんだよね」


あっという間にCHAINで捕縛される部下二人。

言うまでもないが、この二人も女性である。


天子はこの数カ月の間ずっと、4人の美女を家に招き入れていたのだ。

そのことに冷静でいられるほど、若き天子は人間が出来てはいなかった。

カグヤとレイアとの進展を機に、秘めた思いが爆発していったのだ。


「い、いやいや天子様!さすがに節操なさすぎやろぉ!?」

よめよにんは……たいへんでは……」

「大丈夫、僕は博愛主義に目覚めたから。2人も4人も100人も変わらない。

これからじっくりと、二国に本当の愛を広めていくよ。

もちろん君たちのことも愛していくさ。

大丈夫、カグヤにレイアも分かってくれるとも」


いやこれただの女好きやろぉ!!

と突っ込みたいところだが、逃げる術はない。


天子の目は本気だ。

本気で自分達をも手に入れるつもりだ。

自分達の平穏も、気になった異性への愛も。

自分の欲望に対して、決して妥協しないつもりだ。


「あ、あかん……うちらが罰当たりやったんや……えれぇモン起こしてもうた……」


触らぬ神に祟りなし、という言葉がシロナ公国にはある。

その意味をもっと深く考えるべきだった。

そもそも、神の子たる天子に手を出そうとしたのが間違いだった。

人の手に触れた結果、天子は恐るべき意思を目覚めさせてしまったのだ。


もしかして…、てんしさまが……いちばんの……あくにんでは?」

「ふふ、褒め言葉として受け取るよ」


最も力がある存在は、最も悪である。

だからクロム帝国では、武だけでなく謀略にも力を入れてきた。

支配者とは、あらゆる悪に秀でている存在でなければならないのだと。


だが、目の前にいるのは異質な悪だ。

愛する者が欲しいという、ただ一点のためだけに世界を敵に回す怪物だ。


そう、怪物だ。

今までに相手したことのない、異質な何かがいる。


いや、異質ではないはずだ。

この世にいなかったはずはないのだ。

目の前にいるのは、惚れた女を手に入れたい男、ただそれだけのはずなのだ。


だが、どこにでもいるはずの存在が今、恐るべき脅威として立ちはだかっている。


「さぁ……キミたちもおいで」


くいっと鎖に引き寄せられ、身体がよろける。

無数の天子達の手が、身動きできない身体へと伸びていく。



「ひゃああ、だ、ダメやて……あん!」

にんむしっぱい……もうダメぽ


かくして、部下たちも引きずり込まれた。

欲望渦巻く部屋の中に。

あるいは、新たな時代を作り出すうねりの中に。


「「あああああん♡♡♡」」


カグヤとレイアの甘い声を響かせながら、寝室の扉は締まるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る