10月12日 (青)

 あれ以来、空見さんには会っていない。そもそも学科が違う彼女たちとは平日に会うこと自体難しい話であった。唯一の共通点の『自己心理学』の講義も、朝が早いということもあって彼女は滅多に姿を現さない。あんなに魅力的な女性と幼馴染なんて、彼はなんて罪な男なんだ。二人が楽しそうに会話をしている姿を想像するだけで、心臓がキュッと掴まれるような感覚に陥る。どうにかして、彼女に会うことはできないものだろうか。そんなことを考えながら、ボーッと廊下を歩いていると角を曲がってきた女性に衝突してしまう。


「あ、ごめんなさい!ボーッとしていて。」

「あ、いえいえ、私も急いでて。ごめんなさい。」


尻餅をついていた彼女からは甘い香水の香りがしていた。そして彼女の顔を見て思わずアっと声を出してしまう。


「空見さん!あの、本当にごめんなさい!」

「君はサトシくんの友達のさとしくんね。なーんだ、知らない人かと思って謝っちゃった。相手が知っている人なら話は変わってきちゃうね。容赦無く慰謝料請求しちゃおうっと。」


彼女はあの時のようにイタズラな表情を浮かべ、スカートについた埃を払う。


「慰謝料って・・・。俺そんなにお金ないけど・・・。」

「そんなに本気にしないでよ。でも、だったら、今度ご飯でも奢ってね!」


彼女はそう言って、この場を去ろうとしていた。この機会を逃せばまたしばらく彼女に会えないと思った俺は、勝負に出る。


「だったら、今日の夜はどう?迷惑じゃなければ、ご飯奢るよ。」

「本当に?あ、でも、君じゃない方のサトシくんと約束あるんだった。彼も誘っていい?」


嫌だ。


「あぁ、もちろん。というか、俺の方が迷惑じゃなければって感じだけど。もしサトシがOKしてくれれば、場所はそっちの約束に合わせるよ。」

「わかった!聞いてみるね。じゃあまたあとで!」


 結局、その後サトシから連絡があり俺の同席は許可された。夕食の場所は大学近くのファミリーレストラン。価格帯も学生にとって程よいもので、二人は何度もこの店に来ているとのことであった。


「飛鳥に衝突するなんて、さとしもツイテないな。」

「なによその言い方。」


二人の距離感は近く、その付き合いの長さを感じさせられてしまう。彼女との距離を縮めるために挑んだ勝負には見事に惨敗。最大の敵を呼び込む形になってしまったのだ。しかし、ここで引いてしまっては一生後悔するだろう。俺はここから這い上がってみせる!


「二人は、月末に予定とかある?」

「月末?私は特にないなぁ。サトシくんは?」

「同じく無いよ。」

「そっか!俺、天体観測がちょっとした趣味でさ、今月末が一番綺麗に星が見えるみたいなんだ。一緒にどう?」


二人は少し驚いたようであったが、すぐに快諾してくれた。


「君が天体観測が趣味だなんて知らなかったな。結構ロマンチックな趣味じゃないか。」

「うんうん、素敵な趣味だよね。」

「趣味ってほど頻繁にやっていることでも無いし、観測っていうほどしっかりは見ないんだ。なんとなく空を見上げてコーヒーなんかをすするってくらいだよ。」

「私はとっても良いと思う!でも、都内だとあんまり綺麗に見えるところなさそうだよね。」

「空見さんの言う通りで、それだけが問題なんだ。レンタカーでも借りてどこかに行こうかな・・・」


上京してきてからは、全くといって良いほど天体観測はしていなかった。車を出してどこか郊外に出た方が良いかと思っていたところに、サトシがアイディアを出す。


「だったら寮の屋上に行こう。田舎なだけあって、星空が綺麗に見えるんだ。」

「あぁ、そうだね。あそこは街灯も全然無いから綺麗に見えるかも。でも、屋上は普段は封鎖されているよね。入れるかな?」

「あの寮は月末になると屋上清掃のバイトを募集するんだ。俺も何度かやったことがあるけど、倍率も低くて応募すればまず間違いなく受かる。それに作業の監視もいないし、給料までもらえるんだ。そいつに応募すれば、合法的に屋上に行けるよ。」

「君は天才だな!」


そして俺たちは、月末の10月27日に三人で星を観る約束をした。


俺はこの日に勝負をしようと思う。

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